第4話

時は、各国の王達の会議が行われる一日前まで遡る。リオンの家の中で、


「お金がピンチです」


 リオンとリン、そして何故かシーナも深刻な雰囲気で向き合って座っていた。


「そりゃあそうだよねー。パパ働いてないし」


「・・・・・・俺は別に無職ってわけじゃない。勇者という立派な職業があるんだ」


 一撃入れられて以来、パパと言われることに抵抗する事をやめたリオンだが、やはりあまり嬉しくはないのかちょっと嫌そうである。


「でも、勇者って職業なのー? お金儲けたりは出来なさそうだけど」


「結構儲かってたぞ? 魔獣退治とかすると国から報奨金が出たりもするしな。そもそも、この家だって俺の金で建てたんだよ」


「えー? でも、この家って材料はそこの森の木だし、手伝ってくれた獣人族の人達はパパへのお礼だって言って無償で働いてくれたでしょ。家具は買ったけどそれも獣人族の人達が安くしてくれたんだったよねー?」


「そ、それはそうだが・・・・・・でも、これまで何不自由なく暮らしてこれたのは俺のおかげだぞ。多少の蓄えはあったしな」


「それだって、そこのシーナお姉ちゃんが安くしてくれてるんだよ? パパが知らないだけでー」


「えっ? そうなのか?」


 急に話を振られたシーナは慌てて首を振る。


「い、いえいえ。大したことはしてませんから。ただ、お店で買うときに少しだけ値切らせてもらっているだけで・・・・・・」


 実際は普段のシーナからは想像もできない程冷静にたんたんと、相手の店主が泣きそうになるまでひたすら値引き続け、時には三時間以上かけてでも値切り続けるという愛のなせる業としか言いようの無い程値切る時には性格が変わるのだが。


「そうなのか・・・・・・それで、随分安かったんだな。物価が安くなったなー程度にしか思ってなかったけど」


 そう言いながらリオンはシーナの頭を撫でる。それだけで嬉しそうに、苦労が報われました、とシーナが小さく呟いたがそれはリオンに届く事は無かった。


「・・・・・・パパ―、それよりも今後の事を考えようよー」


 目の前で仲の良いところを見せつけられて若干不機嫌になりつつ、リンが話を本題へと戻す。


「ああ、そうだな。そろそろ本格的にヤバいし、なんとかしなきゃいけないんだが・・・・・・」


 リオンがシーナを撫でるのをやめると、シーナはやや名残惜しそうに会話に加わる。


「そ、それなら私が稼いできますよ。今は働いてませんけど、町に出て働けばそれなりの稼ぎは――――」


「いやいやいや! そこまでして貰う訳にはいかないって。これは俺たち家族の問題なんだし」


「・・・・・・そうだよー。これは、私達家族の問題なの。他人のシーナお姉ちゃんは黙っててー」


 「他人」、という部分をやけに強調して言われた言葉に、シーナは「あうっ」と可愛らしくたじろぐ。


「おいリン。失礼だろ他人なんて呼び方したら。ごめんなシーナ。俺はちゃんとシーナ事友達だと思ってるから」


 今度はリオンからのリアルな友達宣言に「にょわっ」と叫びながら、立ち直れない程のダメージを受けたシーナ。それを見ながらリンは笑っており、リオンは頭にハテナマークを浮かべるだけだった。


「どうかしたのか?」


「まーまー、パパは気にしなくてもいいから。それより、本当にお金の事を話そうよー」


「そうだな。やっぱり働くしかないか。でも、職がな・・・・・・」


 出来れば、働くのは避けたかった。町に出て働けば、有名なリオンはすぐに顔バレして捕まるだろう。リンは世間に顔バレしていないがまだ子供だ。働けるところがない上に、見る人が見ればすぐに魔王の子供だとバレてしまう。


 獣人族の村で働くことも考えたが、それでも人間に見つかる可能性はゼロとは言えない。村には人間の旅人などがよく来るからである。


 つまり、どこで働こうが人と会う以上、見つかる可能性は避けられないのだが・・・・・・金がなくてはは生きていくことが難しい。見つかる可能性の低い職を探すしかない、とリオンは考えていた。


「うーん、空き巣とかなら見つかりにくいんじゃないかなー?」


「却下だ。なんでいきなりそんな犯罪から入るんだ? もっと健全な職業にしろ」


「じゃあ、内職? なんか作ったりとか出来ないの? 置物作って売ったりとか」


「内職か・・・・・・いい案だけど、中々無さそうだよな。俺は勇者しかやってこなかったから物作りとか出来ないし」


「えー、パパ使えなーい」


「使えないとか言うな」


「あ、あの、それじゃあ、こういうのはどうでしょう?」


 いつの間にかダメージから復活していたシーナが手をあげて発言の許可が出るのを待っている。


 そんなシーナを見て、まるで、餌を前にして待てをされている犬の様だ、とリオンは思いつつシーナに意見を求める。


「えっと、じゃあシーナの意見を言ってくれ」


「はい、えっと、私、一応ギルドの資格を持ってるんですけど・・・・・・それで、魔獣退治の依頼なんかを受けてですね、それをリオンさんにやって貰うのはどうでしょうか・・・・・・」


 ギルドに所属する、という事には二つの種類がある。一つ目は自由所属。シーナの様に、ギルドから依頼を受けて魔獣退治などの依頼をこなすという割と自由が利き、本業の傍らにギルドに所属する人が多い所属方法である。


