第12話
ダルソス国王城地下牢獄。その最奥で手足を鎖で封じられた状態でシーナは檻の中に入れられていた。
その中で彼女は思い出す。リオンとリンと過ごした日々、リオンと出会った日の事、そしてもっと昔――――まだリオンとも出会っていなかった幼い頃の事を。
当時のシーナはまだ幼かったが『獣人族』の村の村長の娘として才能に溢れ、何不自由なくまっすぐに育っていた。
シーナは周りの同年代の子供達と、いや大人と比べても身体能力では群を抜いており戦闘センスもずば抜けていた。
「はっはっはっ、シーナは俺よりも強くなるかもしれないなあ」
「そうですねえ。あの子は固有スキルこそまだどんなのかわからないですけど、既に身体能力は凄いですからねえ」
現に、シーナの父親のトウマと母親のルーナの目の前で他の子供たちと鬼ごっこしているが、シーナが鬼になると五分もしないで全員捕まえ、逃げる側になるとなかなか捕まらないという他の子供からしたら厄介極まりない存在になっていた。
「固有スキル・・・・・・まだわからないのか?」
固有スキルは持っている者は生まれつき持っているが幼い頃はどんな力があるのか分からない子供も多く、それを覚醒させる為には時間をかけてじっくりと自分の内を見つめるか、もしくは――――
「まだわかりませんねえ。一度でも本気の戦いをすればわかるんでしょうけど中々そんな機会には巡り合いませんから」
――――命のかかった本気の戦闘。その時に覚醒する事も多いのだ。
「うーん、そうか。まあでも、女の子だしそんな危険な目には合わせたくないけどな。個人的にはもう少しおしとやかになってほしいぐらいだ」
「いいじゃないですか。本人の生きたいように生きてくれれば。もし固有スキルを知りたいと言われたら私達でなんとかしてあげましょう。女の子らしくしたいと言えばそれも私達でなんとかしてあげましょう」
「・・・・・・そうだな。シーナはシーナらしく生きてくれればいいか」
「そうですよ。それに、あの子はもう十分おしとやかじゃないですか」
シーナは母親の影響からか幼い頃から両親以外には敬語で話していた。その丁寧な態度と愛らしい見た目で初対面の相手からは大概好かれる。が、 木の幹を片手で掴んで投げる様な少女だとわかると全員引いていくのだ。
「あれはおしとやかとは言えない気がするけどね・・・・・・昔のお前にそっくりだよ」
「あらやだ。何か言いましたか?」
ベキベキボキッ!! と指を鳴らすルーナ。
「なんでもありません・・・・・・」
村で最強と言われているトウマも妻であるルーナにだけは頭が上がらないので、昔じゃなくて今もか、という言葉はぐっと飲みこむ。
「お父さん! お母さん!」
と、そこへ鬼ごっこをしていたシーナが二人の元へ駆け寄って――――いや、それは駆け寄ってくるなんて生易しいものではなかった。シーナはトウマへ向かって突撃してきている。
――――厳密にはトウマの鳩尾に向かって、突撃してくる。
「オブゥッ!? シ、シーナ? 元気なのは大変いい事だけど鳩尾に突撃してくるのはやめてくれないか?」
「駄目なの?」
「あら、いいじゃない。子供が元気で困る親なんていないわよ。ねえあなた?」
「い、いやそれはそうなんだが、毎回的確に鳩尾をやられると俺の体が――――」
「良かったわねシーナ。お父さんもいいって」
「うん! ありがとうお父さん!」
別に許したわけではないのだが・・・・・・と思ったトウマだったがシーナの笑顔が可愛いのでこれでいいかと思う事にした。
「ふふ、優しいお父さんでよかったわねえ」
「お父さん優しいから大好き! 私お父さんと結婚する!」
「お? おお、そうかそうか。お父さんと結婚――――」
「あらあら。それはダメよ? お父さんとは結婚できないの。それにシーナにはもっといい男の人が現れるわ」
「ちょっ、そんな子供に現実を教えなくてもいいじゃないか」
「ダメよこういう事はちゃんと教えておかないと」
「・・・・・・私、お父さんよりもっといい男の人と結婚できるかな?」
「ええ、もちろんよ。ねえ?」
「うっ、あ、ああ。もちろんだぞーシーナ」
トウマとしては娘の夢を壊したくはないがこんな幼い頃から結婚を意識されるのは嫌だし、そもそも俺よりいい男ってなんだよ、とか思ったりしなくもないのだがここでムキになったらあとからルーナに何をされるかわからないので素直に肯定しておいた。
