9
「じゃあ、言うな。」
兄貴は、駄々っ子の相手でもするみたいにそう言った。俺は、子どもみたいにあしらわれたこと腹を立て、兄貴の顔面を殴ろうとした。だって、俺を子ども扱いしなかったのは、三年前の兄貴だ。あの頃俺は、確かにただのガキだったのに。
「暴れるなよ。」
掴まれていない方の拳を振り回すと、兄貴は迷惑そうに眉を寄せた。
「いいか。瑞樹ちゃんは、こういうのでは、怒らない。」
俺に言い聞かせながら、兄貴は俺のニットを脱がせてきた。俺はまた、抵抗しそびれた。中に着ていたシャツ一枚では、暖房のついていない部屋の中は寒かった。
「こういうのって、なんだよ?!」
「色恋沙汰。」
兄貴が平然と言うから、俺はあっけにとられた。色恋沙汰? これが?
「……なに、言ってんだよ。」
「だから、瑞樹ちゃんは怒らないって言ってる。」
俺が引っかかってるのは、そこじゃない。いや、そこも引っかかりはするんだけど、もっと引っかかっているのが、色恋沙汰、だとかいう恐ろしい台詞だ。
「なあ、雪人。」
兄貴が俺のシャツに手を突っ込んで、素肌に触れてきた。部屋の中はこんなに寒いのに、兄貴の手は熱かった。俺はそれが、不思議だと思った。
「認めろよ。お前もここまで来たんだから、その気があるんだろ? これまで何年も、俺のとこには寄りつかなかったくせに。」
俺はその兄貴の言い振りを聞いて、騙された、と思った。兄貴が瑞樹ちゃんに言った、大学を中退したいだとかとかいう話も、さっきまで言ってた女が妊娠しているとかいう話も、全部嘘だったのだろう。ただ、馬鹿な俺をおびき寄せるために、そんなことを言ってみただけで。
「……うそつき。」
声は、思っていたような悪態をつく調子にはならなかった。また俺の声は、兄貴に絡みついた。
兄貴は俺のその言葉には、なにも答えなかった。ただ、俺のシャツも脱がせて、ベッドに押し倒してきた。
「やめろよ。」
俺の声は、もう完全に、じゃれているようにしか聞こえなかった。拒絶しなくてはいけないと、この人は俺の血のつながった実の兄だと、頭では分かっているのに。
拒めない。
その事実は、俺の手足を強張らせた。
兄貴は、そのことをきちんと分かっているみたいに、根気よく俺の手足をさすった。
怖かった。とても。してはいけないことをしていると、ちゃんと理解していた。でも、俺がその行為の中で一番強く感じたことは、嫉妬だった。兄貴は多分、男を抱いたことがある。その、顔も知らない男への、嫉妬だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます