第18話

 ダルソス国の東にある草原の真ん中。勇者リオンを待ち受ける為にサレトスとダルソス国騎士団が集まっていた。数は総勢百名といったところである。リオンを相手にするにはかなり少ないが、シーナを人質に取っているため数は必要ないのだ。シーナが奪還されるのを防ぐ為、こちらにはあまり騎士を回さず王城の地下牢獄の方へ人員を回している。


 相手が最強と呼ばれる勇者だろうが最早戦闘になる事すらないのだが、集まっているダルソス国騎士団の面々の表情は重かった――――国王サレトスを除いて、だが。


 サレトスだけはリオンを捕縛もしくは殺害することで得る事の出来る名誉、そして自分に対してナメた態度をとる他国の国王達を自分の足元に跪かせた時の事を想像し、下卑た笑みを浮かべていた。


 そんなサレトスを、周りの騎士達は軽蔑の眼差しで見つめていた。彼らは騎士だ。国王がどれだけクソ野郎だろうが国の為ならば自分が死ぬ覚悟はある。だが、国民ではないが自分達と友好な関係にある『獣人族()』の村人を誘拐する事が正しい事だとは思えなかった。


 サレトスのシーナを人質にしろという命令が、義憤に駆られての行動ならば賛同してついてくる者もいただろう。しかし、どう見ても私欲の為にしか見えないサレトスの行動に賛同している者は誰一人いなかった。


「それにしても遅いな・・・・・・」


「時間指定をしておりませんから。何時までにここに来いと指定しておけばその時刻までには到着していたでしょう」


 サレトスの隣に立っている整えられた口ひげを生やした中年の男、ダルソス国騎士団長ロベリスが横からそう進言すると、サレトスはギロッと睨んでからもう一度下卑た笑みへと戻る。


「そうだ。これから一分ごとにあの亜人の指の骨を一本ずつ折っていくぞ。そこまですればあいつは確実に素直に従うだろう?」


 サレトスのその最低の提案に、ロベリスはさらに表情を歪める。


「・・・・・・そういったやり方は、相手にその旨を伝えるからこそ意味があると思います。伝えずにその様な事をすれば勇者リオンの反感を買い、怒らせるだけでしょう」


「怒らせて何が悪い? 例え怒らせたとしても奴はこちらに手は出せんだろう」


「リオンが怒りに我を忘れて、人質の存在を無視して我々を攻撃してくるかもしれません。もし、そうなってしまえばここにいる我々の戦力では三分も耐えられないでしょう。当然、サレトス様の安全も保障できません」


 自分の安全が保障できない、と聞いた時だけサレトスの表情が変わる。それ以外は平然と聞いているのだが。


「・・・・・・まあ、仕方ない。お前がそれほど言うのならばやめておこう」


「それがよろしいかと」


「ただ待つだけと言うのも時間の無駄だが・・・・・・まあいい。あの勇者をどう殺すか考えておくとしよう」


「どう殺すか、ですか? ですがあの勇者は死なない事で有名――――」


 その時、ロベリスの耳に風切り音が届いた。ものすごい速度でこちらへ向かって来る物体がある。こんな速度を出せると言う事は、恐らく勇者リオンで間違いないだろう。問題は、どこからくるかだが――――


「上かっ!」


 ロベリスのその声に、騎士全員が反応して上空を向く。雲一つない青空、その中に小さな黒い点が見えた。それがだんだんと大きくなり、それが人だと分かる距離まで近づいた次の瞬間には、


 ――――轟音と共に勇者リオンの姿があった。


「悪いな、待たせたみたいで」


 相変わらずの存在感、圧倒的強者の雰囲気。ただ登場するだけで自分達では勝てないと思わせる世界最強、勇者リオンを目の前にしてダルソスの騎士団は完全に委縮してしまっていた。