「良かったあ。それなら安心だね!」
「それだけで安心しちゃだめよシーナ。結婚してからの事も考えないと」
「結婚してから?」
「お、おいおい、もうその辺でいいだろ。そんなに先の事まで教えてどうするんだ」
「ダメよ。こういう事は子供のころからちゃんと教えておかないと」
「ねえねえ、結婚してからはどうしたらいいの?」
シーナが無邪気な笑顔で聞いてくるのを止めるわけにもいかず、トウマはやれやれとため息をつきながら頭をかく。
「結婚したらね、女の人は相手の人に尽くさなきゃいけないのよ」
まあ、それは相手にもよるだろうけどな。結婚相手が『獣人族』なら良い妻の条件はそれになるが、他の種族ならそんな事もないだろうしそもそもそこは好みの領域だからなあ。と、考えながらも口には出さないトウマ。
一方シーナは、ルーナに言われた事がよくわからないのか首を傾げている。
「? 尽くすってどういう事?」
「そうねえ・・・・・・気配りが出来るって事かしらね。それと、家事全般が完璧っていうのも大事ね」
「気配り・・・・・・? うー、いまいちよくわかんない。他には? 他には何すればいいの?」
「他に? うーん・・・・・・他にって言うと夜にべッ――――」
「そうだシーナ!! 鬼ごっこはもういいのか!? みんなが待ってるんじゃないか!?」
ルーナが子供に話してはならない事を話そうとした寸前でトウマが大声で叫びそれを阻止する。
「わっ! ど、どうしたのお父さん。私はこれから約束があるから皆とは別れてきたけど・・・・・・」
急にハイテンションになった父にちょっと引くシーナ。そして、そんな二人を見ながら楽しそうに笑っているルーナがトウマを慌てさせるためにわざと言ったのは明らかなのだが、トウマはそれに気が付かない。
「そうかそうか! それじゃあ早く約束した人のところにいかないとな!」
「約束したのお母さんなんだけど・・・・・・」
「ルーナと? ど、どんな約束だ?」
「これから二人でお花畑に行くのよねー」
「ねー」
傍から見れば微笑ましい母と子という光景にしか見えないがトウマは危機感しか持っていなかった。今この二人を二人っきりにしたらさっきの事の続きを言ってしまう可能性がある、という危機感である。
「な、なあ、それお父さんも一緒に――――」
「ダメ! これはママと二人で行くの!」
食い気味に思いっきり否定されて少し落ち込むトウマ。だが、ここで引き下がるわけにはいかないともう一度聞きなおす。
「お、お父さんはついて行っちゃダメなのか?」
「ダメなの! 行こっ、お母さん!」
「ちょっ、待ってくれ!」
トウマが手を伸ばしてシーナを引き留めようとすると、その手をルーナに掴まれる。そして、次の瞬間――――
――――ルーナは、いきなりトウマにキスしていた。
「――――ッ!? んなっ・・・・・・! なにしてんだ!」
トウマは急いで唇を離し、シーナの方を確認する。幸いにもシーナはルーナの手を引っ張ってトウマとは反対の方向を見ていたのでキスの現場は見られていないようだ。
ルーナは悪戯っぽい笑みを浮かべて、
「ふふっ、今日の所はこれで我慢して。また今度一緒に行ってあげるから」
「おっ、おまっ、そういう事じゃ―――ー」
「それじゃあね、お父さん」
ルーナとシーナが行くのを、トウマはただただ見つめていた。そして、恥ずかしそうに両手で頭をガジガジと掻いてから、
「あーもう、それは反則だろ・・・・・・」
顔を真っ赤に染めたまま、一人呟いた。
一方、シーナとルーナは楽しそうに鼻歌を歌いながら村の南東にある花畑へ向かって森の中を進んでいた。
「お父さんにはちょっと可哀想だったかな? すごく嫌がっちゃったし」
「大丈夫よ。プレゼント渡したらお父さん絶対喜ぶわ」
シーナがトウマを拒絶したのには理由があった。実は、この花畑へ来た目的がトウマの誕生日プレゼントの花の冠を作る為だったのだ。
父親の為に花の冠というのはどうなんだろう・・・・・・と思うかもしれないが、シーナが自分で集めて自分で作った物をトウマが喜ばないはずがないというかむしろ喜びすぎて変なテンションにならないか心配になるくらいベストチョイスなのである。
「喜んでくれるかな?」
「もちろんよ。娘が作ってくれたプレゼントを喜ばないわけないでしょ」
