第5話

 深淵の森。魔獣の集団が逃げ込んだ森はそう呼ばれていた。その理由は、森の中は太陽光を完全遮断する葉を持つ木が大量に生えており、ほとんど日が当たらない環境が常に続くため、そしてその森に一度でも入った者は精神を壊され、二度と立ち直る事が出来なくなるという噂の為である。


 そんな噂のある森ではあるが、現在は安全・・・・・・とまでは言い難いが少なくとも精神が破壊されるようなことはなくなっている。リオン達勇者パーティーがその森を訪れた際に精神破壊の原因となった下級魔族(サキュバス)を倒し、遺跡の地下にあった幻覚鉱石を破壊した、という経緯があるのだが・・・・・・それはまた別の機会に。


 その森の手前でかなり重量がありそうな銀の鎧を着た五十名程の集団がいた。ヴォーリア国、第三騎士団である。


「これが噂の深淵の森か・・・・・・ふん、大したことはなさそうだな」


 森に逃げ込んだ魔獣達を駆除しにきた第三騎士団、その長である騎士団長イラムは、めんどくさそうにそう呟いた。


 イラムは騎士団にしては珍しい女性の騎士だった。褐色の肌に、鎧の上から少し見える胸元や足を見るだけで素晴らしいと分かるスタイル、強気そうな目つきだがそれを含めて美人と言って差し支えない顔、騎士という仕事をしていなければよりどりみどりの男の中から選んでとっとといい男を選んで結婚していたであろう、と言える程の美貌の持ち主である。しかし、残念な事に口調も一人称も騎士団に染まって男口調になっておりさらに、権力に執着する彼女はお世辞にも性格がいいとは言いがたい事も残念な事の一つである。


「チッ・・・・・・なんで俺達がこんな事しなきゃならないんだよ」


 本来ならば、ヴォ―リアの騎士団は本国の最低限の防衛を残し、魔獣の大群との戦争に駆り出されているはずである。逃げ出した魔獣の対処はギルドに任しているのでここに兵を送る必要すらないはずなのだが、


「あいつら・・・・・・俺の事を馬鹿にしやがって」


 彼女達は、来たくてここに来たわけではなかった。かといって命令されたわけでもない。戦争中の本陣で雑用ばかりを押し付けられていた現状から逃げる為に仕方なく志願してここまで来たのである。


 なぜ、王国の騎士団が雑用係にされているのかというと、彼らがたった五十名しかおらず、しかも錬度も低い兵の集まりだからである。


 そもそも、ヴォ―リア騎士団は元々、第一と第二しかなかったのだ。しかし、彼女を部隊長という役職に収める為にこの第三騎士団を国王であるミランが新たに作ったのだ。


 彼女の為に新しい騎士団を作った、という言い方をすると彼女が期待されているかのような言い方だが、実際は真逆である。国王が彼女への嫌がらせの為に作った部署が第三騎士団なのだ。


 彼女は元々、女性でしかもまだ二十三歳という若さで全騎士を束ねる立場である総団長の座についていた。人を使う事に長けており、貪欲とも言える権力への執着でその座まで上り詰めたのだ。そして、権力を求めすぎる彼女は国が隣国のダルソスに併合されそうになっている時ダルソスの王サレトスに、国を裏切れば高い地位を用意してやると言われ、簡単に国を裏切った。


 だが、絶対に併合されると思っていたイラムの思惑とは外れ、国王となったミランの手腕でヴォ―リアは併合を拒否できるだけの力をつけてしまった。それにより、イラムは騎士団を追い出されそうになったが、前国王の慈悲により第一騎士団の分隊長に階級を落とす事で決着となる――――はずだった。


 その決定をイラムに伝えると、彼女がとんでもない事をしたのだ。『分隊長なぞで満足できるか。せめて騎士団長にしろ』と、その命令に文句をつけてきたのだ。


 追い出されそうになっているところを慈悲で降格処分で済まされた者の言葉とは到底思えず、ミランは当然激怒した。そして、騎士団どころか国から永久追放しようとしたところを前国王に止められた。前国王の意向はあくまで降格で済ませて欲しいとのことであり、実の父の頼みを無下にする事はミランにはできなかった。だがもはや分隊長に降格する程度で済ます事すらミランには嫌だった。


 それならばと作ったのが第三騎士団である。そこに、前から問題視されていたやる気もなく、実力もない騎士達を集めそこの騎士団長にイラムをを任命したのだ。


 権力に拘っていたイラムにとってこれ以上は無いと言える程の屈辱であった。なにせ、役職は総団長に次ぐ立場の一人であるのに、権力などまるで与えられず、ただの雑用係として使われているのだから。


「あのクソ王め・・・・・・絶対に許さねえ」


 イラムは復讐に燃えていた。といっても、ただ国王を殺すのでは自分も処刑されてしまう。復讐方法はあくまでも正当な手段を使わなければならない。一番手っ取り早いのは他の国に潰させる事。しかし、ミランを恨んでいて潰してくれる可能性のあるサレトスとは連絡は取れなくなってしまっていた。


 それも当然である。サレトスがイラムと組んだのは騎士団長という立場以上に、国王ミランの妹の警護役をしていたイラムを懐柔し、彼女へ接触する事だったのだから。


 しかし、イラムは諦めてはいなかった。徐々にでも手柄を立て、サレトスがもう一度共謀しようと思える存在になる、その為に戦争にも参加したのだが・・・・・・結局は雑用係をやらされ、その屈辱から逃げ出すようにこんなところまで来てしまっている。諦めてはいなくともイラつきは募るばかりであった。


