第20話 第二部 別れ

家の中に入って箱を取り出し、その中に綿のようなものをいっぱい詰めました。そしてボトルさんの蓋を閉めこういったのです。

「しばらく真っ暗な中で少しかわいそうだけれども、10日ほどの辛抱よ。」

 手紙さんはどういうことか分かりませんでした。

「あなた達はもう一度旅をするの。」

 もう一度旅をする?でもサムハさんは私たちを、メールボトル19を海に流そうとはしていません。いったいどんな旅をするのだろう。手紙さんには分かりませんでした。

 サムハさんはポケットの中から珊瑚のペンダントを取り出しました。生まれた時にご両親がくれたプレゼントです。それをボトルさんのネックのところにやさしくかけました。


「ボトルさんは『最初の手紙さん』を守りながら日本からフィンランドへ、そしてこの手紙さんを守りながらフィンランドからこのインドネシアへ流れてきたのよね。ボトルさん遠い長い旅だったわね。あなたは強い子でとても頑張ったわね。

 『最初の手紙さん』もボトルさんにとても会いたいと思うの。

 『最初の手紙さん』が待っているところ、ニャーモさんが待っているところ、そこがあなた達の居場所だと私は考えたの。ニャーモさんもあなた達の帰りを望んでいるのよ。

 それに『最初の手紙さん』は、手紙さん、あなたと同体なのだから一緒にいなくちゃいけないのよ。

 あなた達はこれから旅をして自分の居場所に帰るのよ。あなた達の居場所に。」


 その時、久しぶりにニャーモさんの家で待っている手紙さんからの交信がありました。『何もかも、何もかも覚えておくのよ。何もかも何もかも大切な思い出。』

と。


私たちは帰るべき所に帰らなくちゃいけないんだ。サムハさんのところも大好き。でもサムハさんの言うとおり。ニャーモさんの言うとおり。

 あのマッコウクジラの PHR07さんが言いました。メールボトルに居場所はあるのだろうか?と。メールボトルは流れることが運命で、どこかにたどり着くことが運命で、居場所なんかないと考えていたけれどそうじゃなかった。私たちにも帰るべき所、居場所があるんだと初めて気がついたのです。


前の日にサムハさんがスラバヤの町や、その中心の街を見せてくれた理由もよくわかりました。私たちに覚えていてほしかったのだ。こんなところだと、インドネシアはこんなところだと覚えていて欲しかったんだと思う。

 そして今日サムハさんは私たちと別れることを決心して、特別の日につけるといった白夜のヒジャブをつけたんだ。サムハさんはボトルさんのネックにかけたペンダントに触っていました。

「これ私だと思っていてね。私は一緒に行けないけれども、これは私が生まれた時からずっと一緒だったペンダントだから。これを私だと思っていてね。

 今からあなたたちをぐるぐる巻きにするわ。途中で割れたら困るから。だから真っ暗になってしまうけれども我慢してね。10日もすれば必ずニャーモさんの待っているフィンランドに帰れるから。

 向こうに着いたらあなたたちの今度の旅の事、全部ニャーモさんに話して、そしてお手紙を書いてもらってね。私はあなたたちの今からの旅のこと全部知りたいの。お願いね。」

 そう言って柔らかい布でメールボトル19を包もうとしました。その時に手紙さんは言いました。


サムハさんお願いがあります。お願いがあります。だめかもしれないけれどもお願いがあります。」

「何かしら?あなたの言うことだったら何でも聞いてあげるわよ。」

とサムハさんは優しく言いました。

「髪の毛を見せてください。ヒジャブ取って髪の毛見せてください。」

 サムハさんはほんの少し黙っていましたが白夜のヒジャブをすぅーっととりました。サムハさんの髪の毛は真っ黒で艶やかでまっすぐで長く、黒い絹糸のようでした。ニャーモさんの薄い金髪でくるっとした髪の毛とは全く違いました。

「サムハさん決まりを破ってヒジャブをとってくれてありがとう。あなたの髪の毛は本当に綺麗で黒い宝石のようです。見せてくれてありがとう。絶対に忘れません。」

 「ううん。教えを破ってはいないから。イスラム教ではね、髪の毛は、大切な人にだけ見せるものなの。あなたたちは私の大切な友達・・だから。」

 サムハさんは涙をこらえていました。そして・・・

「さあ行くのよ。」

と言ってメールボトル19を丁重に包みその上に手紙をのせて、ダンボールの蓋を閉めました。閉めた段ボール箱の上に、サムハさんの涙がぼとぼとと音を立てて落ちました。


白夜のヒジャブをかぶり直して、ポケットにニャーモさんが送ってきたドル札を入れたサムハさんは、小包を抱えて郵便局まで歩きました。郵便局の前でサムハさんは大きな声で言いました

『ジャガンルパ(忘れないで)』それは初めて聞いたインドネシア語でした。けれどサムハさんがメールボトル19に向かって言った言葉だったので、手紙さんはその意味がわかりました。そして自分もインドネシア語を話すことができたのです。『サンガット(絶対に)』大きな声で箱の外にまで届くように言いました。『テリマカジ(ありがとう)』サムハさんの声が聞こえました。ありがとうと言っていたのです。

 サムハさんは郵便局の人に頼みました。航空便でお願いしますと。そして踵を返して自分の家に向かって歩いて行きました。涙をこらえながら。

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