第7話

  天高く聳え立つ塔『イクシース・スカイ』、最上階。


 国王達の会議は、終了後に飛びこんできた勇者発見という情報で再開を余儀なくされていた。


「詳しい状況を説明しろ」


 アシュレイ王がその情報を持ってきた自らの部下、チェリッシュにそう促す。チェリッシュはアシュレイ王の背後から一歩出て、各国王達へ勇者リオンの発見についての状況の説明を始める。


「報告者は、ヴォ―リア第三騎士団団長イラムです」


「・・・・・・それは本当ですか?」


 ヴォ―リア国王ミランは驚きの表情でチェリッシュを見る。もしイラムからの報告ならば、信用が薄い。彼女の報告ならば、嘘ではなくとも自分に多少有利になるように報告する可能性が高いからだ。


「ええ。直接勇者に遭遇したのが彼女だということです。先程、魔族と戦争中のヴォ―リアから連絡が入りました。ヴォ―リア第三騎士団が逃走した魔獣、そして魔族を追って『深淵の森』ましたが団長のイラムを除き全滅。逃走しようとしたイラムも魔獣に囲まれ絶望的な状況でしたが、そこに勇者が現れ助けられた、と」


「・・・・・・その報告はイラムの報告のままですか?」


「ええ。なんなら、報告を録音しているものもありますが、聞きますか?」


「いえ。大丈夫です」


 ミランはかなり意外に思っていた。イラムならば正直に報告する中に少しだけ嘘を混ぜ、自分の手柄になるように報告するであろうと思っていたのに、恐らく真実をそのまま報告しているからだ。


 ミランがこれを真実だと思う理由は、イラムに不利になる事が混じっているからだ。手柄が欲しいのならわざわざ自分が逃走しようとしていたことなど報告する必要はない。部下は全滅したが自分一人でも潔く戦ったと言っても誰も見ていないのだからわからない。そして、逃走しようとしたか最後まで戦おうとしたのかでは印象がかなり違う。


 逃走したと言わざるを得ない理由があるのか? とミランは考えるがその具体的な理由は思いつかない。


「では、続けて報告を。報告を受けて駆け付けたギルドの精鋭達が『深淵の森』の遺跡にて大量の魔獣の死体を発見しました。そして、細切れにされた魔族の残骸も発見されています。その鮮やかな手並み、目撃情報などから考えてやったのはほぼ間違いなく勇者リオンかと思われます」


「『深淵の森』ってよお、『獣人族』の村が近くになかったか?」


 ショウのその一言で全員が『獣人族』の村がある国、ダルソスの国王サレトスの方を見る。先程揉めた事もあり、サレトスは最初無視しようとしていたが全員から注目されてしまい、慌てて質問に答える。


「ち、近くは無いが、遠くもない。それがどうしたというのだ」


「それなら、そこにあいつが住んでる可能性がある。あそこの村は昔俺達に魔獣から助けられた時かなりリオンに感謝してたし、『獣人族』って種族は恩を忘れねえ種族だからな。リオンを匿っててもおかしくねえ」


「その近隣で発見されている以上、可能性は低くはないだろう。ダルソスの王よ。今まで何か情報が入って来た事は無いか」


 何度もこの会議を行い進展なしだったのだから、それは最早我々に隠し事をしているのではないかと聞いているに等しかった。他の王達からならともかく、アシュレイ王にだけは疑われるのは避けたいサレトスは咄嗟に言い訳をする。


「そ、その様な情報は入っておりません。そもそも、あの村に住む亜人共は我々に非協力的ですから。全く、亜人というものは――――」


「その辺にしておけよクソガキ。それ以上我々を馬鹿にする発言をしたら殺す」


 国王達の集まる場で、ショウ以上に物騒な脅しをサレトスへかけているのは『人間とは似て非なるもの(デミ・ヒューマン)』、通称亜人と呼ばれる者達の国、アルダポスの国王デミリオである。


