勇者が魔王の娘を育てます
@nakazimaakira
第1話 勇者VS魔王
魔王城最上階『玉座の間』。
そこにある壮麗な玉座に座り、常人ならば立っている事すらできないであろう程の威圧感を出している存在。名をディグロムと言い、この城の主でもある魔王である。
そして、それに相対するのは背中に大きな剣を背負い、美しい銀色の鎧を胴体にだけつけているという中途半端な恰好をしている少年。名をリオンといい、何を隠そう彼こそが世界を魔王の手から救おうとしている勇者である。
「何故一人で来た勇者。他の仲間もいただろう」
魔王ディグロムは悠然とした態度のまま、荘厳な声で勇者へそう問いかける。仮にも固有スキル『勇者ヒーロー』を持ち、人間界では最強と言われる存在を前にして玉座の背後にかけてある自らの武器、『魔王の象徴』と呼ばれる大鎌すら手に取ることはない。
そんな圧倒的余裕を見せつけるディグロムに対し勇者リオンは、
「いや、お前が悪いんだぞ? 魔王城ならかなり強い魔物がいて、各階のボス的な奴を相手にする為にここは任せろ的な感じで一人、また一人と仲間が減ってここに来る頃には一人になってるだろうなという予想をしてたのに魔王城着いたら魔物一匹いないってなんだよ。俺の計画台無しだわ。おかげで、下の階に皆置いてくることになっちゃったよ。めちゃくちゃ文句言われたんだけどどうしてくれんの?」
と、結構長めにディグロムの采配にクレームをつけていた。しかも本当にかなりイラついているらしく、まだぶつぶつと、普通四天王ぐらいいるだろ、と愚痴を言っている。
さすがに、この予想外の反応にはディグロムも何かしら反応を示すかと思われたが、ディグロムは全く動揺していなかった。冷静に、リオンへ言葉を返す。
「それは一人で来た事の説明になっていない。お前が、一人で来た理由を説明しろと言っているのだ」
未だに何か言っていたリオンは、ディグロムの言葉で我に返る。
「え? ああ、一人で来た理由? それは俺が魔王ディグロム、お前とタイマンで戦いたかったからだ。純粋にどっちが強いのか、勝負してみたかった」
そう言い切った勇者は、ニヤリと先程までの表情とは打って変わって好戦的な笑みを浮かべた。それを見た魔王もまた、ニヤリと笑い、
「そうか・・・・・・では、始めようか。最強はどちらなのか、それを決める勝負を!」
ディグロムは開始の宣言をするやいなや、大鎌『魔王の象徴』を手に取り、片手でそれを横薙ぎに振るう仕草をする。
まだディグロムとリオンには五十m程の距離が開いている。その場で大鎌を振るっても当たるはずがないのだが――――
――――ディグロムが消えた、とリオンが気が付いた時には目の前にディグロムが迫っていた。
ディグロムが魔王として使える魔術の一つ『死の領域』。その魔術は視界の範囲内にある、生物以外の物を手を触れずに動かす事ができ、瞬時に移動させる事も出来る。まさに、視界の範囲内は魔王が相手を確実に殺す事の出来る領域である。
そして、今ディグロムがやったように自らの体も瞬時に移動させることも出来るというかなり強力な魔術である。
「ッッ!!」
ギリギリで反応し、剣を抜こうと背中に手を伸ばしたリオンだったが、間に合わないと判断し姿勢を低くし避ける。
何とか躱し切ったのも束の間、ディグロムは空いている左手をリオンにかざし、
「『黒い雷』」
と、魔族が好んで使う黒魔術の中でも最も簡単に扱え、無詠唱で使う事の出来る魔法をリオンへ向けて撃った。
掌から黒い雷を撃つという名前通りの簡単な魔法だが、魔王であるディグロムが使うとその威力は桁違いである。通常は当たると軽く痺れる程度で、その痺れている隙に詠唱魔法でとどめをさすのだが、ディグロムの撃った『黒い雷』は――――
―――――ボッ!! と、リオンの左半身をごっそり吹き飛ばすほどの威力を持っていた。固有スキル『勇者』の力で防御力もかなり上がっているリオンを、である。
「がああああああッッ!!」
リオンはあまりの痛みにその場で傷口を抑えながら叫びだした。左足も無くなり、その場に立っている事すらできずに倒れこむ。
この程度か、とディグロムが振り返った瞬間、ガシッッ!! とディグロムの頭が何者かの左手に掴まれていた。この場にいるのはディグロム以外には、勇者であるリオン一人だけ。だが、リオンの左手、いやそれどころか左半身ごと、たった今吹き飛ばしたところである。この手がリオンであるはずは無かった。
この戦いで初めて焦りを感じたディグロムはその腕を掴み返し、振り払おうとするが、その前に投げ捨てられて魔王城の壁に激突する。
そしてディグロム投げた本人、何故か五体満足、吹き飛ばされたはずの左半身も揃っているリオンは楽しそうに笑みを浮かべる。
