「じゃあ、言うな。」

 兄貴は、駄々っ子の相手でもするみたいにそう言った。俺は、子どもみたいにあしらわれたこと腹を立て、兄貴の顔面を殴ろうとした。だって、俺を子ども扱いしなかったのは、三年前の兄貴だ。あの頃俺は、確かにただのガキだったのに。

 「暴れるなよ。」

 掴まれていない方の拳を振り回すと、兄貴は迷惑そうに眉を寄せた。

 「いいか。瑞樹ちゃんは、こういうのでは、怒らない。」

 俺に言い聞かせながら、兄貴は俺のニットを脱がせてきた。俺はまた、抵抗しそびれた。中に着ていたシャツ一枚では、暖房のついていない部屋の中は寒かった。

 「こういうのって、なんだよ?!」

 「色恋沙汰。」

 兄貴が平然と言うから、俺はあっけにとられた。色恋沙汰? これが?

 「……なに、言ってんだよ。」

 「だから、瑞樹ちゃんは怒らないって言ってる。」

 俺が引っかかってるのは、そこじゃない。いや、そこも引っかかりはするんだけど、もっと引っかかっているのが、色恋沙汰、だとかいう恐ろしい台詞だ。

 「なあ、雪人。」

 兄貴が俺のシャツに手を突っ込んで、素肌に触れてきた。部屋の中はこんなに寒いのに、兄貴の手は熱かった。俺はそれが、不思議だと思った。

 「認めろよ。お前もここまで来たんだから、その気があるんだろ? これまで何年も、俺のとこには寄りつかなかったくせに。」

 俺はその兄貴の言い振りを聞いて、騙された、と思った。兄貴が瑞樹ちゃんに言った、大学を中退したいだとかとかいう話も、さっきまで言ってた女が妊娠しているとかいう話も、全部嘘だったのだろう。ただ、馬鹿な俺をおびき寄せるために、そんなことを言ってみただけで。

 「……うそつき。」

 声は、思っていたような悪態をつく調子にはならなかった。また俺の声は、兄貴に絡みついた。

 兄貴は俺のその言葉には、なにも答えなかった。ただ、俺のシャツも脱がせて、ベッドに押し倒してきた。

 「やめろよ。」

 俺の声は、もう完全に、じゃれているようにしか聞こえなかった。拒絶しなくてはいけないと、この人は俺の血のつながった実の兄だと、頭では分かっているのに。

 拒めない。

 その事実は、俺の手足を強張らせた。

 兄貴は、そのことをきちんと分かっているみたいに、根気よく俺の手足をさすった。

 怖かった。とても。してはいけないことをしていると、ちゃんと理解していた。でも、俺がその行為の中で一番強く感じたことは、嫉妬だった。兄貴は多分、男を抱いたことがある。その、顔も知らない男への、嫉妬だった。

 

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