第16話

「・・・・・・私の父が立派? あなたも臆病者だと言っていたでしょう。それに、会った事すらないあなたに何が分かるんですか」


「会ってなくてもお前の話を聞いてれば分かる。お前が臆病者だと馬鹿にするその父親がどれだけ立派で、お前がどれだけ愚かなのかなんてな」


 リオンのその挑発に、シーナの表情がだんだんと修羅の顔に近くなっていく。


「・・・・・・いい加減にしてください。ただでさえあのカスを逃がして、気が立っているんです。これ以上怒らせないでくださ――――」


「いいからかかってこいって言ってるんだよ。わからせてやるから。それとも、俺の発言を認めるのか?」


 その一言で完全に堪忍袋の緒が切れたシーナが瞬時に『獣化』し、リオンの顔面を掴んで思いっきり床に叩きつける。


 頭部が粉々になってしまったリオンだったが最早それが普通、むしろこの程度で済んでラッキーと言わんばかりに軽々と再生し、立ち上がる。


「やれやれ、いきなりだな・・・・・・どうせ昔から短気だったんだろ?」


「かかってこいと言うからやったまでです。あいつを逃がしてしまったこのイライラは全てあなたにぶつけさせて頂きますよ」


「ああ。全然構わない。『形態変化』」


 今まで、最小化させて鎧の内側に仕込んでいた『聖剣』がリオンの右手に現れ、円形の盾へと形を変える。


「・・・・・・それが『聖剣』ですか。例え伝説の武器だったとしても、その程度の盾で私の攻撃を防げるとでも?」


「いいや? というかどうせ再生するんだから防ぐ必要もないんだけどな。念の為って奴だよ」


「そうです――――かッ!!」


 シーナの全力の一撃。それをリオンが『聖剣』の盾で受けるが――――バギンッッ!! と、盾は真ん中から真っ二つに折られ、リオンの体が大きく吹き飛ぶ。


 そして、シーナはそれだけに止まらず吹き飛ばされているリオンの背後に回り込んで首を掴み、空へとブン投げてから全力の正拳で地面へ叩き落とし、その上に着地する。


 肉は裂かれ、骨は砕け、五体の全てがボロボロになるほどの連続攻撃を受け、流石のリオンも――――などという事はなくケロッと立ち上がる。


「おーいてえ。今の技は流石に痛かったぞ」


 攻撃を受けた側のリオンがこの余裕なのに対し、シーナは――――


「はっ、はっ・・・・・・あ、あなたは、本当に人間ですか・・・・・・?」


 ――――全く攻撃を受けていないのに既に満身創痍だった。息は乱れ、体が『完全掌握』と『獣化』の重ね掛けについていけずに悲鳴を上げている。


 さっきのカースとの戦闘で既にかなりの負担はかかっていたのだ。復讐と言う激情のせいで気が付かなかっただけで。


「・・・・・・どうする? この辺でやめておくか?」


「ふざけ・・・・・・ないで、下さい。私はまだやれます」


「じゃあやってみろよ。どうせもうまともに体を動かす事すら出来ないだろうけどな」


「ナメないで、下さい!!」


 叫び声と同時にリオンに接近し、心臓に爪を突き立てるシーナ。スピードこそまだ全力を維持しているが、最早リオンを吹き飛ばす力は残っていなかった。


「どうした? その程度じゃ俺は殺せないぞ」


「わかって――――ます!!」


 今度は地面にリオンを押し倒し、顔をズタズタに引き裂く。再生したら今度はボコボコニ殴り、また再生したらグチャグチャになるまで握り潰す――――が、その程度でリオンが死ぬわけがなかった。


 リオンとシーナの戦いの相性は最悪と言っても過言ではない程リオンの圧倒的有利だった。短期決戦に全てを賭けるシーナと、いくら殺されても死なないリオン。最初から勝負は決まっていたのだ。


「どうした? その程度じゃ俺は殺せないぞ」


 さっきと全く同じセリフ。だが、シーナにはそれに言い返す気力も残っていなかった――――いや、正確にはそれに言い返す気力すらも無駄にせずに、リオンに最後の一撃を放とうとしていた。


「これで、確実に殺します!!」


「最後の一撃ってとこか。それじゃあ――――『拘束』」


 リオンのその一言で、シーナの足元の地面の中から先程折られた『聖剣』の半分がまるで縄の様にシーナの体に巻き付き、シーナの身動きを封じる。


「・・・・・・は?」


 シーナは何が起きたのかすらわからず、肩から足の先まで拘束されてしまう。


「どうだ? 『聖剣』って言うのはこういう使い方も出来るんだ」


「・・・・・・それが、なんですか。この程度の拘束、すぐに破ってみせます」


「無理だな。今のお前にはその程度の力すら残ってないよ」


「ぐっ、なめ、る、なああああああああああああああああああ―――――!!」


 シーナが拘束を解くために全身に力を込める。最後の一撃の為に取っておいた全ての力まで使って『聖剣』を破壊しようとし、そして――――


――――『聖剣』にヒビが入ったところで、プツンッ、と糸が切れたかのように地面に倒れてしまった。


 リオンは、そんなシーナを見下ろしながら、


「・・・・・・それがお前の限界だ。『獣人族』の『獣化』は確かに強力だが使用できる時間が短い上に使った後は動けなくなる。それに肉体を限界まで酷使する固有スキルも使ってるだろ。瞬間的には無敵に近い身体能力になっても、そんなのすぐに動けなくなって当然だ。自分の実力も把握できてないくせに調子に乗るな」


