第3話

 世界最大国家リグレットの首都、アステーリには周囲の山々よりも高く、雲すらも下に見下ろす程の高さを誇り、建造物としては最高を誇る天空塔、『イクシーク・スカイ』がそびえ建っている。


 その塔はリグレット国王が自分の権威を示すために建造したと言われ、あまりの自己顕示欲に国民はあきれ果てているが実際の目的は違った。実は、そこでは定期的に各国の国王が集まる会議が行われているのだ。その安全面の確保、そして機密保持の為の『イクシーク・スカイ』である。



 そして、今日もその定期的に行われる会議の日だった。各国の国王、十二名が集まり目下最大の問題である現れ続ける魔獣について会議を進めている。


「我が国でも魔獣被害はさらに増加しています。北の僻地では十万に届く魔獣、そして上位の魔族が現れ、現在我が国の騎士団とギルドで対処している状況です。しかし、無限に湧き続ける魔獣相手にどこまで持つかわかりません。早急に勇者リオンと魔王の子を見つけ出す必要があると考えます」


 凛とした声でそう訴えるのは北にある小国、ヴォ―リアの若き国王、ミランである。彼は三十半ばという若さで父親から国王の座を譲り受け、周囲の国に併合されそうだったヴォ―リアを確かな手腕でこの会議に参加できるほどまで盛り返した若き賢王である。


「・・・・・・やれやれ、若き国王は元気でいらっしゃる。ですが、態度には気を付けた方がいいのでは?」


 そう、イヤミったらしい口調、イヤミったらしい笑い方、そして両手を広げてやれやれという仕草、全てが喧嘩を売っているとしか思えない事を言った四十代初めらしい下っ腹の突き出た体型の国王は、ヴォ―リアの隣国であるダルソスの国王、サレトスである。


 ダルソスは大国と呼べるほどではないものの、周囲を美しい自然に囲まれ、資源も豊富にあり多くの商人や旅人が訪れる観光スポットとしても名高い国である。が、近年この国を訪ねた人々が口をそろえて「この国は本当に美しい国だ。ただし国王を除いては」と言うほどに今代の国王は最低であった。


 ダルソスの先代の王、サレトスの父は知略に長けるわけでも戦闘に長けるわけでもなかったが、ただ人柄だけは素晴らしかった。自らは民衆と共に歩んでいくと王になった時に宣言し、その宣言通り彼は一年のほとんどを王宮ではなく町の真ん中に建てた小さな家で過ごした。常に民衆と共に暮らし、そして一緒に成長していく為である。


 そんな国王は国民からはたいへん愛されたが、国外の者からは貧乏性の王として馬鹿にされる事も多かった。そして、それを知っていた息子のサレトスは、自分が国王になった暁には王としての権威を取り戻してやる、と息巻いていた。


 そうして国王が亡くなり、彼が国王になった時にはろくな知識も教養もないがただ偉そうにふんぞり返りプライドだけはやけに高い、最低と評される王が誕生してしまった。


「・・・・・・申し訳ありませんが、何がお気に障ったのか教えていただいてもよろしいでしょうか?」


 ミランは、怒りを必死に抑えながらサレトスの方へ向き直る。ミランは若き賢王と呼ばれ、怒りをコントロールする術も身に着けている。しかし、この会議のたびにサレトスから嫌味を言われ続け我慢も限界に近いところまで来ていた。


 そもそも、サレトスとミランの因縁には原因がある。ミランが国王になる前、ヴォ―リアの国を併合しようとしていたのが何を隠そうサレトスなのだ。しかも、その目的がミランの六つ下の妹のリーファを手に入れる為だけにそこまで大掛かりな事をしたというのだから驚きである。


 しかし、その計画がミランによって失敗し、それ以来サレトスはミランの事を深く恨んでいた。会議のたびにこういう展開になるが、下手に手を出してしまえば豊富な資源を持つダルソスを敵に回す事になるので他の国の王達もただ見守るしかなかった。


