第7話 第二部 南への海流
「ここからあなたたちを流すのじゃ無いのよ。あれに乗って一晩船の中で眠るのよ。目的地に到着したら、モーターサイクルで走り出すの。」
ニャーモさんは一人分のチケットと乗り物一台分のチケットを買いました。そしてたくさんの自動車などが止まっているところに自分のモーターサイクルを止めました。きちんと鍵をかけて船が波に揺られて右や左に傾いても、バイクがズズズってよそに行ったり動かないように一番壁側に置いて、モーターサイクルにチェーンを巻いてそれを船の壁にあったフックに取り付けました。反対側には倒れないように船の中にあった少し汚かったけれど毛布みたいなものを積み上げました。
「こうしておいたらモーターサイクルは安全よ。さ、甲板に行きましょう。」
ニャーモさんはボトルさんを手に持って甲板に上がって行きました。船が出港して動き出しました。
「メールボトルさん、これはあなたが漂ってきた海なのよ。船の上から見る海の景色ってなかなかいいでしょう。」
手紙さんは驚きました。確かに自分は海の中をずっと漂ってきたのです。上から海の景色を眺めることになるなんて思ってもみませんでした。風が気持ちがいいです。波は穏やかでゆったりと船が揺れていました。水の中よりも随分と楽でした。こんな旅ができるなんて夢みたいだわと思いました。
夜が来てニャーモさんは寝室に行きあっという間に眠ってしまいました。手紙さんはボトルさんの中。ニャーモさんの枕元に置かれました。
いつのまにか手紙さんも眠ったようです。翌朝ニャーモさんに起こされました。もう着くわよ。降りる準備をしなくちゃ。さ、これから走るわよ、と言って。
陸の旅が始まりました。それはニャーモさんに連れて行ってもらったラップランドへの旅に似ていたけど景色はずいぶん違います。最初は混雑している細い道を通って行きました。道の両側は海です。ニャーモさんはどこまで行くのだろう?でも大丈夫。この人について行ったら安心だと手紙さんは思っていました。
かなり走ったでしょうか。景色がぐんと変わりました。フィンランドは山や森がたくさんあったのにラップランドと同じように平原なのです。平原だけれども雪はありません。
(ラップランドって本当にとっても北だったのだわ。寒かったし彼方の森は夏なのに雪があった・・・)
綺麗な草の緑色。色とりどりの花花がたくさん咲いています。ここはどの辺りと手紙さんが聞きました。
「今晩ここで泊まるけれどもここはもうデンマークと言う国よ。船が着いたところはフィンランドのお隣の国スウェーデンだったの。そこから細い路をずっと走ったでしょ。そしてデンマークに入ったの。海を渡ってヨーロッパ大陸に入ってきたのよ。ヨーロッパ大陸と言うのもちょっとおかしいけどね。
一晩泊まって明日にはデンマークの海岸に行くわ。デンマークの海岸からはね、南に行く海流があるの。だからあなたを海に流したらあなたは南へ南へと流れていくはずよ。北極海には行かないから安心して。」
とニャーモさんは笑いました。
(そっか、南へ行きたいと言ったから、南へ行ける海まで私をを連れてきてくれたのね。) 手紙さんはニャーモさんに感謝しました。
ホテルで一晩泊まって翌日ニャーモさんは海岸に向かって走りました。綺麗な海岸でした。そして心なしか、いや実際にフィンランドよりかはずいぶん暖かいなと感じました。
「このあたりの海岸でいいかしら?いい風が吹いている。南に向いて吹いているわね。ここからあなたを流したらずっと南の方に行けるはずよ。」
ニャーモさんはボトルに入った手紙さんに話しかけました。
「大丈夫。このボトルさんはとっても強い子。だって遠い遠い日本から海を漂ってフィンランドまでたどり着いたんだもん。だからあなたは心配しなくていいのよ。きっとどこかに辿り着いて、きっと誰かに拾ってもらえるから。私はその人からの手紙を楽しみに楽しみに待っているからね。」
手紙さんはちょっと寂しくなりました。ニャーモさんから離れることが。本当に大丈夫だろうかと不安にもなりました。でもニャーモさんの言葉、ボトルさんのことも、そしてニャーモさんのお家で待っている自分の分身の手紙さんの言葉も、全部信じようと思いました。
ニャーモさんは少しためらっているようでしたが、
「じゃあいってらっしゃい。」
そう言ってとうとうボトルさんを海の中に流しました。ニャーモさんはしばらく立って見つめていました。ボトルさんはぐるっと回ってニャーモさんの方を見ました。みんなの想いをのせて流れていくのだからがんばらなくちゃね。そう言っているように手紙さんには思えました。
ニャーモさんはボトルさんが見えなくなるまでずっと立ち尽くしていました。けれど頭を振って大丈夫大丈夫と自分に言い聞かせながら、モーターサイクルの方に戻っていきました。
一人で帰るニャーモさんはまるで狂ったかのようにモーターサイクルを飛ばしました。ものすごいスピードでした。それはニャーモさんの寂しさ、それを振り切るかのようなスピードでした。 ニャーモさんは自分に言い聞かせていました。あの子達はちゃんと旅をする。そして私は遠い国からの返事をもらう。家に帰ればあの手紙さんがいる。宮子さんからも手紙は来るし私も宮子さんに返事を書くし。私は一人じゃない。
ニャーモさんは自分の家に帰り着きました。そして手紙さんに話して聞かせました。新しい旅に出たメールボトルのことを。手紙さんは黙って聞いていて、はい、と返事をしたようにニャーモさんには思えました。
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