三年前のキスを思い出した。事実として記憶はしていても、感覚の方は全く記憶にない。衝撃が強すぎて、脳が記憶することを拒んだのかもしれない。でもとにかく、俺はこの男と三年前にキスをしたのだ、と、思い出した。だったら俺は、ここに来るべきではなかった。だって、拒みきれない。三年前だって、拒めなかった。いや、三年まえは、突然すぎて拒絶するような猶予がなかっただけだけれど、今回は、それではすまない。そんな感じがした。だって俺の声は、もう兄貴に絡みついてしまっている。

 「……離せ。」

 今度はきちんと突き放した声が出るように、喉で調整してから発声した。引いた拳は、それでも兄貴のてのひらの中に収まっていた。それが当たり前のことみたいに。

 兄貴はなにも言わなかった。俺は、兄貴の言葉を求めていたのに。ただ、兄貴は俺の拳を自分の方へ引き寄せた。俺は、引っ張られるままに、膝からベッドに上がった。

 兄貴。

 呼んだつもりが、声にならなかった。兄貴は、俺を呼びさえしなかった。

 さらに拳を引かれ、兄貴に覆いかぶさるみたいに抱きとめられる。兄貴の身体は、熱かった。兄貴の身体に触れるのは、本当に久しぶりだったし、記憶の中にある兄貴の体温は、もっと低かった。

 「……瑞樹ちゃんに、なんて言えばいいんだよ。」

 俺が絞り出した言葉は、もう了承の言葉に近かった。俺はそれに気づいて、唇を噛んだ。嫌だった。兄貴を受け入れたと思われるのが。

 「黙ってれば、分からない。」

 兄貴は淡々と言って、俺のコートを脱がせた。俺はその手にあらがえないまま、喉を啼かせた。

 「黙ってられない。」

 「なんで。」

 「瑞樹ちゃんだから。」

 他の誰に秘密を持っても、俺は別に罪悪感なんて感じない。でも、瑞樹ちゃんに対して秘密を持つのは無理だった。だって、瑞樹ちゃんだ。俺と兄貴を引き取って、ここまで育ててくれたひと。両親が捨てた俺と兄貴を、絶対に私はどこにも行かない、と約束して守ってきてくれたひと。そんなひとに、秘密を持てるはずがない。

 「じゃあ、言えよ。」

 俺のニットに手をかけながら、兄貴は大したことじゃない、とでも言いたげにそう言った。

 「言えるわけないだろ。」

 俺は信じられない気持ちで兄貴を怒鳴りつけた。毅然とした声を出したつもりが、それはヒステリックに揺れていた。

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