第6話 第二部 もう一通の手紙

手紙さんはずっとねむっているようでしたがニャーモさんの声は聞こえていました。ニャーモさんは、朝は「おはよう。」夜は「おやすみ」と必ず手紙さんに声をかけました。宮子さんから手紙が届くとそれを読んでくれました。そしてたくさんの歌を歌ってくれました。それらは手紙さんには心地よい子守歌のように聞こえました。

 手紙さんはずっとニャーモさんを見ていました。長い暗い冬はニャーモさんは元気がありませんでした。家の中で編み物をしたり本を読んだり、絵を描こうとしてもいい案が浮かばないようでやめてしまいます。そして窓から薄暗い外を眺めてため息をつくのです。


 手紙さんはずっと考えていました。この親切な人に何かお返しができることがあるのではないかと。寒くて暗い冬、思うように外にも出かけられない冬。大好きなモーターサイクルに乗ることもできない冬。そんな冬にニャーモさんに元気になって欲しい。明るい気持ちになって欲しい。手紙さんが望むことはそれだけでした。

 ニャーモさんは今までもずっと同じ冬を過ごしてきたのでしょう、慣れているのかもしれません。けれど今は『私』が居ます。だとしたらニャーモさんに今までと違った冬を過ごして欲しい。手紙さんはそうかんがえていました。


白い夜の夏がやってくるとニャーモさんはとても元気になりました。モーターサイクルを納屋から出して、100km、200kmとそんなに長い距離ではありませんがツーリングを楽しんでいました。

 ある日ニャーモさんがツーリングから帰ってきてうたた寝をしているときに、自分を呼ぶ声が聞こえたように思いました。半分眠りながら

「夢・・・だよね・・・手紙さんの声みたいだった・・・」

そう思いながらまた眠りの中に入っていこうとしたときです。今度ははっきりと聞こえてニャーモさんは飛び起きました。

「ニャーモさん。」

黙ってしまった手紙さんが確かに呼んだのです。

「て、手紙さん!目を覚ましたの?また私とお話をしてくれるの?」

「ずっとニャーモさんの声を聞いていましたよ。いっぱい歌も歌ってくれてありがとう。あのね、お願いがあるの。」

ニャーモさんは手紙さんがよみがえってくれたことがとても嬉しかったのです。

「お願い??うん、なんでも手紙さんの望み、叶えてあげるわ。なぁに?言って。」

「手紙を書いて欲しいの。」

「誰に?宮子さんとはずっと手紙のやりとりはしているわよ。」

手紙さんはそれは知っているわと言いながら、ニャーモさんに英語の手紙を書いて欲しいと言いました。内容は簡単でした。

 『私はフィンランドに住んでいるニャーモと言う女性です。メールボトルを海に流します。このボトルを拾ってくれた方、どうか私にお返事をください。』

そしてニャーモさんの住所を書くのです。


ニャーモさんは手紙さんの考えていることがわかりませんでした。それぐらいの英語の手紙を書くのはとても簡単なことです。でも、今度は私がメールボトルを海に流すの?


「ニャーモさん、あなたが書いた手紙は私の分身、『私』なの。それをあのボトルさんに入れて、宮子さんがしたようにあなたが海へ流してください。『私』は新しい旅をします。」

「ここにいるのが嫌なの?」

「ううん、そうじゃないの。分身の『私』が旅をして冒険をして、それをニャーモさんに全部お話してあげたいの。まだまだ知らない世界があると思うの。ニャーモさんが私をラップランドまで連れて行ってくれて、北の寒い所の人たちの暮らしや自然のこといっぱい教えてくれたでしょ。今度は『私』がニャーモさんの知らない世界の事を教えてあげたいの。」


ニャーモさんは手紙さんの考えていることがわかりました。この子は私を喜ばせたいのだと。

「手紙さんは一緒に行くの?」

「ううん、私はここでニャーモさんと一緒に待っているの。ボトルさんは必ずどこかにたどり着いてくれるし、『私』は拾ってくれる人に出会って沢山のお話を聞ける。」


ニャーモさんはにっこり笑って、それまでお花を差していたボトルさんをもう一度綺麗にあらって、丁寧に乾かしました。



「分かっているわね。私がしたいこと全部あなたに託したわよ。ニャーモさんこの子をよろしく。私はまた眠りにつきます。」

 手紙さんは分身の『手紙』に言い含めて、ニャーモさんに託してもう黙ってしまいました。

 ニャーモさんは新しい手紙さんに話しかけました。どこへ行きたいのかしらと。

 手紙さんはちゃんとお話ができました。

「南の方に行きたいの。北極海はもう十分。あの恐怖のような寒さはもう味わいたくないの。ボトルさんだって同じ気持ちよ。」

 ニャーモさんはその言葉を聞いて、ああ本当にこの子は手紙さんの記憶、思いの全部受け継いでいるのだと、納得しました。

 ニャーモさんと手紙さんは話をして、どこからメールボトルを流したらいいかを考えました。

「私の拾ったところではまた湾内をぐるぐる回って、フィンランドに戻ってくるかもしれない。それではダメね。」

 そう言って地図を取り出して海流を調べだしました。南に向かう海流のところ。どこまで行けばいいかしら?そう、ここだわ。ここ。行く処が決まったようです。

 それからニャーモさんはせわしなく旅の準備をしました。モーターサイクルの手入れをして荷物を載せて、ボトルさんに手紙を入れてしっかり蓋をして、あの時のように自分のジャケットの中にボトルさんを入れました。

 「さあ出発するわよ。行ってくるわね、手紙さん。戻ってくるまでゆっくり眠っていてね。」

 新しい手紙さんを持ったニャーモさんは玄関に鍵をかけるとモーターサイクルのエンジンをかけました。モーターサイクルは快適な音を立てて動き出しました。


「すぐよ。すぐに目的地に着くわ。」

「そんなに近いの?」

と驚いたように手紙さんが聞きました。

 本当にすぐでした。三十分もたたないうちに大きな港に着きました。手紙さんとボトルさんは長旅をすると思っていたので拍子抜けでした。そこにはいっぱい船が停まっていました。

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