「そうかな? そうだといいなあ・・・・・・あれ?」
シーナが何かに気が付いたかのように村とは反対の方角にある森の方を見る。
「どうしたのシーナ?」
「何か変な音が聞こえない? 何かを引きずってるみたいな・・・・・・」
「変な音? お母さんには何も聞こえないけど・・・・・・シーナは私よりも耳がいいから、森の動物が捕らえた獲物を引きずってる音でも聞いたんじゃないかしら?」
『獣人族』には様々な人間とは違う点があるが、五感もその一つである。あらゆる五感が人間を凌駕しており、シーナ達はその中でも嗅覚と聴覚が特に発達しているのだ。
「でも、それにしては大きい音だよ。それに、段々こっちへ向かって来て――――」
その時、ドンッッ!! と、ルーナの耳にも聞こえる程の音が響き、それと同時に大地が揺れた。
「なに――――」
シーナの耳にも当然その音は聞こえていたが、彼女の耳に届いていたのはその音だけではなかった。
空を飛び、自分達の方へ向かって落ちてきている巨大な何かが風を切る音。それが聞こえた瞬間、シーナはルーナの腕を掴み全力で後方へ跳躍する。
そして、先程まで二人が立っていた場所に、周囲の木々をなぎ倒しながら降り立ったのは巨大な――――大蛇だった。
しかも、どう見てもただの蛇ではない。体長はゆうに五十m程はあると思われ、胴回りの直径も十五mはあり、かなり高く跳んだのだろうと思われるのに鱗は着地しても一切の傷がついていない。この大蛇は間違いなく――――
「魔獣・・・・・・こんな大きなの、見た事ないよ」
シーナが魔獣に遭遇するのは初めてではない。だが、今まで出会った魔獣はせいぜい普通の熊と大して変わらない程度の大きさのものだけだった。これほどまでに巨大な魔獣など見た事どころか聞いた事すらないのだ。
「・・・・・・逃げなさい、シーナ」
シーナがあまりの恐怖に泣き出しそうになっていると、今まで黙っていたルーナが強い口調でそう言った。
「な、なに言ってるの? お母さんも一緒に逃げようよ」
「ダメよ。あれが村に向かったら大勢の被害が出るわ。私がここで食い止める」
「そ、それなら私も残るよ。お母さんだけ残すなんて出来ないよ!」
「・・・・・・私の言い方が悪かったわ。お母さんがここに残るから、あなたは村に戻ってお父さんを呼んできて」
「お父さん、を?」
「そうよ。お父さんなら絶対に助けてくれる。だから、お願い」
「で、でも、その間お母さんは一人だよ? こんな大きな魔獣相手に一人なんて、無茶だよ。し、死んじゃうよ・・・・・・」
ついに泣き出してしまったシーナの頭を、ルーナが優しく微笑みながら撫でる。
「大丈夫よ。私だってお父さん程じゃないけど強いんだから。死んだりなんかしないから、安心して?」
「ほ、本当・・・・・・?」
「本当よ。絶対に死んだりなんかしないから、村へ戻ってお父さんを連れて来て」
ルーナの笑顔を見て安心したのか、シーナは泣き止み、ぐっと唇を噛みしめると、
「・・・・・・うん! わかった! 急いで呼んでくるね!」
元気よく走り出して行ったシーナの後ろ姿を見つめながら、ルーナは心の中でシーナに謝る。死なないという嘘をついてしまった事を。
「・・・・・・これしかない、のよね」
ルーナは自分の選択に少しだけ後悔していた。もうこれでシーナとトウマには二度と会えない。それを思うと辛くて、涙が溢れそうだった。
本当は、一緒に逃げたかった。ここで生き残って三人で生きていきたかった。シーナの成長を二人で喜んで、シーナが結婚する時は怒り狂うトウマを宥めて、シーナが家を出てからは二人でのんびりと過ごして、孫が生まれたら溺愛しすぎてシーナに怒られたりなんかして、普通だけど何よりも幸せな日常を。
だが、それをしてしまったら他の誰かが死ぬ事になる事をルーナは知っていた。だからルーナはここに残り、少しでもこの大蛇を足止めする道を選んだのだ。例え、自分がそれで死ぬ事になろうとも。
こんなにも生きたいのに、自分が死ななければ他の誰かが死んでしまう。そんな状況下でルーナは諦めた様に一言だけ呟いた。
「なんで、私なんだろ・・・・・・」
彼女にしては珍しい弱気な言葉は、誰にも届く事は無かった。
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