それからハンバーグが運ばれてくるまで、俺も兄貴も黙っていた。目の前に置かれた、湯気を立てるハンバーグを見て、俺はようやく、昨日の晩飯もハンバーグだったことを思い出した。瑞樹ちゃんと兄貴だけじゃない。俺も同じように、食への関心は薄い。

 同じだな、と思ったら、言葉は自然に転がり出てきた。

 「瑞樹ちゃん、心配してた。俺も。」

 肘をついた姿勢のまま、行儀悪くハンバーグをかき込もうとしていた兄貴は、ふっと視線を上げて俺を見た。半分睨むみたいな視線だった。

 「お前も?」

 「うん。」

 睨まれる理由が分からなくて、俺はちょっと身を引いた。すると、斜め向かいから伸びてきた兄貴の長い腕が、俺の肩を掴んだ。離れるのは、許さないとでもいうみたいに。

 俺は、子どもの頃のことを思い出した。兄貴に肩を掴まれて眠った幾つもの夜。母親がパート先の店長と駆け落ちして、父親は闇金業者に追われていて家を留守にしてばかりいた。二人っきりの家で、兄貴は俺の肩を掴んで寝た。肩を抱いた、とは言えない。ぎゅっと力を込めて、兄貴は俺の肩を掴んだ。俺は、そうされていると安心した。安心して、よく眠れた。怖いことや不安なことだらけだったのに、それらが布団の中に入ってくることはないような気がして。

 その頃を彷彿とさせる仕草で兄貴が俺の肩を掴むので、俺は驚いて兄貴を凝視した。父親が蒸発して瑞樹ちゃんに引き取られて以降、瑞樹ちゃんが俺たちそれぞれに部屋をあてがってくれらこともあって、兄貴がこうすることはなくなっていた。

 「心配してるって言うなら、部屋にこいよ。」

 兄貴が低く言った。それは、不味いガムでも吐き捨てるみたいに。

 「え?」

 俺は虚を突かれてしまい、兄貴の手を振り払うことすらできなかった。

 部屋にこい? なんだ、それは。兄貴も俺を避けているのではないのか。

 ハンバーグの匂いが立ち込める、明るくのどかな夕方のファミリーレストランで、俺と兄貴はしばらく睨み合った。先に目を逸らした方が負け、みたいな、変な空気があった。意地の張り合い。それも、俺にはどこか懐かしかった。

 「部屋にこい。」

 兄貴がそう繰り返した。

 「なんで。」

 俺も兄貴と同じ、恫喝するような低いトーンで返した。

 「女とは、ヤってない。」

 「は?」

 「話聞きたいなら、部屋にこい。」

 俺はしばらく考えた。二年前のキスみたいなのが頭を過ぎらなかったと言ったら嘘になる。それでも俺には、瑞樹ちゃんを安心させたい、と言う気持ちの方が強かった。とにかく兄貴の話を聞いて、瑞樹ちゃんに報告しなくてはならない。

 「……行くよ。」

 ハンバーグには手を付けす、俺と兄貴は半端に距離を開けてファミレスを出た。

 

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