 そしてもう一つが専属所属。その名の通り、ギルドの専属の戦闘員となり各地の国や村に派遣されて町の防衛などに駆り出されたり、戦争の際の兵士として派遣されたりする、傭兵の様な立場である。あまり自由は効かないがその分給料がきちんと払われる所属方法でもある。


「おお、なるほど。それは悪くないかも。魔獣退治なら俺の得意分野だし、直接依頼を受けるのはシーナだから俺達は誰とも会う必要がないし・・・・・・でも、この辺ってそんなに依頼ないよな? 平和な所だし」


「普段はそうなんですが、なんでもここの隣国のヴォーリアの北の僻地に十万もの魔獣の軍勢が現れたそうで・・・・・・それが、こちらにも少しですが流れて来ているようでして、依頼があったんです」


「魔獣の大群!?」


 リオンが驚いて目を見開く。が、シーナは何に驚いているのか分からず、首をひねっている。


 だが、この場合はリオンの方が正しかった。魔獣とは、知能を持たない獣の様な存在なので魔獣と呼ばれている。そして、魔獣の特徴として群れで行動することは少ない、というのがある。なので、魔獣の大群が攻めてきたという事自体ほとんどありえないのだ。それを、指揮する者がいない限りは。


「つまり、魔族がいるって事か・・・・・・」


 魔族。それは人間と同様に知性を持ち、なおかつ高い魔力を有した危険な存在であり、魔王もこの部類に含まれる。


 その魔族や魔獣にとっては力の強さこそ絶対で、相手の力が自分より上ならば決して逆らうことが出来ない。つまり、現れた魔獣以上の力を持った魔族ならば魔獣の指揮を執って攻めてくる事も可能なのだ。


「うん。しかも、十万もの魔獣を指揮してるとなると多分上級だよー・・・・・・」


 魔族や魔獣には下級、中級、上級、という階級がありそれによって強さで分けられている。


「上級となると・・・・・・俺を除けば単独で対処できるのはあいつらぐらいかもな」


 リオンの言うあいつら、とは元勇者パーティーの仲間である。その元仲間たちを思い浮かべてリオンは少しだけ過去を懐かしんだ。


 いくつもの村や国を回り、一緒に大型魔獣を倒したり、たまには喧嘩などをしたりもしたが、それすらも楽しい思い出だ、とリオンが昔を懐かしみ、感慨に耽っていると――――


「ああ、あのパパに瞬殺されてた人達ね。あの人達強いイメージ無いんだけど、そんなに強いの?」


 リンの一言でぶち壊しにされた。リンを連れて逃げる時、不意を突いて瞬殺した事を思い出し、若干ブルーになるリオン。


「・・・・・・せっかくいい思い出だったのにそんな嫌な部分思い出させるなよ。あいつらは強いぞ。俺がいなければそれぞれ世界最強を名乗ってもおかしくないぐらいにはな」


「へー、そんな強いんだねあの人達」


「あ、あのー・・・・・・」


 と、そこで話を振った本人なのに話に入れず途方に暮れていたシーナがようやく口を開いた。


「ああ、悪い。依頼の話だったな。どんな依頼があるんだ?」


「大きな依頼は魔獣退治、その中でも特に報酬が高いのは集団の魔獣退治ですね。なんでも、北の僻地の戦線から逃れてきた魔獣が町の北の森にいるとかで」


「集団って事は、少なくとも一体は魔族がいるな・・・・・・まあ、戦線から逃れてきたって事は大した奴じゃなさそうだけど」


「そうですね。リオンさんなら余裕だと思いますけど、どうしますか? ちなみにこの依頼をこなせば半年は余裕で過ごせると思います」


「よしやろう。他の奴に取られないうちにな」


 即断即決。リオンは慌ただしく出発の準備を始める。高額な報酬であれば他の者が既に取り掛かっていてもおかしくはない。それをこなせる実力があるかどうかは別として。


 だから、急ぐのはいいことなのだが、


「あの、リオンさんが急いでも、あんまり意味がないと思うんですが・・・・・・クエストを受けに行くのは私ですし」


「え? ああ、そうか。じゃあ場所だけ教えてくれ。俺が先に現場に行って終わらせとくから」


「は、はい。場所はここから北西にしばらく行くと森がありますよね? そこの、古代遺跡の祭壇にいるらしいです」


 普通、こんな説明ではわからないがリオンは一応勇者である。前に世界各地を回った時に大体の地理は頭に入っていた。


「古代遺跡・・・・・・ああ、あそこか。懐かしいな。よし、じゃあ俺は先に向かってるからシーナは誰かに取られない内に依頼を受けて来てくれ」


「わ、わかりました! 急いで行ってきます!」


 シーナはそう言うやいなや速攻でリオンの家を出て町へと向かった。その速度は獣人族の出せる速度の限界に迫るほどである。


「・・・・・・なんか、凄いスピードだったな。じゃ、俺ももう行くよ」


「え? 私はー?」


「連れてくわけにはいかないだろ。今日中・・・・・・もしくは、明日中には帰ってくるから」


「もしくはって何よー・・・・・・でも、ちゃんと帰ってくるって約束するなら大人しく待っててあげる」


 リオは少し寂しそうに、でもそれを感じ取らせないように笑って小指を差し出す。


「ああ。約束する。ちゃんと帰ってくるよ」


 その小指にリオンも笑いながら小指を合わせて指切りげんまんをした。

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