「俺にヤられたって言えばいいだろ。」

 兄貴が、いっそ癇に障るくらい落ち着いた声音で言った。

 「は?」

 「強姦されたって、言えばいい。だいたい、それが事実だろ?」

 事実? 強姦が? 俺は混乱して、目の前の兄貴の胸を押しのけ、身を離そうとした、とにかく、冷静になりたかったのだ。それでも兄貴は、俺の肩を離さなかった。

 「強姦されたやつは、なんでだかまた同じ状況に身を置きたがる。……あいつはそう。お前も?」

 「は?」

 本気で意味が分からなかった。あいつっていうのは、兄貴の女のことだろう。じゃあ、あの女の子どもは、強姦されてできたってことか? そして、お前もっていうのは、どういう意味だ? 

 頭の中がもつれた糸みたいにごちゃごちゃになった俺に、兄貴は低く笑った。その笑い方は、これまで俺が見たことがないタイプのものだった。暗くて、静かで、穏やか。夜中の凪いだ海みたいな。

 「あいつは、兄貴にヤられてた。それで子どももできた。今でも、週に二回ヤられに行く。……お前も、そうなるか?」

 兄貴の言葉は、笑顔の穏やかさとは全く釣り合わない剣呑さで、俺の内臓を締め付けた。兄貴は、それを望んでいるのか。俺も、週に二回兄貴にヤられに来るようになればいいと思っているのか。そのために、俺をここに招いたのか。

 「……なったとして、嬉しいのかよ。」

 俺が半分怯えながら、でも必死に虚勢を張って、挑むように吐き捨てると、兄貴はまた低く笑った。

 「嬉しいよ。」

 「……いかれてる。」

 「そうかもな。」

 掴まれた肩が、熱かった。俺は、どうにか立ちあがらなくては、と、身をよじった。このままでは、週に二回どころか、ずっとここにいてしまいそうだった。ただ、兄貴にヤられるためだけに。

 そんな自分の発想が怖くて、とにかく兄貴から離れたくて、もがく。すると今度は、兄貴の手は俺の肩をあっさり外れた。

 俺は、捨てられた、と思った。

 「あの女のひとと、子どもを育てろよ。」

 見捨てられた気分で、立ち上がりながらそんな捨て台詞を吐いた。兄貴にそれができないことは分かっていた。俺たちには親がいないから、その上妙な形でお互いに執着してしまったから、親になることは多分難しい。とても。

 「そうするよ。」

 立ち上がる気配も見せず、兄貴は脱ぎ捨てられた俺のジーンズのポケットから勝手に煙草を取り出して、火をつけた。俺は、三年前のキスみたいのを思い出し、さらに見捨てられた気分を強めた。

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