第9話

「さて・・・・・・これで終わりだな」


 リオンが最後の荷物を袋に詰め、汗を拭う仕草をする。この程度で汗をかくリオンではないのだが、様式美というやつである。


「これはどうするのー?」


 リンが袋の中にまとめられたゴミを指さしながら首をかしげる。下手な捨て方をすればここにリオンとリンがいた事の証拠になってしまうのでどう処分すればいいのかわからないらしい。


「ああ、それはそこに置いといてくれ。ひとまず家を出るぞ」


「? うんー」


 リオンが荷物を持って外に出てしまったのでリンも不思議そうにしながらも家から出る。


「じゃあリン。この家にさよならするぞ」


「・・・・・・何その言い方ー。私子供じゃないんだけどー」


「しないのか?」


「それは・・・・・・するけどさー」


 二人は黙って頷き、そして家に深々とお辞儀をした。言葉には何も出さない。だが、心の中で別れを告げていた。口に出してしまえば、また泣きそうになるからである。


 そうして、しばらくお辞儀をしていた二人が示し合わせたように顔を上げる。


「それじゃ、いくか」


「うんー」


 リンはてっきり出発するのかと思い家に背を向けたが、リオンが取った行動は違った。片手を家に向けてかざし、そして――――


「『空間転移』」


 と、転移魔法を発動し家をどこか彼方まで飛ばしてしまったのだ。


「え? な、なにしてるのパパ―?」


「ん? 家をもっと東へ飛ばしたんだ。こんなところに俺達の家があるって分かったら『獣人族』の村に迷惑がかかるだろ?」


 『獣人族』の村人がどれだけ勇者リオンとの関わりを否定しようと、村の近くに家があれば関係ないというのは無理があるだろう。なので、リオンは家ごと遠くへ飛ばしてしまい『獣人族』の村人を守ったのだ。


「むー、そんな事するなら先に言っておいてよー。びっくりしちゃったー」


「悪い悪い。それじゃ、今度こそ出発するぞ」


「うんー」


 そうして、リオン達は出発・・・・・・することは出来なかった。その理由は、村の方から一人の男が走ってきているのが見えたからだ。その男は、見た目には四十程に見える、『獣人族』の村の村長であり、シーナの父親でもあるトウマであった。


 そんなトウマがかなり慌てた様子で走ってきているのを見て、リオン達も何事かとトウマへ駆け寄る。


「どうしたトウマ? 何かあったのか?」


 普段は接触を最小限にするため、ここに来るのはシーナだけである。それにもかかわらずここまで来たという事、そしてこの焦り様からただ事ではない事はリオンにも分かった。


「そ、それが、シ、シーナが・・・・・・」


「シーナお姉ちゃんがどうかしたの?」


「シーナが・・・・・・シーナが攫われたんだ!!」


「「・・・・・・え?」」


 シーナが攫われた。それを聞いた二人はただ固まる事しか出来なかった。






 時は、数刻ほど戻る。


「サレトス様。ご報告がございます」


 サレトスの側近、シュミトはサレトスの部屋をノックして入室の許可が下りるのを待つ。


「入れ」


 すぐに、中から返事が返ってきたのでシュミトは失礼します、と一礼して中へと入る。


「報告しろ」


「はっ。探していた『獣人族』の女性が見つかりました。村長の娘のシーナという女性です」


「ふん。やっと見つかったか」


 やっと、と言うほど時間は経っていない。本来なら何日もかかる作業を短時間で完了したのだからむしろ褒められてもいい。だが、サレトスはよほどこの報告が待ち遠しかったのか三十分ごとにシュミトを呼び出し、見つかったかと聞き、見つかっていないとブチ切れるという事を繰り返していた。


「それでは、早速アシュレイ王へご報告を――――」


「待て待て。こんな事でアシュレイ王の手を煩わせるのは申し訳ないだろう。その程度も分からんのか」


 お手を煩わせるとかそういう問題ではなく報告は必要だと思うのだが、シュミトは深々と頭を下げる。


「・・・・・・申し訳ございませんでした。どの様になさいましょう?」


「誰にも報告はせず、うちの騎士団だけでそのシーナとかいう女を連れて来い。勇者の関係者なら、勇者を呼び出すための餌として使える」


「・・・・・・餌、と申しますと?」


「なんだ? そんな事もわからないのか。本当に使えない奴だ」


 普段はシュミトの方が博識であるため、こういう自分が教える立場になると急に普段の三倍ほどウザくなるサレトス。普通の人ならあまりの怒りで血管が切れて死亡しそうな勢いのイラつき加減だが、シュミトは慣れていた。


「教えて頂けますでしょうか?」


「仕方ない。教えてやろう。その亜人の女はリオンの知り合いの可能性が高いんだろう? それなら、そいつを人質にリオンを呼び出せばいい。勇者ならば人質を置いて逃げるなんてことはしないだろう」