「おやおや、若き国王はわからないと言うのですか? マナーの何たるかも知らない若造はこれだから困りますなあ」


「・・・・・・教えていただけないでしょうか?」


「その態度が問題だと言っているのですよ。あなたはお願いしている立場でしょう? 勇者リオンと魔王の子を早急に見つけろと言っておいて頭の一つも下げられないとは・・・・・・はっ。無礼にも程がある」


 これは、屁理屈どころか完全に言いがかりだった。別にミランは他の国王に対してお願いをしたのではなく、状況を報告しただけである。援軍を要請しているのならともかく、勇者リオンと魔王の子を早く見つけたいと言っただけで無礼と言われるのは完全に筋違いであった。


 しかも、ミランが守っている北の僻地が突破されればミランの国であるヴォ―リアだけでなくサレトスの国、ダルソスも危険なのだ。それなのに、サレトスは一兵たりとも戦争に出さず、支援すらもしていない。感謝されこそすれ、嫌味を言われる筋合いなど全く無いのだ。


「私の態度がお気に召さなかったのでしたら謝罪いたします。ですが、私は勇者リオンと魔王の子についてお願い申し上げているつもりはございません。皆様の国にもいつ魔獣の大群が現れないとも限りません。ですので、勇者リオンと魔王の子を早急に探し出す必要があるのでは、とご提案したまでです」


 相手の言い分がいくら言いがかりに近かろうと、この場ではミランはまだ新参者である。先輩であるサレトスへ謝罪する姿勢はとっている・・・・・・が、さすがに限界が来ているのか言葉の節々に棘を感じる。


「なっ、なんだその態度は! 貴様、私を誰だと――――」


「そこまでにしておかないか。ダルソスの王よ」


 ダンッ!! と机を叩いて立ち上がったサレトスを、この場においては最も発言権のあるリグレットの国王アシュレイが止める。


 リグレット国王、アシュレイは一言で表すと厳格。それ以上の説明がないほど厳格な人間だった。年の頃は五十半ば程と年寄りも比較的に多いこの場においては年齢的には中堅だが、その常に威圧しているかの様な雰囲気が他の国王たちを圧倒している。


「この場は冷静に今後の対策を練る場。感情を露わにするなど言語道断だ」


「も、申し訳ありません!」


 さすがのサレトスも世界最大国家であるリグレットの国王アシュレイには頭が上がらない。いや、サレトスでなくともこの会議に出席している者は皆アシュレイには頭が上がらないのだ。全員、アシュレイを前にすると無条件で服従してしまう。


「ヴォーリアの王よ。其方も気をつけよ」


「・・・・・・申し訳ありませんでした。アシュレイ王」


 ミランも堪えていたつもりだった感情を露わにしてしまった事を反省し、深々とアシュレイへ頭を下げる。

 アシュレイも、うむ、と一度頷き、


「では、勇者リオンと魔王の子について何か新たに情報が入った者はいるか?」


 と、議題を勇者リオンと魔王の子についてに変える。しかし、つい先日もこの議題で会議は行われており、新しい情報を持っている者などいようはずもなかった。


「ふむ・・・・・・やはり、新しい情報は無しか。では、今日の会議は終了と――――」


「あ、わりーけどちょっと待ってくれよ。言いてー事がある」


 突如、末席に座る一人の若い男からそんな声が室内に響いた。


 アシュレイの言葉を遮るという不敬を働いた上、敬語ですらなく無礼にも程がある態度である輩を、当の本人であるアシュレイ含め他の国王達も大して気にしていないようだった。ただし、サレトスだけは恨みのこもった視線で睨みつけているが。


 その不敬の輩の名前はショウ。この場において唯一、王という役職ではなくこの場に集まった国王達の護衛という立場の人間であった。本来、発言権すらないはずだが誰も彼に対し文句を言う者はいなかった。サレトスも文句は言わずにただ睨むことしかできない。


 その理由は彼の役職、そして実力の高さにあった。彼は対魔獣戦闘に特化していて、各国に戦闘員を派遣し国防に大きく貢献しているギルド、『自由連盟』で数少ない最高ランクS級の戦闘員であり、近接戦闘において勇者を除けば世界最強と言われている男だった。