 訓練を積んだ騎士ですらそうなっているのだ、サレトスなど先程までの強気はどこへやら、足をガクガクと震えさせていた。


「お、遅い! そ、それに、魔王の子はどうした! 貴様、こ、こちらに人質がいる事が分かっているのか!」


 口では強気な事を言っているが、声が震えてしまっているのでそれが虚勢でしかない事は見なくても分かる。


「あー、悪い悪い。あいつはちょっと連れて来れないんだわ。俺だけで勘弁してくれよ」


「そういうわけに行くか! すぐに連れて来い! さもないと人質を殺すぞ!」


 人質がいる以上、リオンはこちらに手を出せない。それを思い出し、少しづつ冷静になりつつあるサレトスを――――


「は?」


 ――――たった一文字でまたパニック状態に戻してしまった。その声が、視線が、首の傾きが、指の動きが、全てがサレトスと騎士団を威圧する。殺せるもんならやってみろ、その瞬間この場の全員を皆殺しにする、と。


「つ、強がったって無駄だ!! お前は人質がいる限りこちらに指一本も触れられないだろう!!」


「ああ。確かに触れられないな。でも、それはお前達も同じだろ? 俺がいる限りシーナには指一本触れられない。そんな事をしたら、お前らを皆殺しにするからな」


「うっ、だ、だが、なら、お前から力を奪えばいいだけだ! 聖剣をこちらに投げろ! 聖剣さえなければ、お前など怖くはない!!」


 勝ち誇っているサレトスに向かって、リオンはやれやれとため息をつきながら聖剣を投げつける。


 聖剣は、サレトスとその後ろにいる騎士達の顔を掠め、木の幹に刺さる。


「・・・・・・これでいいか?」


「ふ、ふざけるな! 私に当たったら人質は死ぬんだぞ!」


「俺はコントロールには自信があるんでな」


「ど、どこまでもふざけおって・・・・・・!! だが、もう強がりはそこまでだ! 貴様にはもう聖剣はない! 貴様はもうただの人間だろう!」


 この場において、勝ちを確信しているのは何も知らないサレトスだけだった。他の騎士達はうわあ、コイツあほだ・・・・・・という目でサレトスを見ている。


 ロベリスは小さくため息をついてから、小声でサレトスに耳打ちする。


「サレトス様。聖剣の力はそれを持っている者ではなくその所有者のみが使えます。つまり、手元になくとも聖剣の力は健在です」


「なんだと!?」


 こんな事は一度でも勇者について学べば知っていて当然な事なのだが、サレトスは勇者について全く知識が無かったので知らなかったのだ。


 その上、勇者は聖剣がどこにあろうが一声で手元に呼び寄せる事が出来る。つまり、聖剣を奪っても全く無駄なのだ。


「そ、それならば、あの娘を人質にしたまま貴様を城にもうすぐ到着するアシュレイ王の直属部隊へ引き渡すとしよう! それから人質を解放すれば何も問題ないはずだ!」


 実際、そんな事をしたら人質を取っていたことがアシュレイ王にバレて、サレトスの評価は最低だろうが、最早そんな事考えてすらいなかった。


「あの部隊か・・・・・・流石にそれは俺でもマズそうだけど、少し遅かったな」


「なに?」


「聞こえないのか?」


 その一言で全員が耳を澄まし、サレトス以外の全員がまた上を見る。


 先程と同じ風切り音。しかも、先程よりも速くこちらへ向かって飛んできている。


「世界最強よりも速いだと・・・・・・? 一体誰だというのだ?」


 ロベリスがそんな疑問を口にした瞬間、




 ――――その人物が、リオンと騎士団の間に着地した。










 