「それは・・・・・・おやめになった方がよろしいかと。いくら勇者リオンを誘い出すためとはいえあまりに非人道的です。国民から反感を買う可能性があります」


「非人道的? 何を言っている。亜人の一人や二人死んだところで問題はあるまい」


 サレトスは『獣人族』など獣同然程度にしか思っていない。だからそんな事を言えるのだ。


 そういう人間はサレトス以外にも確かに存在する。だが、大半の人間――――特に、『獣人族』の村が近くにあるここダルソスでは人の言葉を話し、人と同じように笑い、人と同じように悲しみ、人と同じように怒る、そんな彼らの事を獣同然などと考えている人間はほとんどいなかった。


「サレトス様・・・・・・何度も申し上げますが、そういった差別はおやめ下さい。サレトス様がそういった態度を取られますと、先代の頃までは良好な関係にあった『獣人族』の村との関係が――――」


「貴様!! 誰に向かって言っているのかわかっているのか!!」


 サレトスは怒りのあまり手元にあったグラスをシュミトへ投げつける。グラスはシュミトのおでこに当たり、派手に割れる。


「サレトス様お考え直し下さい。『獣人族』も人なのです。それに、『獣人族』の村は少数ながらも強力です。敵に回すのは得策ではないかと」


 シュミトは頭から血を流しながらも、今回は退かなかった。『獣人族』の村長の娘を人質などに取れば、当然『獣人族』が黙っていない。その上、村長のトウマはアルダポス国王デミリオと旧知の仲だと言う話もシュミト耳に入っていた。下手をすれば亜人の国、アルダポスとの戦争にもなりかねない。


 ダルソスは国土の豊かな観光名所だ。そこが、戦争など起こしてしまったら評判はガタ落ちどころか国の存続すら危うくなってしまう。


 しかし、サレトスはそんな事全く考えていなかった。人質として使える獣がいる、勇者を捕まえさえすれば他国の馬鹿を黙らせることが出来る。それだけしか考えていない。


「うるさいぞシュミト!! とっとと私の前にその亜人の女を連れて来い!! そして、亜人共の村に伝えてやるのだ!! 勇者を差し出さなければこの女を殺すとな!! 出来ないというのならばお前はクビだ!!」


 クビ、という言葉にシュミトはほんの少し顔をしかめる。自分の地位が惜しいのではない。国の顔役である自分がクビになればこの国は滅びるだろうという事がわかってしまうからだ。それだけはなんとしても避けなければならない、とシュミトは神妙な顔をし、恭しく頭を下げる。


「・・・・・・承知いたしました。では、サレトス様の仰せのままにいたします」


「わかればよいのだ。早く連れて来い」


 シュミトはもう一度軽く礼をすると、国王の部屋を後にする。そして、部屋の外で待機していた腹心の部下である騎士のダリスに、今すぐ騎士団の精鋭二十名を集めるようにと命令を出す。


「『獣人族』の村へ向かいます。警備が薄くなりますが、これは最重要事項です。急いで下さい」


「はっ、はい!」


 最重要事項、という言葉を聞いてダリスは急いで騎士団全体へ通達を出し、精鋭二十名を城門前に集合させた。


 そして、シュミトが馬上から高らかに指令を発表する。


「これより、王の命により『獣人族』の村長の娘を連行しに行きます。『獣人族』からの抵抗も考えられますのでくれぐれも気を抜かないように。では、出発いたします」


 まさかシーナを人質として使おうとしているなどと言えるわけもないシュミトは、あえて詳しい事は何も言わず、反論すら出てこないように考える時間を与えないで城から出発した。


 それに不満の一つも言わず一糸乱さぬ態度でつづく彼らはさすが精鋭と言うべきか。それとも、普段から無茶苦茶な事を言っているサレトスのおかげと言うべきなのだろうか。


 シュミト達一行が馬にしばらく乗っていると、『獣人族』の村が見えてきた。


 シュミト達を見た村人は最初、騎士が来たことに驚いていたが先頭にいるのがシュミトだと分かると皆一様にほっとした顔を浮かべている。


 それはなぜかと言うと、シュミトは何度もこの村を訪れているのである。先代の頃は友好関係にあった『獣人族』の村人達だが、サレトスの亜人に対する差別的な言動にダルソスとの友好関係は壊れてしまっていた。シュミトはそれをまた復活させようと陰口を叩かれようが石を投げつけられようが足しげくこの村に通い詰め、やっとの思いで信頼を得る事が出来たのである。もちろん、サレトスには内緒で。


「トウマさん。いらっしゃいますか」


 シュミトは村長トウマの家の戸をコンコンと叩きながら、心を深く沈め冷徹になる事に徹する。そうでもしなければあなたの娘さんを連行します、などと伝えられそうになかったからである。ましてや、本人になど到底伝えられなかった。