「いやあ、マジで危なかったわ。まさか、『黒い雷』があそこまでの威力を持ってるなんて思ってもみなかった」
その姿を見たディグロムは愕然とするかと思いきや、ディグロムも小さく笑っている。
「高ランクの再生能力、それがお前の能力か?」
「まあ、それも俺の能力の一つだけどな。俺の固有スキルは名前の通り『勇者』だよ」
固有スキル勇者、その能力は単純明快である。その能力は、『聖剣』の持ち主となる、ただそれだけだ。
しかし、その聖剣は異常とも言える程の力を持っており、そして所有者に様々な能力を付与する。身体能力上昇、反応速度上昇、五感強化、防具の防御力強化、魔術威力強化、使用魔術数増加、速度アップ、剣速アップ、第六感、全魔法詠唱破棄、超特殊魔法『見えざる手』の使用可能・・・・・・等、様々な恩恵を受けるのだ。
そしてその中の一つが『超速再生』。どれだけの重傷であっても瞬時のうちに再生する能力である。
「『勇者』がそのままスキル名とはな・・・・・・だが、再生能力に依存していると痛い目をみるぞ?」
「あ?」
突如、リオンの左腕から黒い炎が上がる。正確に言うと、先程ディグロムに掴まれたところが燃えていた。しかも、どんどん炎が燃え広がっていき左手の指先まで燃えているのに再生し始めない。
「なっ・・・・・・!?」
「『地獄の業火』。不死性を持つ相手に有効な黒魔術だ。本来、長い詠唱が必要となるが――――」
ディグロムが右手を開いて掌を見せると、そこに小さいが細かい部分までしっかりと描かれた魔法陣があった。
「この通り、魔法陣を事前に準備しておけば詠唱無しで発動できる。ただし、魔法陣に直接触れさせなければいけない上に、威力は下がるがな」
『地獄の業火』の場合は、威力というよりも効果範囲が狭くなってしまう。本来であれば全身を燃やし尽くす程の炎が上がるのだが、この炎は左腕を燃やし尽くす程の効果しかなかった。
だがリオンがそんなことを知っているわけもなく、かなり焦っていた。
「チッ――――!!」
リオンは『聖剣』を抜き、左腕を肩から切り落とす。だが、『聖剣』には切り口の再生を封じる効果もついている。『超速再生』ならば完全に封印される事はないが、再生能力がかなり制限され、完全再生までかなりの時間がかかる。
炎が全身に広がると考えていたリオンにとっては、苦肉の策だった。
左腕を無くし、再生もかなり遅いので血も溢れるほど出ている。だが、それでもリオンは笑っていた。
「ハッ、ハハハハハッッッ!!」
これまで、リオンに傷をつけた存在など数えるほどしかいなかった。再生すらさせなかったのは魔王が初めてである。
自身を殺せる可能性を秘めた数少ない存在。それを目の前にしてリオンは歓喜に震えていた。今までの、死のリスクのないただ相手を叩きのめす作業や不良同士の殴り合いの様な楽しくもどこか物足りない戦いとは違う。命のかかった本当の殺し合い。それが、とてつもなく――――
「楽しい、楽しいぞ魔王!! やっぱり一人で来て正解だった!! 『形態変化』!」
『聖剣』の形が、一撃は強力だが重量のある大剣から軽量で扱いやすい片手剣へと変化する。
そして、音すら置き去りにする速度でディグロムへ接近し、首を切り落とそうとする。
「甘いな」
だが、ディグロムも簡単にやられるわけがない。『死の領域』で瞬時にリオンから距離を取り、『地獄の業火』の詠唱を始める。これさえ当たれば一撃で片が付く。もちろん、そんな事を簡単にさせるリオンではないが。
ディグロムが詠唱を始めた瞬間、リオンは地面に手をついて魔法を発動する。リオンは黒魔術こそ使えないものの『聖剣』の効果により、普通の魔術なら全て詠唱無しで発動することが出来るのだ。
「『空間爆殺』!」
『空間爆殺』。自身が指定した範囲内を爆風が荒れ狂い、範囲内の物、人、全てを破壊する魔術というかなり強力な魔術であり、さらに『聖剣』による魔術威力強化の効果はあるが、魔王ディグロムを殺しきるには威力不足感は否めなかった。
それをリオンも分かっているのか、魔法に巻き込まれないタイミングを見計らい、爆炎に紛れてディグロムに接近し攻撃を仕掛ける。
「終わりだ」
だが、ディグロムはそれを読んでいた。最初こそ『地獄の業火』の詠唱をしていたが、途中で切り替え『地獄の業火』ではなく『音響精査』の詠唱をしていた。周囲の状況が目で見ずとも完璧に分かる魔法を使い、爆炎に紛れて背後から近づいて来たリオンの顔面を掴む。
ディグロムの右手には『地獄の業火』の魔法陣が刻まれている。その右手で顔を掴まれれば当然――――
――――ボッ!! とリオンの頭部から再生不可能の黒い炎が上がる。
普通の攻撃ならば頭が吹き飛ばされようが全身を細切れにされようが『超速再生』ならばすぐに再生できる。だが、『超速再生』があろうが脳を『地獄の業火』で焼かれれば復活は不可能である。先程の様に燃えている部分を切り落とすことも出来ない。