 時は数刻前まで戻る。


 シーナがシュミトの事を殺そうと手を伸ばす。しかし――――



 ――――ガシッ、とその腕を掴む者があった。


「・・・・・・その辺にしとけ」


 シーナの力でも全く動かす事の出来ない程力強いその人物は、ショウだった。


「何故・・・・・・あなたがここに?」


 死を覚悟していたシュミトは、自分の命が助かった事に喜んでいるようにも、残念がっているようにも見える。


「あ? 俺はこいつを助けに来たんだよ」


「助けに来たって・・・・・・そもそも何故シーナさんがここに収容されている事を知っているんですか? 誰にも、それこそギルドにすら知らせてないのに」


「だろうな。こんなことをするとギルドが知ってれば、ギルドが黙ってるわけねえからな」


「・・・・・・だから誰にも伝えなかったんですサレトス様は。それなのに、何故ですか?」


「こいつだよ」


 ショウが懐から取り出したのは1枚の手紙だった。


「なんですかその手紙は?」


「それ・・・・・・」


 その手紙に反応したのは、意外な事にシーナの方だった。


「何の手紙か分かるんですか?」


「・・・・・・はい。だってこの手紙は私が受け取った手紙ですから」


 そう、この手紙はショウが出して、シーナが受け取った手紙なのだ。内容はリオンの居場所を知っていたら教えて欲しいというもの。


 結局シーナはその手紙を無視していたはずなのだが、何故それがショウの手元にあるのかというと、


「この手紙は確かに俺が送った物だけどよ、リオンのやつが魔法で俺のところに返してきやがったんだよ。俺宛に手紙を書き加えてな」


 リオンがシーナの家から『帰巣本能(エピストロフィ)』で送った手紙、それがこの手紙だったのだ。手紙に書き加えた内容は、『シーナがダルソスの城の地下牢獄に捕らえられた。それを秘密裏に助けてやって欲しい。報酬は俺に会える事だ』である。


「俺としては別にお前らの事なんてどうでもいいんだけどよお、お前を助ければリオンに会えるってんなら全力で助けてやるよ」


「・・・・・・私を助けてリオンさんに会って、あなたはどうするつもりなんですか?」


「あ? ぶち殺すに決まってんだろ。あいつは俺を不意打ちで殺そうとしやがったんだからよ」


「そうですか・・・・・・なら、ここで貴方を殺し――――」


 ドスッ、とシーナの鳩尾にショウの拳がめり込む。


「うるせえ。黙って助けられとけよ」


 問答無用でシーナを気絶させたショウは、強引に牢屋の柵をこじ開けてシーナを担ぎ上げる。


「待って下さい。ここの入り口には護衛がいたはずだ。あなたは、どうやってここまで来たんですか? まさか、護衛を殺したんじゃ・・・・・・」


「殺してねーよ。俺は権限使って中に入っただけだ」


 権限とは、ギルドの団長、副団長、そしてS級の戦闘員であるショウにのみ与えられる調査権限の事である。


 ギルドは現在多くの国や村に魔獣や盗賊などから身を守る為の人員を貸し出している。その代わりに、ギルドの戦闘員にはある程度権限が与えられているのだ。調査権限や逮捕権限など色々あるが、先ほど言った三名にはもっと強力な権限が与えられている。その中に含まれているのが、あらゆる場所の調査権限だ。


 これは、ギルドの支部がある国の国王達による決定であり、例えサレトスであろうが拒否は出来ない。


 しかも、現在はサレトスは国内におらずシュミトも騎士団長もいない。上に判断を仰げない状況でそんな権限を持つショウが来て、中に入れてしまった護衛を責める事は誰にも出来ないだろう。


