第8話

 自らの国へ到着したサレトスはかなり荒れていた。


「ふざけるな!! 庶民のくせになんだあの無礼な態度は!! デミリオもデミリオだ!! 亜人というのはどうしてこう態度が悪いのか!!」


 サレトスの王室は先代の王である父と共に庶民の様な暮らしをしていた頃の反動で、かなり高価な物が置かれた豪華な部屋になっていた。普段は大事そうに使っているのだが、今はよほど気が立っているのかその高価な壺や家具などを投げ、殴り、蹴りで破壊しつくしている。


「おやめくださいサレトス様」


 と、部屋に入ってきた男が投げつけられた壺を軽々キャッチしながら諫めるが、サレトスは聞き耳を持たない。

 サレトスと同年代のこの男は、サレトスの側近として活躍するシュミトという男である。無能の王と呼ばれているサレトスが王でありながらこの国が未だに繁栄を続けているのはこのシュミトのおかげと言っても過言ではなかった。


 シュミトは先代の王が拾ってきた子供であり、一時期サレトスと同じ家で過ごしていた事もあった。サレトスとシュミト、二人の境遇を知る者は少ないが知っている者は国民からも愛されるシュミトと歴代最悪の王と呼ばれるサレトスを比べて、なぜ同じような環境で育ち、ここまで違う大人に育ったのか・・・・・・とつい言ってしまうそうである。


「うるさいぞシュミト!! 庶民の分際で私に意見するというか!!」


「いえ。滅相もございません。私はご報告に来ただけに過ぎませぬ」


「報告? なんだ、言ってみろ」


「実は、勇者が討伐した『深淵の森』の魔獣の退治依頼というのをギルドが発行していまして。その依頼を『獣人族』の女性が取ったという報告を受けましたのでサレトス様にも急ぎお伝えすべきと思い、参った次第でございます」


「『獣人族』だと!?」


 先程の会議で話題に上がった『獣人族』がリオンの討伐した魔獣の依頼を取っていったというのはどう考えても怪しかった。


「その女は確実に何か知っているな・・・・・・」


「ええ。私もそう思います。すぐさまアシュレイ王へご報告いたします」


「待て」


 当然許可が出るであろうと思い、部屋を出ようとしていたシュミトをサレトスが呼び止める。


「なんでございましょう?」


「アシュレイ王への報告はその女を捕まえてからだ」


「・・・・・・ですが、『獣人族』の村は小さくともそれなりに人口はいます。その中から一人の女性を探し出すとなると、他国の協力があった方がよろしいかと」


「黙れ!! あの程度の村一日で調べ上げ、女を私の前まで連れてこい!!」


「・・・・・・はっ。承知いたしました」


 シュミトが一礼して部屋を出て行ったあと、先程までの機嫌の悪さはどこへ行ったのかと言いたくなるほど上機嫌に笑いながら、


「私にも運が回ってきたな・・・・・・」


 と、独り言を呟いた。





 一方、国へ帰ったヴォ―リア国王ミランも荒れていた。


「あークソッ!! サレトスの奴いつもいつも陰湿なことしやがって!!」


 そんな風にイライラを隠そうともせずに他国の王の暴言を吐くミランの傍でおろおろと慌てふためく少女の姿があった。


「お、落ち着いてくださいお兄様。お、怒らないで・・・・・・」


 彼女の名はレナ。現国王ミランの妹である。彼女は、年齢はまだ十六歳と幼いが容姿がずば抜けて優れていた。髪は一筋の乱れもない艶のある金色をしており、肌は透けそうな程白く、顔は気高いがどこか幼さを残しているという、まさにお人形の様なという表現がぴったりの美少女であった。サレトスが多少強引にでも手に入れようとした理由がこの美貌である。


 彼女は幼い頃から兄であるミランにとても可愛がられ、そして大切に育てられた。なので、性格も完璧と言ってしまってもいい程優しく、穏やかだった。しいて言えば多少おどおどしたところがあるが、それも彼女の魅力の一つと言える。


「悪いなレナ。だが、俺はあいつだけはどうしても許せんのだ!! 事もあろうに!! お前を嫁にしようとしたあいつだけはな!!」


 ミランがサレトスに怒っているのは言ってしまえばこれだけだった。レナは誰の嫁にもやらん!! という、頑固親父の様な理由が全てである。


 くだらない、と思うかもしれないが結婚を阻止するためだけにミランは国王となり、そしてダルソスからの併合を拒否できるだけの力を国に着けたのだから驚きである。


「で、ですがお兄様。私もいずれは嫁へ――――」


「そんな事俺が許さん!!」


「そ、そんな大声を出されては・・・・・・今日のお兄様、怖いです」


「うっ、す、すまん、レナ」


 怯えているレナを見てやっと冷静になったミランは、これ以上結婚の話をしていると心臓に悪そうなので話題を変える。


「そ、そういえば、今日の会議でイラムの話題が出たな」


「イラムさんの・・・・・・そう、ですか」


 イラムは元々、騎士には珍しい女性であるということもありレナの警護役についていたこともあった。

 ミランから外に出たら危険だからあまり外に出てはいけないと言われていたレナはあまり外に出る事がなく、話し相手と言えばイラムぐらいしかいなかったので二人は姉妹の様に仲が良かった。


 しかし、ある日イラムがサレトスをレナの部屋まで連れてきた。その日は何事もなく終わったものの後日レナがサレトスが部屋に来ているという事をミランへ伝えるとミランは烈火のごとく怒り、イラムをレナの警護役から外したのだった。


 それ以降、レナはイラムとは会っていない。だが、レナはイラムをまだ尊敬していた。


「ああ。それがな、なんだかおかしいんだ。今日の報告でイラムが勇者を発見したという報告があったんだが、恐らく全て正直に話している。あいつなら自分の出世のために多少の嘘は混ぜそうなものだが・・・・・・」


「そうなんですかっ? じゃ、じゃあ、やっぱりイラムさんは悪い人なんかじゃ―――――」


「やめろレナ。あいつは国を裏切ったんだ。自分の欲望の為にな。それは絶対に許すことはできない」


「そ、それはわかっています・・・・・・で、ですが、もう一度お話になられてはいかかでしょう? もしかしたら、何かあるのかも・・・・・・」


「だがなあ・・・・・・」


「お願いしますお兄様! 一度だけでよろしいのです。イラムさんとお話を・・・・・・このまま、お二人の仲が悪いままというのが、私には耐えられないのです」


 めったに我儘を言わないレナが必死に頼む姿を見て、ミランはやれやれとため息をついて、


「それなら、一度だけ会ってやる。だが、仲直りとかは期待するなよ」


「本当ですか!? ありがとうございますお兄様!!」


 とても嬉しそうな表情を浮かべるレナを見て、困った顔になりながらもミランは部下を読んでイラムを国王の間へと呼んで来いと命じた。

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