「……兄貴。」

 声をかけると、兄貴は気だるげな動作で肩越しにこちらを振り返った。

 「……。」

 「……。」

 無言の間。俺は黙ったまま、兄貴の斜め向かいに座って、メニューを開いた。

 「……瑞樹ちゃんの飯は?」

 「作ってきた。」

 メニューの写真を眺めてみても、食指が動くものはなかった。それでもなにか食べないと負けみたいな気がして、タッチパネルを操作してハンバーグを選ぶ。

 「兄貴は?」

 「……同じの。」

 了解、と呟いて、注文を決定する。そういえば兄貴も、食べ物への関心は薄いタイプだった。ちゃんと飯を食っているのか、と、言いかけて口をつぐむ。兄貴は別に、目に見えて痩せたりしていない。余計なお世話だ。

 ハンバーグが運ばれてくるまでに、本題の話を終えておきたかった。この空気のまま、気まずく飯を食いたくもない。

 「……大学、辞めたいんだって?」

 俺がそう切り出すと、兄貴はあっさり頷いた。

 「ああ。」

 ああ、じゃねぇよ。

 内心いらっときたが、それを押し殺して話を続ける。

 「なんで? 瑞樹ちゃん心配してるぞ。」

 「……なんででも。」

 「ちゃんと言え。」

 苛々はどんどん増していく。兄貴はどう考えても、俺とまともに話す気がない。視線だって、俺の顔の斜め上当たりの空間を茫洋と眺めているだけだ。

 「……女って、瑞樹ちゃんが言ってた。」

 ちょっとは兄貴の表情に変化が出るかとカマをかけてみると、兄貴はようやっと俺のことを見た。さっきまでのぼんやりした目が嘘みたいな、鮮烈な目をしていて、俺は驚いてしまう。なんだ、その目は。

 兄貴は妙な光を宿す両目で俺をじっと見た後、はっきりと一度、頷いた。

 「女だよ。」

 女。

 俺は口の中でその単語を繰り返した。自分がやけに動揺しているのが分かって、それが兄貴に伝わるのが嫌で、ぐっと両手を膝の上で握りしめた。

 なんで、俺はこんなに動揺しているんだろう。瑞樹ちゃんから昨日の内に聞いていた話なのに。

 「……女が、どうした? 妊娠でも、させた?」

 俺の言葉は、不自然に揺れていたと思う。どうしても隠しきれない震えがきていた。なんで震えてるのかなんて、自分でも分からないまま。

 「ああ、させたよ。」

 兄貴は、これ以上なく淡々と答えた。肘をついて若干傾いた、見慣れた姿勢で。

 俺は、次の言葉が出なくて、握った拳に目を落とした。

 言わないといけない言葉は、浮かんでいた。

 瑞樹ちゃんに相談しろ、とか、相手の人は産むって決めたのか、とか、相手の人のご両親には会ったのか、とか。でも、そのどれもが喉の奥でひねりつぶされたみたいになって、そこから先に出てこなかった。

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