 人間と違い寿命の長い彼はすでに二百年以上の時を生きている彼は、筋骨隆々とした体躯、黒々としている無精髭がワイルドさを出しているごつい顔、まさに工事現場などにいそうな体育会系のおじさんといった感じだ。ある一点を除いては。


 あまりにも衝撃的な事なので遠回りに言おう。彼は『獣人族』であり、その中でも猫の種族、正確には猫又になるそうだが。とにかく彼は人間である上に、さらに猫でもありその外見も猫の特徴が出ている。


 これでなんとなく分かってもらえただろうか? そう、彼は――――頭に猫耳をつけ、猫の尻尾もつけているのだ。普通の人からすれば違和感しかないが、本人は子供たちから人気が出るので意外と気に入っており、バカにされると大暴れするらしい。


 そんな彼がサレトスの発言で殺意を出す程怒りを露わにしている理由は、当然自分と同じ、そして自分の愛すべき国民である者達を侮辱されたからである。


「あ、いえ、その・・・・・・」


 アシュレイ王以外には強気になるサレトスもさすがにデミリオの迫力に呑まれ、ただ狼狽える事しか出来ないでいる。


「落ち着けアルダポスの王よ。確かにダルソスの王の発言には問題があった。しかし、この場での殺すという発言は宣戦布告になりかねん。反省せよ」


「・・・・・・それについては反省します。しかし、我々を馬鹿にするような発言を許すわけにはいかない。謝罪していただきましょう」


 デミリオに謝罪しろと言われたサレトスは悔しそうにデミリオの顔を睨みつけていた。彼にとっては亜人とは人間ではなく獣や魚と同義である。そんな者が王である事も、自分が謝罪しなければならない事も屈辱以外の何物でもなかった。


「も、申し訳、ありませんでした・・・・・・!」


 心底嫌そうに頭を下げるサレトス。

 だが、嫌そうだからと言ってもう一度謝罪させることはやりすぎになる。なので、デミリオもとてつもなく不機嫌な顔で、


「構いませんよ。頭を上げてください」


 と、サレトスを許したフリだけした。その様子にアシュレイは仕切り無しとばかりに少しだけ声量を上げる。


「他に報告はあるか?」


「はい。現在、ギルドでは勇者捜索の為の部隊を結成している最中との事です。しかし場所が魔獣と戦争中であるヴォ―リア国の近辺という事もあり、周辺のギルドメンバーは戦争の方へ配置されている為、勇者捜索部隊にはあまり人員を割けないそうで・・・・・・」


「そうか。では、我々の騎士団からも応援を出そう。皆はどうだ?」


 実質この場で一番の権力を持っているアシュレイが出すと言っているのに断る事などできるわけもなく、他の国からも応援を出すという事で決定した。


「よし、では皆ただちに各々の国へ帰り、応援を送る準備をせよ。ダルソスの王は即刻『獣人族』の村を調べ、勇者がいるかどうか、そして目撃証言になかった魔王の子がいるかどうかを確認せよ」


「は、はいっ!」


「よし、ではこれで解散とする!」


 今度こそ、何事もなく王達の会議は終了した。






 リオンは家へ着くと、早速この場所を離れる準備を始めた。


「ど、どうしたのパパー? いきなり片付けなんて始めて」


「・・・・・・悪い。王国の騎士に見つかった。ここもすぐに見つかるかもしれない」


「え? あ、そ、そっか・・・・・・」


 リンは少しの間暗く沈んだ顔をしていたがすぐさま笑顔になり、


「それじゃあ急いで片付けなきゃねー。私、向こうの方片付けてくるよー」


 と、部屋の奥へかけて行ってしまった。リオンはその無理矢理作った様な笑顔を見て、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。しかし、それでもリオンはイラムを見逃した事を後悔はしていない、いや、リオンは後悔してはいけないのだ。人を殺さなかった事を後悔しては勇者ではなくなってしまうから。