「まあ、俺について来た見張りの奴は殴り倒したけどな」


「・・・・・・被害がそれだけで済んで本当に良かったですよ。いつものあなたなら王城ごと吹き飛ばしてても驚きませんからね」


「あいつの手紙に秘密裏にって書いてあったからな。それが無けりゃあ間違いなくそうしてた」


「あの人ほどあなたの事を知ってる人はいないでしょうから。そうするのが分かってたんでしょうね」


「ああ。あいつは俺の事をよく知ってるよ・・・・・・俺は、あいつの事を何も知らなかったけどな」


 ショウはそこで少し、本当に少しだけ寂しそうな表情を浮かべた。喜怒哀楽の哀が抜け落ちているのでは、と言われているショウにはかなり珍しい事である。


 だが、ショウはすぐに鬼の様な表情に戻ると、


「だから、あいつをぶち殺して聞き出す!! 魔王のガキをなんで匿ってやがんのかをな!!」


「ぶち殺したら聞き出せませんが・・・・・・ちょっと待って下さい」


「ああ!? 二度も呼び止めてんじゃねえよ!! お前もぶち殺すぞ!?」


「別に、殺してくださっても構いませんが。でも、勇者リオンの居場所を知っているんですか? あの手紙には何も書いてありませんでしたが」


「あ? そんなもん・・・・・・知らねえな」


「でしょうね。それなら、一緒に連れて行って下さい。道案内しますから」


「お前、本当に知ってんだろうな?」


「ええ。もちろん」


「じゃ、どっちの方角だ?」


「方角? 東ですが・・・・・・」


 なんで方角なんて聞くんだ? とシュミトが疑問に思っていると、ガシッとショウに抱えあげられた。


「死ぬんじゃねえぞ」


 その言葉の意味をシュミトが理解する前に轟音が耳を刺激し、その目には青空が映っていた。


「――――ッ!?」


 たった今まで地下にいたはずだ。それなのに、気が付いたら城よりも高い上空を飛んでいるのだ。しかも、猛スピードで。


「おい!! どっちなのかちゃんと説明しろ!!」


 そんな質問に答える余裕などない。なんせ、いきなり酸素の薄い空に連れて来られ、しかも猛スピードで移動中なのだ。ただの人間のシュミトには喋るどころか呼吸する事すら困難である。


「ちっ、これだからただの人間は・・・・・・!」 


 仕方なく、急ブレーキをかけて地面へと着地するショウ。


「ぶはっ!! はあ、はあ・・・・・・」


 着陸してやっと呼吸出来るようになったシュミトは、ショウを睨みつける。


「・・・・・・そう言えばあなたは飛べるんでしたね」


 ショウの背中には蝙蝠の様な翼が生えていた。


 亜人には『獣人族()』の様な人と獣のハーフ以外にも色々な種族がいる。人と魚のハーフの『人魚族(マーメイド)』や、人と鳥のハーフの『鳥人(フォルス・エンジェ)』など様々な種族がいる。


 その中でも種族としては他とは別格と言われている種族『龍人族(ドラゴン)』、ショウはその一族だった。


「あなたは、その姿は嫌いだと聞いたんですが・・・・・・意外と簡単に出すんですね」


「うるせえ。別にいいだろ」


 『龍人族(ドラゴン)』が別格と言われる理由は、圧倒的な強さであるというのもあるが一番大きな理由はその血の濃さにある。


 亜人は他の種類の血が混じった人間である。『獣人族()』の『獣化』の様に獣になる事も出来るが、大幅に体力を消費する上にずっとその姿でいられるわけでもない。どれだけ獣に近い個体が生まれてこようが人間である事に変わりはない。


 しかし、『龍人族(ドラゴン)』だけは別だ。彼らは、人の血が混じった龍なのである。


 人になる事が出来る龍。それが『龍人族(ドラゴン)』なのだ。


 現在世界で確認されている『龍人族(ドラゴン)』は三体だけ。その中で勇者パーティーの一員であったショウだけが『人』として生きている。つまり、他の二人は人としての生活を捨てて『龍』として生活しているのだ。周囲から人としての扱いを受けられないという理由で。


 そして、ショウもリオンに勇者パーティーに誘われるまでは元々、龍として生活していた。


 その頃の事はリオン以外は誰も知らない。ショウが誰にも話さないからである。


 だから、何か話したくない事があったという事は誰にでも想像できた。あまり龍の姿になりたがらない理由もそこにあるという事も。


 元勇者パーティーでさえもショウにその事は触れないし、ショウも話さない。唯一、自分を『人間』にしてくれたリオン以外は仲間として実力は認めていても友人として心を許してはいなかったからだ。