 とにかく、ここはサレトスの国ダルソスに近い場所だ。ここで活躍すればサレトスの目に留まるかもしれないと、イラムはポジティブに考えて、


「全軍、慎重に進め。この森は昼間でもかなり暗い。明かりで周囲を照らしながら進むように」


 そう指示を出し、森の中へと入っていく。その指示に従いつつも、めんどくさそうにため息をつく騎士たちにさらに苛立ちを覚えつつ、しばらく進んでいくと――――


 ガクッ、と遺跡につく直前に全員の足が動かなくなった。


「なんだ!? 全員、足元を照らし状況を確認!! それからすぐに周囲の警戒をしろ!!」


 その場に転んでしまう者や、足を必死で動かそうと物などが入り混じり、混乱している中で焦りつつもこれが何らかの魔法による罠であると見抜き、地面になんらかの細工がある可能性が高く浮遊魔法で地面から離れさせる指示を全体に飛ばすイラムはさすがというべきか。女性でありながら騎士団総団長まで上り詰めるのは伊達ではないのである。


 が、第三騎士団の騎士達は危機的状況において指揮官の指示を仰ぐ、という事すら出来ない程日頃の訓練をまともにしていなかった。


「う、うわあああああああああ! 足が動かねえ!! なんだよお! そこに誰かいんのかよお!?」


「やめてくれえ! 怖いよお! ママああああああ!!」


 そんな風に取り乱し、ただひたすらにもがくだけだった。そして、もがけばもがく程体が動かなくなっていく恐怖になすすべもなくやられていく。


「チッ!!」


 周りの兵が役に立たないと判断し、自分で自分の足元を照らすイラム。すると、足が半分以上地面に埋まっている事を確認できた。


「これは・・・・・・黒魔術、『沼に住む怪物』か!!」


 黒魔術『沼に住む怪物』とは、指定範囲に沼を出現させそこに相手を引きずり込んで、化け物が食らうという恐ろしい魔法である。ただし、食われると言っても肉体をではなくある特定の感情食われる。


 特定の感情とは、その人間の負の感情である。負の感情が多ければ多いほど精神へのダメージは大きく、最悪死に至る場合もある。


「クソッ!!」


 浮遊魔法を使い、なんとか『沼に住む化け物』から脱出したイラムだったが、周囲に一つの明かりも見えない。第三騎士団に所属している者でストレスの溜まっていない者などいるはずもなく、負の感情はかなり多いはずだ。まともにくらえば心に致命傷を負う事は間違いないだろう。実質、全滅と言える状況だった。


 なんとか脱出したイラムも少しだけ食われたのか、精神が安定していなかった。とにかくこの場は撤退するしかない、と背後を振り返り明かりで照らすと――――そこには、十数匹の巨大な狼の様な魔獣がよだれをたらして待っていた。


「ひっ!!」


 浮遊魔法を操作し、最速で逃げるイラム。それを、追いつくか追いつかないかギリギリの速度で追ってくる魔獣達。まるで、わざとイラムを捕まえずに追い込もうとしてるかのように。


 本能が明るさを求めたのか、いつの間にかこの森で唯一日の当たる遺跡へと着いてしまったイラム。そこが、どんな場所なのかわかっていたはずなのに、だ。


 遺跡には情報通り何十体もの魔獣がおり、そしてそれを束ねている、あまり強くはなさそうな男の魔族が遺跡の一番上でふんぞり返っていた。


「なんだ、一人だけか。あの程度の罠でほぼ全滅とか。使えなさすぎか」


 魔族はフッと馬鹿にしたように鼻で笑い、囲め、という一言で魔獣達にイラムの周囲を囲わせて逃げられないようにする。


「なあ、一つ聞きたいことがある」


「き、ききき、聞きたい事、だと?」


 イラムは魔獣に囲まれ、かなりビビっている。イラムは戦闘能力にも自信はある。しかし、元々人を使う事に長けているイラムは自分での戦闘はしばらくしていない。そんなブランクのある状況でこの数の魔獣に一人で勝てるわけがなかった。


「勇者リオンの居場所だ。それさえ教えれば解放してやるよ」


 なぜ、いきなりそんな事を聞くのか、なぜ、それを自分に聞くのか、聞きたいことは大量にあったが、ここで逆に質問して気分を損ねれば殺されかねない、と考えたイラムは素直に質問に答える事にした。


「ゆ、勇者リオンの居場所・・・・・・? そ、そんなの知るか。我々も探している最中なのだから」


「あー? やっぱそうか。でも、あいつ見つけて帰んないと上から何言われるかわかんなしな・・・・・・あ、アンタは死んでいいよ」


「え?」


 そんな簡単な一言で、イラムの周囲の魔獣達が襲い掛かる。イラムが反応する事すらできない。そしてそのままイラムが八つ裂きにされる――――その数舜前、


 魔族の男に白い矢が突き刺さっていた。


「あ?」


 その白い矢の正体は『白羽の矢』。それは、相手に刺さりダメージを与える普通の矢とは違った。『白羽の矢』の特性は対象以外はすべてすり抜ける事、そして命中した対象は周囲にいる生物から徹底的に攻撃される魔法である。


 命中した魔族の男は、周りにいた魔獣に急に襲われ驚いた。しかし、魔法であっても魔族と魔獣の上下関係を覆すことはできない。例え、攻撃されても、命令には従うのだ。なので、魔族の男は――――


「止まれ!!」


 という命令を出した。その命令に忠実に従い動きを止める魔獣達。そして、その命令を聞いてイラムを襲おうとしていた魔獣も動きを止める。


 その間にフードを深くかぶって顔を隠した男が、イラムを囲っていた魔獣達を素手で吹き飛ばす。


「大丈夫か?」


 その男は顔も何もわからない。だが、その男はイラムにとって間違いなく勇者ヒーローだった。

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