「言いたい事があるというのなら聞こう」


「ああ、リオンに関する情報なんだけどよ。なんかわかったらまずギルドの方に連絡くれよ。お前らで共有すんのはそのあとでいいだろ?」


「ふむ、なぜだ?」


「リオンを捕まえるには雑魚が何人集まろうが無駄なんだよ。俺らが集まんねーと捕まえられねえ」


 要は、お前らは情報だけ集めてこい、と言っているようなものなのだが、全て事実なので誰もそれに対して反論は――――


「――――もう我慢できん! 貴様、先程から何を言ってるのかわかっているのか!!」


 ――――しないかと思われたが、我慢できずにサレトスが叫んだ。


「あ? 何言ってるのかだと? わかってるに決まってんだろ。てめーみたいな無能野郎にできんのは情報を俺に持ってくるぐらいだからとっとと持って来いってんだよ」


 ショウはあからさまに不機嫌になり、机に脚を乗せてふんぞり返りながらサレトスを睨みつける。その態度を見てさらにイラつき始めたサレトスは――――


「無能はどちらだ!! そもそも、貴様ら勇者パーティーが勇者リオンを取り逃がしたからこんな事になっているのだろう!!」


 ――――ショウに禁句を言ってしまった。


 ショウは元々その腕前をリオンに買われて勇者パーティーに所属していた。そして、勇者パーティーは勇者リオンが魔王の子を連れて魔王城から逃げ出す際に勇者リオンと対峙し、全員が倒されている。しかも、片腕の勇者相手にである。


 その時の事をショウはかなり気にしており、他人からその事について触れられるとブチ切れるのだ。


「・・・・・・」


 ショウは今回も当然の如くブチ切れ、無言のまま中央の長机を蹴り上げる。蹴り上げられた机は部屋の天井にぶつかって粉々に砕け散った。


「ぼ、暴力で私に歯向かおうというのか! そんな事をして貴様どうなっても――――」


 サレトスは続きを言う事は出来なかった。何故なら、一瞬の内に席を立ったショウがサレトスの口を握りつぶさんばかりの勢いで塞いでいるからである。


「・・・・・・俺は別に地位とか立場とか興味ねえんだよ。だから、てめえをここで殺して、犯罪者になろうがどうでもいいんだぜ?」


 手にぎりぎりと力の込めていくショウ。本気だと感じたサレトスは急に焦りはじめ命乞いをするが、口を塞がれている為何を言っているのか全く分からない。


「その辺にしておけショウ。ここで犯罪者となれば勇者リオンの情報を手に入れ辛くなるぞ」


「・・・・・・チッ」


 アシュレイの鶴の一声でショウはサレトスから手を離す。だが、サレトスは納得できるわけがなかった。


「ど、どういう事ですかアシュレイ王! 私にこんな真似をしておいてその程度で済ますなど!」


「確かに、今の行動は問題だ。しかし、ショウがいなくては勇者リオンを捕らえるなど到底不可能であるのも事実。彼の罪は勇者リオンを捕らえる事で不問とする」


「で、ですが――――」


「これが私の決定だ。文句があるというのなら・・・・・・分かるな?」


 ズッ・・・・・・とその場をアシュレイの威圧感が支配していく。その威圧感に、ある者は脂汗が止まらなくなり、ある者は顔を俯かせたまま一言も発せないでいる。サレトスも当然、何も言い返すことは出来ずに椅子へ座る事しか出来なかった。それ程までに絶対的な王としての資質の差がサレトスとアシュレイの間にはあった。


「ショウも気をつけよ。今後もあまりにも問題が目立つとすれば我々としてもお前を拘束する必要がある」


「それはそれで楽しそうだけどな・・・・・・ああ、冗談だよ冗談。わかってるって」


 アシュレイに睨まれ、ショウも自分の席へと戻る。それで、威圧を解いたアシュレイは空気を一新するために「では」と小さく発してから、


「本日の会議はこれで終了とする」


 こうして、結局進展はないまま会議は終了となる――――かに思えた。

 バァンッ!! と部屋の扉が勢いよく開かれ、中に入ってきた若い女性が、


「ゆ、勇者リオンが発見されました!!」


 そんな、爆弾発言を投下しなければ終了していたのだ。

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