いつから、と、そう絞り出したのは、どうしようもない義務感からだった。それさえなければ、この場から駆け出して逃げ出してしまいたかった。兄貴の言葉などなにも聞かなかったことにして。

 いつから。

 たとえば、ここに引き取られてきたときからだというのなら、もしもそれが俺たちが瑞樹ちゃんの家に引き取られてくる条件だったとしたならば、俺と兄貴との間に、大人と子供の線引きがなされていたことの理由も分かる。

 しばらく、また無言の間。俺は、肩で息をしていた。空気が薄くなったみたいで、呼吸が苦しかった。兄貴は、平然と煙草をふかしていた。そして、にやりと唇の端持ち上げると、嘘、とだけ言った

 嘘? 

 ちょっと待てよ、と、俺は靴のまま一歩兄貴の方へ足を踏み出した。

 嘘にしては、悪趣味すぎる。そして、兄貴はこんな悪趣味な嘘をつくタイプではなかったはずだ。俺が確信できるのは、二年前までの兄貴は、という条件付きだけれど。

 「土禁だぞ。」

 兄貴がふざけた口調で言った。俺はそれを無視し、靴のままで兄貴の隣まで足を進めた。靴を脱ぐ気になれなかったのは、逃げたかったからだ。今度、セックスするような空気になったら、一目散に。そのとき、靴を履いている余裕は、多分ない。

 「嘘じゃないんだろ?」

 俺の声は、揺れていた。ぎこちなく、振れ幅も定まらず、聞き苦しく揺れていた。兄貴はそれを聞いて、笑った。煙草のフィルターを噛んだまま、声を立てずに。

 「嘘じゃなかったとしても、なんでお前がそんなショック受けんの? いとこ同士って、セックスしちゃいけないのか?」

 兄貴とセックスしたくせによ、と、平然とした態度で兄貴は続けた。

 なんでって、と、俺は言い返そうとして言葉に詰まった。だって、兄貴の言う通りだ。いとこ同士でセックスしちゃいけない決まりなんてない。ましてや俺は、実の兄貴と寝ている。でも、俺にとって瑞樹ちゃんは母親みたいなもので、その瑞樹ちゃんとセックスするというのは、どうしたって道義に外れている気がした。だけど、そんなの俺の勝手な言い分だ。兄貴に押し付けられるようなものではない。

 「……なんで、そんなこと言うんだよ、嘘でも、ほんとでも。」

 追い詰められた声が出た。ぎりぎりの崖っぷちに追い詰められた、二時間サスペンスの犯人みたいな気持ちになった。

 なんで、そんなこと言うんだ。俺たちには、瑞樹ちゃんしかいないのに。

 

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