第10話

「なんでー・・・・・・? なんで、シーナお姉ちゃんは私達との関係を認めちゃったの? 否定してれば、証拠はないのにー・・・・・・」


 トウマからシーナが連行されるまでの状況の説明を受けたリンは混乱していた。シーナならば逃走することも出来たし、関係ないと言い張る事も出来た。なのに、何故素直に認めてしまったのか。


 その疑問に、リオンが答える。


「・・・・・・俺達の為だ。シーナの手元には俺達が送った本が残ってる。それを専門家が分析すればどんな魔法が使われてどこから来たのかわかる。それをさせない為に自分から捕まったんだ」


 たとえ、本を燃やしたとしても魔法の痕跡は残る。それを調べられればリオン達がどこで生活していたのかがわかり、そこからどこへ逃亡したかの足どりを掴まれる恐れがあるのだ。


「あ・・・・・・じゃ、じゃあ、シーナお姉ちゃんは、私の我がままのせいで――――」


「違う。俺が甘かったんだ。まさか、シーナが国にこんな簡単に見つかるなんてそんな事考えてもいなかった。俺がどんな立場なのか考えもせずに、バカな事をしてシーナに最後まで迷惑かけた・・・・・・!!」


 リオンは悔しさが抑え切れず、右拳を握りしめて木の幹を思いっきり殴りつける。殴られた木はバキバキッ!! という音を立てながら倒れていった。


「・・・・・・リオン。実は、話はここで終わりじゃないんだ」


 そう。トウマがここへ着いた時に最初に言った言葉はシーナが攫われた、である。今の話だけで終わったのならば攫われた、ではなく連行されたと言うだろう。つまり、この後トウマが攫われたと感じる何かがあったという事に他ならない。


「・・・・・・まだ何かあるのか?」


「ああ。実は、家にあいつらが来た後でこんな物が家に届いたんだ」


 トウマが懐から取り出したのは綺麗に折りたたまれた一枚の紙だった。それを開きリオンに、中に書いてある文章を見せる。


「・・・・・・まさか、国がこんな手を打ってくるとはな」


 そこに書いてあった内容はこれを勇者リオンに見せろという文言から始まり、『これを見た勇者リオンは魔王の子を連れて野原へ来い。さもなくば、亜人の女が死ぬ事になるだろう』というものである。そして最後は、ダルソス国王サレトスと締めくくられていた。


「ああ。前から国王は腐ってるとは思ってた。だが、シュミトさんはまだまともな奴だと思ってたのによ・・・・・・こんな、脅迫まがいの事までしやがって!!」


「・・・・・・パパ、どうするのー?」


「・・・・・・」


 リオンは黙ったまま口に手を当てて、これからの行動を考えていた。この要求に素直に従ったとして、シーナが返される保証がない。それに、リンを人前に連れて行くわけにはいかない。


 リオン一人で行く、というのも考えたがそれをすればシーナの命が危ない。引き伸ばし程度の意味はあるだろうが、引き伸ばす意味がないのだから完全な無駄である。


 と、そこでトウマが怒り心頭と言った様子で、


「俺が行くから、リオンは逃げてくれ。シーナが命を懸けてまでリオンを守ろうとしたのに親の俺がそれを裏切るわけにはいかない。それに、あいつらは一発ぶん殴ってやらないと気が済まん」


「落ち着けトウマ。それじゃあシーナの命が危ない」


「何も、俺一人で行くわけじゃない。うちの村人に事情を説明すればついてきてくれる奴もいるはずだ。中には足に自信がある奴だっている。相手が油断している内にシーナを奪って全員ボコボコにしてやるさ」


 『獣人族』の出せる速度は普通の人間とは比べ物にならない。相手が油断しているところを襲えばこの作戦の成功率はかなり高い。もっとも、相手が油断している可能性がゼロであるという点を除けば、だが。


「だから落ち着けって言ってるんだ。相手が呼び出そうとしてるのは俺だぞ? 油断なんてしてるわけがないし、そもそもシーナを連れてくるわけがない」


「・・・・・・それもそうか。リオンの前に連れてなんて来たらシーナを奪ってくださいって言ってるようなもんだ」


「ああ。多分相手はシーナは別の場所に置いておき、遠隔操作でいつでも殺せる魔法か何かを仕掛けるつもりだろう。そうすれば俺は簡単にはシーナを奪えないからな」


「そんな・・・・・・それじゃあどうしたら」


 リオンの冷静な意見にトウマは頭を抱えて悩み始める。リオンも先程から策を練っているがいい策は一向に思いつかない。


「ねえパパー。シーナお姉ちゃんの居場所って、パパの『千里眼』で分からないのー?」


「ん? ・・・・・・おお、その手があったか」


 『千里眼』とはリオンの持つ『聖剣』の特殊能力の一つである。多少の制約はあるが、名前の通り千里先まで見る事のできる能力である。


「もー、自分の能力忘れないでよー」


「・・・・・・まあ、俺も少し焦ってたって事だ。とにかく急いでシーナの家に行くぞ」


「なんで俺の家に来る必要があるんだ?」


「俺の『千里眼』には発動条件があってな。特定の人物を探す時にはその人物の持ち物に触れてないといけないんだよ」


 『千里眼』にいくつかある制約の一つがこれである。だが、条件さえ揃えば世界中のどこにいようとも『千里眼』で探すことが出来るというチート能力である。


「それでシーナの持ち物が必要だって事か。わかった。急いで――――」


 トウマが家に向けて走り出そうとしていると、既にリオンとリンはいなくなっていた。


「・・・・・・おいおい、いつもの事だが速すぎだろう」


 トウマも『獣人族』の一人として負けていられない、と全速力で走る。森の中を通っているので木を避けながらなのだが、かなり速い。とは言っても、リオンのスピードには全く及ばないが。