「・・・・・・これで、俺の勝ちだな」
勝負に勝ったはずの魔王が何故か悲しそうにそう呟いた。その悲しみの理由はなんなのか、それは今のところ誰にもわからない。
そして、それは永久に誰にもわからなくなってしまうのかもしれない。何故なら――――
ドスッ、とディグロムの腹部を『聖剣』が貫通していたからだ。
「なん・・・・・・」
ディグロムは何が起こったのか全く理解できていなかった。『聖剣』を使っていたリオンはたった今殺したはずだ。リオンの死体は目の前にあり、『聖剣』もそこにある。さらに、『音響精査』の効果で背後を確認するが誰もいないし何も感じない。
しかし、背中から刺さっているのは間違いなく『聖剣』である。その証拠に、ディグロムも再生能力は多少持っているが、全く再生できない。どんどん血が流れていき、ディグロムの意識が遠くなっていく。
力を振り絞って、振り向き自分の目で確認すると――――そこにはリオンが立っていた。
「どうなってる・・・・・・何故生きているんだお前が」
「悪いな。『聖剣』の力には分身を作る力もあるんだ。それと、探知魔法に引っかからない能力もな」
「なるほどな・・・・・・死んだのは分身で、お前は『音響精査』の効果から逃れつつ、爆炎に紛れて隠れてたという事か」
「そういう事だ。こんな勝ち方は俺の好みじゃないんだけどな・・・・・・調子乗ってたらマジで死にそうだし。ここで死んだら仲間に怒られるから、死ぬわけにはいかないんだ」
「そう、か。・・・・・・最後に一つ頼みがあるんだが、いいか?」
ディグロムはだんだんと呼吸が弱くなっていく。『聖剣』に貫かれた部分からは血液だけでなく魔族にとっての生命線である魔力も一緒に流れ出しているため、消耗はかなり早い。喋るのもかなりキツくなっているが、それでも敵であるリオンに頼みたい事があった。
「敵のお前の頼みを聞けって言うのか?」
「ああ。頼む・・・・・・いや、俺が死ねばお前は嫌でもその頼みに応えてくれるだろう」
「? どういう事だ」
「そのままの、意味・・・・・・だ。俺の頼みは、俺の子供を守って欲しい、という、頼みだからな・・・・・・」
「お前に・・・・・・子供!?」
勇者リオンが魔王ディグロムを討伐する理由となったのが、魔王が人間界を制覇するために魔族や魔獣を魔界から呼び出しており、その呼び出す力は魔王にしかないとされ、魔王を倒せば魔獣や魔族がいなくなると思われていたからだ。
だからこそリオンは勇者となり魔王を討伐する事を決めた。
しかし、もし魔王に子供がいて同じ力を持っているとしたらその子供がいる限り魔族や魔獣が人間界を襲い続ける。リオンがやった事が無駄になるのだ。そんな存在がいるのならばすぐさま殺さなければならない。
「ああ・・・・・・悪いが頼むぞ」
「何言ってる? 俺が守るわけがないだろ。俺は勇者でお前は魔王だ。確かにお前との戦いは楽しかったよ。だけど、勇者である以上俺はお前もその子供も倒さなきゃいけない」
「それでも・・・・・・いや・・・・・・勇者だからこそ・・・・・・お前は俺の子を守らざるを得ない」
「・・・・・・本当に、何言ってる?」
リオンには全く理解できない。何故自分が魔王の子を守らなければならないのか? 理解できない――――だがディグロムが死の間際にわざわざ自分の子供の存在を教え、自分の子供を命の危機にさらすような真似をしてまでそんな嘘をつく理由が思いつかない。
「今は・・・・・・理解・・・・・・出来ないだろう、な。だけど、すぐに、わかる・・・・・・頼んだ、ぞ・・・・・・それ、と、このペンダントを・・・・・・あの子・・・・・・に、渡し・・・・・・て・・・・・・」
そう言い残して、魔王ディグロムは永遠の眠りについた。
最後まで敵であるはずの勇者リオンに子を頼み、懐から大事にしていたのであろう、年季の入ったペンダントを取り出して死んでしまった。とうとう彼の口からは何も語られず、彼の心中は誰にもわからないまま――――となるはずだった。
魔王ディグロムが死亡し、そこから少しの間、勇者が何をしていたのかは勇者以外誰にもわからない。だが、たったの五分程度であるがその五分間に何かが起き、先程まで全く理解できなかったディグロムの心中をリオンが理解できたのは確かだろう。
何故なら、リオンはディグロムの死体を見て、そしてその手に握られたペンダントを見て――――
「・・・・・・めんどくさい事押し付けやがって」
――――魔王ディグロムの手からペンダントを受け取り、人類の敵であるはずの魔王の子を守る為に立ち上がったからである。
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