血のつながった兄弟は、俺だけだぞ。

 なにを言ってるんだ、と思った。三年前のキスと、数時間前のセックスが、俺の肌にはくっきりと刻印されているのに。

 「……バカにしてんのか。」

 低く吐き捨てたつもりの声が、兄貴に甘えるように響いたことに、俺は唇を噛む。

 あの女を、見なければよかった。見ないでとっととここから逃げ出しておけば、俺はこんなふうに、惨めに兄貴にすり寄ったりしないですんだ。だってこれは、明らかに嫉妬だ。あの、妙に幸せそうだった女への、醜い嫉妬。たとえばここで俺がまた兄貴と寝たとしても、あの女の幸福にはひびひとつ入れられないと、頭では分かっているのだけれど。

 「してる。」

 兄貴は掴んだ俺の肩を引き寄せ、俺の唇を自分のそれで塞いできた。

 「してるよ。バカだよな。こんなとこに、来なきゃよかったのに。」

 「来させたのは、あんただろ。」

 「だとしても、来ないべきだろ。普通に考えて。」

 「普通って、なんだよ。」

 「普通は、普通。」

 本気で腹が立った。俺だって、三年前に兄貴にキスみたいなことをされる前は、確実に普通だった。こんなに歪んではいなかった。

 そのまま、玄関から少し入った床の上で、兄貴としたセックス。それについては、あまり思い出したくもない。誘ったつもりもなかったし、誘われたつもりもない。ただ、お互いの真ん中で抱きあった。それは、とんでもなく重い罪の意識になって俺の腹の中に沈んだ。一度目のセックスは、強姦だと割り切ればよかった。俺は男だし、兄貴とそこまで体格も変わらない。抵抗しようと思えばいくらでもできたはずだ。その事実に目を背けて、強姦されたと割り切れないことはなかった。でも、二度目のそれは違う。もう、兄貴に犯されたとは言えない。

 「瑞樹ちゃんに、なんて言おう。」

 裸で兄貴の腕に収まったまま呟くと、頬を涙が伝う感覚があった。

 「黙ってろよ。」

 兄貴はその涙を舌ですくって舐めとった。

 「……そんなわけに、いかない。なにしてたんだって言われたら、俺、話すよ。」

 「春人とセックスしたって、言うのか。」

 「言うよ。」

 脅しみたいに、俺は、言うよ、と繰り返した。瑞樹ちゃんに、ばれる。それは、子どもの頃から俺たちが一番びびってきたことだ。学校で喧嘩をしたり、ちょっとした悪さをするたびに、瑞樹ちゃんにだけはばれないように工作なんかした。結局ばれて叱られるまでがセットだったけれど。

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