「本当にごめんな・・・・・・」


「大丈夫だよー。この家でこんなに長く暮らせるなんて思ってなかったから。ちょっと平和な日が続いちゃって本当に、本当に少しだけ名残惜しいけどー・・・・・・」


 リンはリオンに背中を向けているのでリオンからは顔は見えない。しかし、リンの声は震えており泣きながら作業をしている事はわかった。


 リンにとってはそれほどまでにこの家で過ごした日々は平和だった。リオンとリン、そしてたまにシーナと普通の人間の様に暮らす事の出来た日々。魔王の娘であるリンが決して手に入れる事の出来ないと思っていた平和な日々を過ごした場所。それを失う事が悲しくないわけがなかった。


「本当に、ごめん」


 リオンは、歯が折れかねない程強い力で奥歯をかみながらあらためてリンへ謝罪する。


「い、いいってばー。私は別に気にしてないからー。それに、他の場所でもパパさえ一緒にいてくれればまた楽しく暮らせるよ」


 涙声になりそうなのを必死に抑えたリンの言葉にリオンは深く頷いた。


「ああ、そうだな」


 その返事を聞いて笑顔で振り返ったリンの視線が一点で止まる。リオンもそちらを見てみると、そこには一冊の本があった。


「この本は・・・・・・」


 その本は、中々打ち解けられないリンと仲良くなるために、とシーナが持ってきてくれた本だった。リンが本はあまり好きじゃないと言うとシーナがそれなら読み聞かせてあげる、と二人で毎日少しづつ読み進めた思い出の本である。


「シーナお姉ちゃんは・・・・・・一緒にいられないんだよね」


「・・・・・・ああ。寂しくなるが、これ以上迷惑かけるわけにもいかないからな」


「そっか・・・・・・あ、じゃあ、この本返してきてもいい? お別れの挨拶もかねて」


 リンがまた暗くなりかけた雰囲気を変える為に明るくそんな事言う。しかし、それを聞いてリオンの表情はさらに重いものになった。


「・・・・・・ダメだ。今、シーナと俺達の接点を知られるわけにはいかない。『獣人族』の村にもすぐに騎士が来る。そこでもしお前が魔王の子だとバレればシーナも俺達の仲間だと思われて、下手したら処刑されるかもしれない」


「そ、そっか・・・・・・そうだよね」


 リオンは何とかしてやりたいせめてメッセージだけでも、と思い本の一番最後の白紙の部分、見返しを開いてリンにペンを渡す。


「ここにメッセージを書け」


「え? で、でも、届けられないんじゃないのー・・・・・・・?」


「いいから。早く書けって」


 リオンに急かされ、何が何だかわからないが別れのメッセージを書くリン。そして、書き終わるとリオンも空白の部分にシーナ宛のメッセージを書き込む。


「メッセージなんて書いてどうするのー?」


「まあ、見てろ。『帰巣本能』」


 リオンが本に手を当てながらそう唱えると、本が宙へ浮きものすごい勢いで窓から外へと飛んで行ってしまった。


「ええ!? パ、パパ・・・・・・?」


「大丈夫だ。ただ飛んで行ったわけじゃない。『帰巣本能』は物を持ち主へと返す魔法。つまり、あの本の持ち主のシーナの所に帰ったんだよ」


「シーナお姉ちゃんの所に・・・・・・そっかー。ありがとねー! パパ!」


「気にするな。シーナに礼も無しでここを去るのは俺だって嫌なんだ。シーナにはかなりお世話になったしな」


「そうだねー。シーナお姉ちゃんにはいっぱいお世話になったもんねー・・・・・・パパを渡す気はないけどー」


「ん? 何の話だ?」


「別にー。パパは知らなくてもいい話だよー」


「???」


 その後、何度かリオンが訪ねたがはぐらかされるばかりで教えてもらえないので、次第にリオンも聞くのを諦めた。



 この時、シーナの様子を見に行かなかった事を激しく後悔するとは知らずに。

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