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「雪人、明日のバイト終わりにでも、春人の様子見てきてよ。……私だと春人も、遠慮とかあるだろうから。」
焼きあがったハンバーグの皿を、リビングの瑞樹ちゃんの前へ運んでいくと、真面目な声でそう頼まれた。
俺は、いったんはその頼みを断ろうとした。兄貴の家へ行くのは、嫌だった。理由はいつだって曖昧だけれど、俺はずっと兄貴のへ家へ行くのを避けてきた。だからこの2年、俺は兄貴と顔を合わせていない。瑞樹ちゃんは、たまに兄貴と飯にでも行っているようだったけれど。
それでも結局了承したのは、瑞樹ちゃんが本気の目をしていたからだ。めったに見せない、張りつめた眼差し。
それは、俺と兄貴を引き取ると言いだしたときと同じ目だった。あのとき、俺の数少ない親戚が集まっての家族会議では、俺は遠方に住んでいる親戚に、兄貴は児童養護施設に預けられることにほぼ決まっていた。それを瑞樹ちゃんが唐突に、まとめて私が預かります、と言い出したのだ。まだ二十代の初めで、水商売をしている瑞樹ちゃんに子供を預けることなどできないと、場は荒れた。それでも瑞樹ちゃんは、この本気の目でなんとか親戚一同を説得して、俺と兄貴をまとめて引き取ってくれた。だから俺は、瑞樹ちゃんの本気に弱い。
「……分かったよ。バイト終わりに行ってくる。」
兄貴の家に行かなければいい、と思った。ラインをして、どこかファミレスにでも呼び出して、そこで話を聞けばいい。
瑞樹ちゃんはにっこり笑って、ありがとう、と言った。
「じゃあ、私はもう出るね。」
「うん。行ってらっしゃい。」
足早に家を出ていく瑞樹ちゃんを玄関まで見送る。瑞樹ちゃんは玄関で俺を振り向き、軽く頭を抱き寄せてくれた。俺が子供のころから変わらない動作だ。俺はそうされているときが、一番安心できた。自分はここにいてもいいと言われているような気がして。
瑞樹ちゃんを送り出して、玄関のドアを閉めてリビングに戻る。そこで、さっそく兄貴にラインをした。さっさとしなくては、気持ちがなえてしまう。
『明日時間ある? そっちの近くのガストで会いたい。』
文面は、それだけ。しばらくソファに座ってスマホを持ったまま返信を待ってみたけれど、来なかったのでスマホを投げ捨てた。黒いケースをつけたスマホは、毛足の長い絨毯に埋もれて鈍い音を立てた。
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