「はい、どちら様で・・・・・・おや、シュミトさんではないですか。他の方々を連れてくるとは珍しい。まあ、上がってください。後ろの騎士の方々も遠慮せずにどうぞ」


「今日は、お茶を飲みに来たわけではないのです。ここにいる者達は騎士団の中でも精鋭を誇る者達を連れてきました。最悪、あなたと争いになる覚悟も決めております・・・・・・言いたい事はわかっていただけますね?」


 最後に付け足した一言を聞いた瞬間、トウマの表情が変わる。笑顔は崩れていないが、目がさっきまでとは全く違っていた。獲物を見据える獣の様な目をしているのだ。


「・・・・・・さて? わかりかねますな。 シュミトさんと喧嘩するような原因はなかったはずですが」


 シュミトはトウマが勇者リオンとシーナの事を知っているかどうか試しにカマをかけた。シーナ自身は勇者リオンと関係があってもトウマは何も知らない可能性があるからだ。


 しかし、シュミトはトウマの反応から間違いなく知っていると確信を持った。


「・・・・・・そうですか。では、私から言いましょう。あなたの娘シーナは、勇者リオンと接触がある疑いがありますので連行させて頂きます」


「私の娘が勇者と接触を? ご冗談はおやめ下さい。私の娘がそんな事するはずないじゃありませんか」


「では、シーナさんと直接お話しさせていただけますか」


「娘は今用事で使いに出してましてね。帰りも分からないので今日は一度帰って頂けますか?」


「・・・・・・そう言うわけにはいきません。申し訳ありませんが、家の中を検めさせて頂きます」


「それは困りますな。シュミトさんはどういった権限でうちを調査すると言っているのですか? 我々はダルソスの国民ではありません。そんな横暴が許さるとお思いで?」


「・・・・・・言いましたよね。今日はあなたと争いになる覚悟も決めてきた、と。あなたが抵抗しようと家の中は調べさせていただきます――――始めてください」


 シュミトが右手を上げると、その合図を待ってましたと言わんばかりに背後に控えていた騎士たちが無理やり中へ入ろうとする。


 だが、騎士たちが家の敷地へ入る直前、トウマが右手を伸ばしシュミトの首を掴んで持ち上げていた。


「・・・・・・一歩でも家に入ってみろ。死ぬぞ」


 それは先程までのトウマでは無かった。笑顔など完全に消え、最早理性の無い獣の様に騎士たちを睨みつけている。


「――――ッ!! き、気にしなくて構いません。全員、中へ入ってください」


 騎士たちは一瞬の躊躇を見せたが、シュミトが気にするなと言った瞬間躊躇は消え、家の中へ入ろうとしていた。


「お前、ふざけるなよ・・・・・・!!」


 シュミトを人質にとっても家へ入ろうとする騎士たちに暴力で対抗するため、トウマは『獣人族』の本気を出そうと――――


「やめて、お父さん」


 ――――していたが、背後から現れたシーナに止められた。


「シーナ! なんで出てきた!」


「お父さん、シュミトさんを離してあげて」


「だが・・・・・・!」


「いいのお父さん。私はもう覚悟は決まってるから」


 シーナの有無を言わさぬ口調に、悔しそうにシュミトから手を離すトウマ。解放されたシュミトは苦しそうに咳をしながらも視線はシーナから外さない。


「ゴホッ! ゲホッ! お、お久しぶりですねシーナさん。早速で悪いのですが、あなたを王城まで――――」


「はい、わかっています。私は逃亡中のリオンさんと親しくしていました。拷問なり処刑なりお好きにして下さい」


 そんな事を笑顔で言い切ったシーナに、トウマもシュミトも驚きを隠せなかった。


「な、なにを言ってるんだシーナ! そんな事を言えばどうなるのかわかっているのか!」


「わかってる、でももう決めたから。行きましょうシュミトさん」


「・・・・・・やけに素直ですね。まさか、勇者リオンが助けに来ると思っているのですか?」


 あまりにも素直過ぎる。父であるトウマがあれだけ反対していたのにシーナには抵抗の様子すら無い。これは、もしかして勇者リオンと何かを企んでいるのではないか、と考えたシュミトだったが、


「そんな事はありません。ただ、自信があるだけです。私は何をされようともリオンさんの情報を喋らないという自信が。それで私が死んだとしても、他の誰かの身に危険が迫ろうとも、私にとって最も大事なのはリオンさんですから」


 にっこりといつもと変わらない笑顔で自分の死、そして自分と親しい者の死すら怖くないと言い切ったシーナに、シュミトだけでなくその場にいた騎士達も背筋が凍るほどの恐怖を覚えた。


 彼らも国王の為なら死すら覚悟している、王国騎士団の精鋭だ。そんな彼らが恐ろしいとまで思うほどの忠誠心を見たトウマは、それでも尚シーナを止めようと手を伸ばした。


 だが、その手はシーナの腕を掴む事は無く――――


「行ってくるね。お父さん」




 ――――虚しく、空を切るだけだった。

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