「リオン・・・・・・!!」


 常に戦いの事しか頭に無いショウだが、今はいつも以上だった。唯一信頼していたリオンが自分を裏切った事に対する怒り、そしてリオンがリンを連れて逃げる際に瞬殺された時の屈辱、その二つが混ざり合って複雑な心情になっていた。


 だが、心情は複雑でも行動はシンプルだ。リオンを殺す――――それだけなのだから。


「やはり、勇者リオンは許せませんか?」


「許すとか、そんな次元じゃねえんだよ。あいつは殺す。それだけだ」


「・・・・・・その言葉を聞いて安心しました」


「あ?」


 シュミトのセリフに違和感を感じ、ショウが振り返ると意味ありげに笑うシュミトの姿があった。


「私としても――――いえ、世界中の人々からしても勇者リオン、そして魔王の子は殺さなければならない存在です。それが出来るのは元勇者パーティーの方々くらいでしょう。ですが、あなた方では元仲間ですから情がわいてしまうのではと危惧していたんです。ですが、杞憂だったようですね」


 挑発するようなシュミトの態度に、感情のおもむくまま行動しがちなショウはその挑発に――――


「・・・・・・ハッ。くだらない挑発だな」


 ――――乗らなかった。他人にナメられる事が嫌いないつものショウならば、半殺しにしていてもおかしくない場面だったのに、である。


「くだらないですか? 私はあなたが勇者リオンを殺せないのではと心配して――――」


「そういうのがくだらないって言ってんだよ。なんで無理に悪ぶってやがる。お前に悪は似合わねえよ」


「悪ぶってる? 何の事ですか? 第一、あなたを挑発して何の得があるというんです」


「俺はさっきの牢獄でのお前とシーナのやり取りを見てた。お前がわざと挑発してシーナの力を引き出そうとしてんのは分かったし、それで死んでもいいと思ってる事も分かった」


 ショウは、シュミトが牢獄に着いてすぐに牢獄内部へと入っていた。そして、シーナの牢獄の前に着くとシュミトがシーナと真剣そうな話をしていたので、それが終わるまで待とうとしていたのだ。意外とそういうところは気が使える男なのである。


「だから、なんだと言うんです。それが何か悪い事だと?」


「お前あいつに言ってたよなあ? 焦ってるんじゃないか、ってよ。でも、本当に焦ってんのは誰だ? お前じゃねえのか?」


「何を、言ってるんですか。焦ってなどいません」


「いいや。お前はそうやって俺を挑発して急がせてるんだよ。こいつが――――シーナが目を覚まさない内にリオンの元へ着かせようと焦ってる」


「・・・・・・シーナさんが目を覚まさない内に? そんな事になんの意味が?」


「お前にとって俺の登場はイレギュラーだった。シーナが脱獄してリオンの元へ着いたら、敵は騎士達だけだ。リオン相手じゃ戦闘にすらならねえ。シーナを連れてても簡単に逃げられるだろうな」


「・・・・・・」


「でも、俺相手ならいくらリオンでも戦闘になる。そうなったらなまじ実力のあるシーナはリオンに協力しようとするだろうなあ。そして、俺達の戦いに巻き込まれれば下手をすれば死ぬ。それを防ぐ為に急がせてたんだろ?」


「・・・・・・やれやれ、意外とバカではないんですね」


 シュミトは感心半分、諦め半分といった感じでため息を吐く。


「バカにしてんじゃねえ。俺は戦い以外には興味がねえだけだ」


「そうですか・・・・・・わかっていただけたなら私とシーナさんはここに置いて行って貰えませんか?」


「いいぜ・・・・・・と言いてえところだがそうもいかねえ。ちゃんとシーナを連れてかねえとリオンが安心して全力で戦えねえからな。だけど安心しろ。ちゃんとシーナはしばらくは起きねえように気絶させた」