 神速とも言える速度を維持し続けるリオンも化け物だが、そんな速度を出されて平然と、いやむしろ楽しそうにおんぶされているリンも立派に化け物である。


 トウマが家に着いた時には既に家の前でのんびりとしているリオンとリンの姿があった。


「遅かったなトウマ」


「お、お前が、速すぎるっ、んだ・・・・・・!」


 体力自慢の『獣人族』にしては珍しく息も切れ切れと言った感じである。距離はそこまでないはずだが、久しぶりに全力で走ったので体がついてこないのだ。


「シーナの部屋はどこだ?」


「シーナの部屋は一番奥だ。俺は少し休むから、自分で探してくれ」


 トウマは家の中に入るなり、ぐでっとリビングで寝てしまった。よほど疲れていたのだろう。


 リオンとリンはそれにやれやれと顔を見合わせながらも、シーナの部屋へ入る。シーナの部屋の中はかなり整理されており、ごみや埃など一切なかった。もしかしたら、連行される前に掃除をしてから行ったのかもしれないな、とリオンは勝手にそう思った。


「んー、持ち物なら何でもいいんだったよね――――あ、これ・・・・・・」


 リンが手に取ったのは、机の上に置いてあったシーナの本である。それを手に取り、自分が書いたメッセージを見ていたリンはある事に気づく。


「このメッセージを書いたとこ、ちょっとシワになってる・・・・・・?」


 触ってみるとよくわかった。リンとリオンがメッセージをページだけが全体的にまるで濡れたようにシワになっているのだ。何かを零したのであれば他のページもシワになっているはずだが、他のページはほとんどシワになっていなかった。


 そのページだけという事は濡らしたのは少しの液体、そしてそれがページの全体に広がってる事を考えると、少しだけの液体を継続的に本の上に零し続けた可能性が高い。つまり、この皺は彼女が泣いた跡なのではないかという推測が成り立つ。


 この本のメッセージを見て、彼女は何を思ったのだろう。いや、この本のじゃなくてパパからのメッセージか。とリンが勝手な事を考えていると、リオンがどこから見つけたのか手紙を見つけて読んでいる事に気が付いた。


「パパ―? ダメでしょ人の手紙勝手に見ちゃー」


「ああ、それはわかってる・・・・・・でも、見てくれ」


 リオンが持ってる手紙は元勇者パーティーの一人、ショウからの物だった。


「んー? ショウって、あの乱暴そうな人だよね。どんな内容なの?」


「乱暴そうって・・・・・・まあいい。内容は、俺達についてだな。居場所を知ってたら教えてくれ、だそうだ。紙も日焼けしてるし、字も少しかすれてる。結構前に来た手紙みたいだな」


「そうなの? じゃあ、なんでそんなわかりやすいところに置いてあったんだろー?」


「これは俺の推測だけどな。連行される前、多分シーナは迷ってたんだ。俺の居場所が見つかった時、もし国に捕まったら拷問とかも十分あり得る。それなら国じゃなくてショウに捕まる方がいいんじゃないかってな。そうしてショウの手紙を手に取って迷い、そして最後には・・・・・・自分が捕まって俺達を逃がすって選択肢にしたんだろう」


「・・・・・・なんでそれ選んじゃったんだろー。もっと別に選択肢はあったはずなのに。私達と一緒に逃げるとか、それが嫌ならショウって人に連絡してもよかったのにー」


「・・・・・・それは、シーナに直接聞けばいいだろ? それで、めちゃくちゃ怒ってやれ。絶対連れ戻して見せるから」


 リオンにしては珍しく、リンの頭を優しく撫でる。


「・・・・・・!! うんっ! はいこれ!」


 頭を撫でられたリンは少しだけ恥ずかしそうに、でも嬉しそうにリオンにシーナの本を差し出した。それで、『千里眼』を使うためだ。


「よし、任せとけ」


 リオンは本を受け取ると、目を閉じてシーナの居場所を探る。するとすぐにリオンの瞼の裏に手錠をされているシーナの姿が映った。その場所は――――


「・・・・・・面倒な事になったな」


「え? ど、どこだったの?」


「場所は、王城の地下だ」


「地下? それがなんで面倒なのー?」


「王城には、本来地下施設と言うのは存在しない事になっている。だけど、実際は存在するんだよどこの王国にもな」


「? えっと、つまりどういう事ー?」


「王城の地下っていうのはな・・・・・・」


 リオンはそこで一拍おいて――――


「拷問専用の牢獄なんだよ。隠さなきゃいけない程に凄惨な拷問をする、な」


 唇を噛みしめながらそう言い切った。

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