婚活パーティー
「うわ……すごい人数ですね」
ジオネル城のホールに入った魔法使いスカルは、顔をしかめた。そこには年頃の少女たちが何十人も集まっている。どの娘もこれでもかと着飾っており、色鮮やかすぎて目がちかちかした。
俺もスカルと同じような顔をしたいのを我慢して、あいまいな笑みをうかべる。
「出席者の身元確認には、私も同席しましたが……周辺の貴族女子のほとんどが参加しているようです」
はあ、と俺のやや後ろで騎士エドワードがため息をつく。近衛騎士隊長(仮)は大変だ。
「魔王討伐戦に参加した騎士は、指揮官を中心に大なり小なり褒章が与えられる。出世確定の騎士を捕まえて、身内に引き込みたいんだろう」
「気持ちはわかりますが、気合が入りすぎて、熱視線どころか殺気ですよ。魔族の群れに放り込まれたほうがましです」
騎士団で一番の出世頭になる男はうんざり顔だ。
「あなたがたは救国の英雄ですからね。ついあこがれてしまうのでしょう」
青い法衣を着た神官ユリアンだけがおっとりとほほ笑んでいる。
「他人事のように話しているが、お前も勇者チームの独身男のひとりだろう」
「私の人生はすでに神にささげておりますので」
独身の誓いをたてた神官にとっては、対岸の火事というわけか。
アレックスを王妃に決めている俺も似たようなものだが。
「警備上の問題もありますし、パーティーは遠慮していただきたかったです」
「バカ言え。全員有力者のお嬢さんなんだぞ、追い返したりしたら恨まれるだろ」
中央に後ろ盾のいない俺にとって、地方領主は逃したくない支持層だ。ここで機嫌を損ねるようなことはしたくない。
「それに、どっちみちああいう手合いは、宴を拒否してもなんとか騎士たちとコンタクトを取ろうとするだろう。眼の届かないところでごちゃごちゃ動かれるくらいなら、自分で場を用意したほうがマシだ」
戦争で勝利をおさめたはずの騎士団が、女性問題で大スキャンダルとか、笑うに笑えない。
俺はまだ表情の暗いエドワードとスカルに向かって、手を振る。
「とはいえ、お前たちに必要以上に無理させる気はない。嫌なら適当なところで逃げていいぞ。娘たちのパーティー出席を許可した時点で『見合いをさせた』ことにはなってる」
一定の義理さえ果たしておけば、それ以上の恨みは買わないはずだ。
「陛下のそういうところ……」
「なんだ?」
「いえ、なんでもありません。彼女たちのメンツをつぶさない程度には接待します」
「そうしてくれ。それから……」
続けようとした俺のセリフを、黄色い声が遮った。
「なんだ?」
ホールの反対側から、悲鳴があがっている。そしてその声は波のように広がって、こちらまで届いてきていた。
悲鳴といっても、危機感のあるものではない。
こみあげる喜びに突き動かされ、思わず声を出してしまった。
そんな楽し気な声音だ。
「あのバカ……!」
俺の隣でエドワードが舌打ちした。俺も同じ顔をしそうになって、直前で踏みとどまる。
令嬢たちの悲鳴の中心にいたのは、アレックスだった。
風呂で全身の汚れを落とし、髪を整え、騎士の正装に身を包んだアレックスはこの場にいる誰よりも美しかった。
そう、騎士エドワードより、魔法使いスカルより、魔法使いユリアンよりも美しい。
令嬢たちの視線はすべて、アレックスにくぎ付けだった。
彼女たちと見合いをするはずだった騎士たちは、全員取り残され、酒と食い物を手に呆然と立ち尽くしている。
なにやってんだよ。
お見合いパーティーに、お前みたいなキラキライケメンが出てきたら、他の騎士がかすむに決まってんじゃねーか。
「……陛下、その」
エドワードが申し訳なさそうにこっちを見た。
「わかってる、お前たちにコレを収めるのは無理だ」
令嬢の集団に向かって一歩近づく。
「アレックス」
決して大きな声ではなかったが、俺に名前を呼ばれてアレックスはぱっとこちらを振り向いた。その表情は今まで以上のキラキラ笑顔だ。
お前本当に何考えてんの。
理解不能すぎて逆に笑えてくるわ。
「疲れた、寝酒につきあえ」
「陛下のお望みとあらば」
にこりと微笑んでアレックスがお辞儀する。同時に周囲からとんでもない量の悲鳴があがった。しかし、彼女たちも一定の教育を受けた令嬢だ、悲鳴をあげた相手が国一番の貴人であることを思い出し、慌てて口をつぐんだ。
俺はなんでもない顔をして、踵を返す。
アレックスは器用に女性たちの手をかわし、俺の後ろからついてきた。
ご令嬢たちを夢の世界から引き戻し、本来の目的を思い出させるには、まずこのイケメンをひっこめる必要がある。そして、ホールでコイツを問答無用で退場させる権力を持っているのは俺ひとりだ。
せっかく機嫌をとった地方領主たちから娘経由で恨みを買ったら、お前のせいだからな?
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