 と、辛辣な言葉を投げかける。すると、まだかろうじて意識があったシーナは悔しそうに唇を噛みしめてから口を開く。


「ま・・・・・・まだ、やれます。私は、父の事を、認めるわけにはいかないから・・・・・・母の敵を前にして逃げる様な、あんな父を・・・・・・」


「あんな父、ねえ・・・・・・なあ、その時お前はどうだったんだ? どうせ、こういう風に動けなくなってたんだろ?」


「・・・・・・そうですよ。だからなんです? それだから、私が情けない、と言いたいんですか? そんな事は、自分で一番わかって、ます」


「それは確かにそうだが、別にそういう事を言いたかったわけじゃない。お前の父親がなんで逃げたのか、それを理解しろって言ってるんだ」


「理解・・・・・・? 出来るわけ、ないでしょう。自分の、妻を殺した相手が、目の前にいて臆病風に吹かれて、逃げ出す、父親なんて・・・・・・」


「確かに臆病は臆病だったのかもな。怖くてしょうがなかったんだろう――――お前が死ぬ事がな」


「・・・・・・私が? 何を言ってるんですか?」


 シーナのその反応を見て、マジでわかってなかったのかよ・・・・・・とため息を吐くリオン。


「お前の父親はお前が死ぬ事が怖くてしょうがなかったんだよ。自分の妻が殺されて復讐を考えない奴なんているわけがない。それでも、自分の妻が最後に守った娘を殺される事が復讐よりも何よりも怖かった。そういう事だろ」


「私が、死ぬ事が怖かった・・・・・・? そんなの、あなたの妄想でしょう。あの人が、そんな事を考えていたか、どうかなんて分からない」


「確かに俺はお前の話を聞いただけだ。でも、そろそろ来るぞ」


「? 何が――――」


 その時、草むらから飛び出した白銀の毛色をした狼がリオンの腕にいきなり噛みついた。


「ッッ!! 痛いじゃねえか!!」


 リオンもそれに負けじと噛みつかれた腕ごと狼を木の幹に叩きつけ、そのまま腕でその狼を押さえつける。


「・・・・・・獣、なるほど。『獣化』か」


 リオンのその一言で、その狼――――トウマは『獣化』を解いて人型へと戻る。その額には大粒の汗が浮き出ており、息も乱れている。どれだけ全力でここまで来たのかはそれを見るだけでもわかった。


 北から襲撃してきた魔獣を『獣化』を使って退治し、ここまで全速力で駆け付けたのだ。トウマにはもうすでにほとんど体力は残されていなかった。


 だが、それでも尚リオンを殺意のこもった視線で睨みつけ、押さえつけているリオンの腕を握り潰さんばかりの力を込めている。


「お前、シーナに何しやがった・・・・・・!! あの子に手を出したら俺があの世の果てまででも追いかけて絶対に八つ裂きにしてやるからな・・・・・・!!」


「・・・・・・おいおい、言ってくれるな。それなら――――」


 ガッ!! と、押さえつけていた腕とは反対の手でトウマの首根っこを掴んで持ち上げるリオン。


「八つ裂きに、してみろよ」


 徐々に首を掴む腕に力を込めていくリオン。その迫力はまるで、本当の魔族の如きオーラが見える程だった。


 トウマにとっては自分よりも圧倒的強者が相手で、体力もほとんど残っておらず絶望的な状況である。だけど、このまま殺されてやるわけにも、逃げるわけにもいかなかった。


 シーナを置いていく、それだけはありえないからだ。


「死んで、たまる、かッッ!!」


 意識が朦朧としてきた始めた時、爪だけを『獣化』させてリオンの目を抉るトウマ。


「ガッ!! クソッ!!」


 すぐに再生するが、反射的に目を押さえてしまうリオン。トウマはその隙を見逃さずにリオンの脇をすり抜けてシーナの元へと駆け寄る。


「待ってろシーナ! こんな物すぐにぶっ壊してやるからな!」


「お父さん・・・・・・」


 シーナはリオンとトウマのやりとりを見て、リオンの言っていた事が正しかった事を理解していた。


 現在最も世界最強に近いと言われている勇者リオン。その圧倒的強者を前にし、殺されかけて、それでも尚シーナの事を心配しているトウマが、カース程度の相手に怯えて逃げるなどありえないからだ。