「・・・・・・本当ですか?」


「信用しろよ。それより、こうしてる時間の方が無駄なんじゃねえか?」


「・・・・・・それもそうですね。ここから東にしばらく――――っと、あの速度ならここから三十秒程度ですね。そこに勇者リオンがいます」


「わかった。死ぬんじゃねえぞ?」


「少しなら平気だと思います」


 ショウはシュミトを抱えてもう一度上空へ飛び上がり、東を目指す。


 シュミトが言ってた通り、すぐにダルソスの騎士団達とそれに対峙する様に立っているリオンの姿が見えてきた。


「いやがったなあ・・・・・・!! リオン!!」


 ショウは嬉しそうに、さらに速度を上げて――――



 ――――ドォォォォォォン!! という轟音と共に地面へ墜落した。


「よお、久しぶりだな」


 少しだけ疎遠になっていた友人と会った時の様に、本当に、本当に何事も無かったかのような挨拶をしてくるリオンに対してショウは、


「やっと、やっと見つけたぜえええええええええええええ!! リオオオオオオオオオオオオオオオン!!」


 全力の叫び声で応じる。その声には純粋な怒りだけではなく――――少し、喜びも混じっているように思えた。


「ありがとな。シーナの事助けてくれたんだろ?」


「全部、てめえを殺す為にやった事だ。気にすんじゃねえよ」


 ショウは、まず抱えていたシュミトを地面に落とす。それから、起き上がろうとしているシュミトの上に乱雑に気絶しているシーナを投げつける。


「その女、ちゃんと逃がせよ」


「・・・・・・言われなくても逃がしますよ」


 シーナをお姫様抱っこしたシュミトは、そのままダルソスとは逆の方角、さらに東の方へと逃げていく。そっちには森があるだけだが、身を隠すには好都合だからである。


 そして、目まぐるしく変わる状況についていけない者がいた。サレトスである。


「シュミト・・・・・・? 何故、あいつがここに? それに、あの女は牢獄に閉じ込められていたはずではないのか? なんだ、何故こんな状況になっている?」


「サレトス様。状況はわかりませんがとにかくお逃げになった方がよろしいかと」


「逃げる・・・・・・逃げるだと!? あの勇者を捕まえるまでは逃げられるか!!」


 ロベリスが逃げる様に提言するが、聞く耳すら持たない。


「ダメです。あの『獣人族()』の少女に逃げられた時点でこちらに勝ち目はありません。それに、何故かあのショウまで来ております。あの二人の戦いに巻き込まれれば死は免れないでしょう。ここは逃げた方がよろしいかと」


「ふざけるな!! せっかく、せっかくのチャンスなんだぞ!! 見過ごすわけに――――」


 その時、ゾワリ、とサレトスの全身に嫌な感覚が走った。戦いを知らないサレトスですら感じられる程の濃厚な殺意。しかも、それは自分に向けられたものですらなく、ショウがリオンに向けているものだった。


 この場にいては間違いなく死ぬ。本能にそう呼び掛けてくる殺意が逆にサレトスに冷静さを取り戻させる。


 一番大事なのは自分の命だという、当たり前の事実を思い出させてくれたのだ。


「ぜ、全員撤退!! 私を守りながらダルソスまで撤退しろ!!」


 その号令を聞くが速いか、全力で撤退し始めるダルソスの騎士達。


 ものの数分でその場には睨みあうショウとリオンの二人だけになっていた。


「・・・・・・やっと静かになりやがった。殺ろうぜ、リオン」


「・・・・・・ああ。お前と戦う覚悟は出来てる。殺るぞ、ショウ」


 周囲に漂う殺気の中でなんとかその場に留まっていた一匹の鳥が、我慢の限界となり、飛び立つ。


 それが、合図となった。


 リオンとショウ。最高峰の実力を持つ二人の戦いが始まる。

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