 あの日も、自分は身動きが取れなかった。だからお母さんを殺されて誰よりもつらいはずのお父さんは、その怒りを我慢して私を助ける為に逃げるっていう選択肢をとったんだ――――


「ごめん、なさい・・・・・・」


 ――――シーナは、気が付いたらそんな言葉が口から出て、涙が溢れて止まらなくなっていた。


「シュ、シーナ・・・・・・? ど、どうしたんだ、いきなり・・・・・・?」


 『聖剣』の拘束を解いたトウマは、突然泣き謝り出したシーナにどうしていいのかわからずオロオロと慌てふためくしかなかった。


「ごめんなさい・・・・・・私、何も分かってなかった。お父さんがあの日、私を助ける為に逃げたって事も、お父さんがどれだけ辛かったのかも・・・・・・何も分からないで、ただただお父さんを責めてた・・・・・・」


「シーナ・・・・・・」


「ごめんなさい・・・・・・本当に、ごめんなさい・・・・・・」


「シーナっ!」


 謝り続けるシーナを抱きしめるトウマ。その声も少し、涙声だった。


「どうしたの、お父さん・・・・・・?」


「謝らないでくれシーナ。俺は、お前が幸せになってくれればそれでいいんだ。それなのに、俺はルーナが死んでからお前に何もしてやれなかった」


「そんな、だってそれは、私がお父さんを拒絶してたからで――――」


「違うんだ。俺はただ怖かっただけなんだ。ルーナが死んで、シーナまで俺から離れたらどうしようって。お前に何を言っても俺から離れてしまう気がして、何もできなかったんだ――――本当にすまんっ!」


「お父さん・・・・・・」


「だけど、今度はちゃんと伝える。俺の――――いや、俺達の意志を」


 トウマはシーナの両肩を力強く掴み、まっすぐにその目を見つめる。


「ルーナが死んで・・・・・・辛いと思う。だけどルーナは誰よりもシーナの幸せを願ってた。だから、頼む。ルーナの為にも、復讐なんて忘れて――――幸せになって欲しい。それが俺達の何よりの願いだ」


「お母さんの為に・・・・・・?」


「ああ。復讐を忘れろなんて、難しいかもしれない。俺も、未だに忘れる事は出来てない。だけど、ルーナは絶対にそんな事望まない。そんな事するくらいなら男を落とす為のテクニックの一つでも身につけろって怒るだろ」


「・・・・・・ふふっ、そうだね。お母さんだったらそうやって言うと思う」


「だろ? それで、多分俺を叱るんだ。いつまでもうじうじ悩んでるならシーナが彼氏を連れてきた時の事でも考えて今の内に覚悟決めておいて下さいってな」


「あははっ、本当だ・・・・・・お母さんだったら、そう言ってくれるね。わかってたはずなのに、なんで私は復讐の事しか考えられなかったんだろ」


 あの日以来、初めて純粋な楽しさから出た笑顔。それを見て、トウマも安心したように笑みを浮かべる。


「俺も同じだよ。ルーナだったらお前になんて声を掛けるのか、いくら考えても分からなかったのに今になってすんなりと出てきたんだ・・・・・・やっぱり、シーナとちゃんと向き合って話をしたから分かったのかもな」


「そっか・・・・・・あ、そうだ」


 シーナは何かを思い出したように自分の周りの荒れ果てている植物から比較的綺麗な物を選んで摘み、それを編み始める。


「なんだそれ?」


「ん・・・・・・出来た。はいこれ、お父さんにあげる」


 シーナが作っていたのは十年前のあの日、トウマに渡すはずだった植物で出来た冠だった。


「遅くなっちゃったけど・・・・・・誕生日、おめでとう。お父さん」


「・・・・・・ああ、ありがとう。一生、大事にするよ」


 十年越しのプレゼント。それを渡すその場には、間違いなくシーナとトウマしかいない。


 だが、二人共そこにルーナがいる様に感じていた。いるわけない。だけど、そこにいて自分達の事見守ってくれている、そんな感覚が。


「・・・・・・あれ、そういえば、あの勇者さんは?」


「勇者? 誰が?」


「さっきのあのお父さんを殺そうとしてた人」


「はあ!? あいつ、勇者だったのか!? あんな野郎が勇者だなんて、世も末だな・・・・・・」


「まあ、お父さんから見ればそうかもね・・・・・・どこに行ったんだろ?」


 リオンが消えてしまった事を気にしながらも、二人はお互いに支え合いながら『獣人族』の村へと戻って行った。


 さて、その頃の勇者はというと、


「勇者の俺が悪役を演じるなんて・・・・・・めったにないんだから感謝しろよ」


 と、そんな独り言を呟きながら『獣人族』の村とは反対方向へ歩いて向かっていた。








 これで、シーナとリオンの出会いは終わりである。この後、勇者パーティーが『獣人族』の村を助けたりする時にまたリオンとシーナの物語があるのだが、それはまた別の機会に

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