騎士の望み

「失礼します!」


 最後にやってきたのは、騎士エドワードだった。

 大きな体を縮めるようにして馬車に乗り込んでくる。正面に座らせると、かなりの圧迫感が襲ってきた。

 戦場では頼もしいが、馬車の旅には向かない相手だ。


「非公式な面談だ、かしこまらず、楽にしていい」

「はっ」


 そういわれながらも、エドワードはぴしっと背筋を伸ばした姿勢を崩さない。神官ユリアンの時と同じだ。王を前にしても建前を崩さないからこそ、騎士なのかもしれないが。


「希望を確認する。ええとお前は……」


 俺は三度希望リストを広げた。こちらには角ばった、やや荒々しい字が並んでいる。


「実家であるアイゼン子爵家の土地の所有権……借金の返済と報奨金。それから、エドワード自身の叙爵、近衛騎士隊長への推薦か」

「い……いかがで、しょうか」

「内容に問題はない。特に補足説明がなければ、このまま承認する」

「よろしいのですか?!」


 今までで一番項目が多いが、求めるものは他のふたりとあまり変わりない。要は地位と金である。


「貴族家出身のお前については、ある程度話を聞いている。魔族災害で困窮し、先祖伝来の土地を手放すことになったとか。やっと立身出世がかなったんだ、家族に還元して問題なかろう」

「ええ……本当に?」

「嫌なのか?」

「いいえ! とんでもありません! 希望は何でも、と言われて思いつくまま書いてしまったので……すべて叶えてもらえるとは思ってもみなくて」


 なるほど、否定を前提としたリストだったのか。


「ダメもとで希望を出して、却下されたらそこから交渉するつもりだったんだな」


 取引ではよくある話だ。

 しかし、今回の魔王討伐はエドワードが思うよりもずっと大きな功績だ。


「このリスト程度の褒美なら与えて問題ない。というか少なすぎるくらいだ。受け取っておけ」

「ありがとうございます!」


 エドワードは、ばっと勢いよく頭をさげた。

 狭い馬車の中で平身低頭されたら、抱き着かれてるのと同じ構図になるから気を付けような?


「あ……でも」


 顔をあげた騎士は、また不安そうな顔になった。


「金銭や爵位についてはともかく、俺が近衛騎士隊長でよかったのですか? 実績を考えれば、アレックスのほうが適任と思いますが」


 それも却下を前提とした希望だったのか。


「アレックスは王妃にするから近衛は無理だ。同じベッドに寝てたんじゃ、夜間の警備が滞る」

「おう、ひ?!」


 ぎょっとエドワードの顔がひきつった。騎士然とした表情が崩れる。


「あいつが、陛下の嫁になるんですか」

「そうだ」

「あいつが、王の嫁?」

「不満か?」

「不満とかそういう問題じゃなくてですね! あいつが執務室に出入りしているのは気づいていましたが! え? 夜に戻ってこないのってもしかして」

「俺の童貞はあいつにくれてやった」

「あいつマジでやりやがったのかよ……」


 エドワードは渋面で頭を抱えてしまった。

 こっちのキャラがこいつの素らしい。


「ヤバいヤバいと思ってたが……まさかここまでとは」


 お前、未来の王妃にだいぶ不敬だな?

 気持ちはわかるが。


「アレックスとずいぶん気安いようだな?」


 指摘すると、エドワードは真っ青になってぶんぶんと顔を振った。


「騎士見習いからの腐れ縁なだけです! 決して特別な関係などではありません!!」

「そんな死ぬ寸前みたいな顔で否定しなくても、変な疑いは持ってない。安心しろ」


 なにしろ、アレックスがあの調子だからな。

 別の男に興味を持つとは、考えづらい。


「アレックスについて聞かせてくれないか。付き合いが長いぶん、いろいろと知ってるんだろ」

「え? それなら陛下のほうがご存じなのでは」

「あいつとまともに話したのは、戦勝パーティーが初めてなんだよ」


 口説こうにも手札が足りない。腐れ縁だというなら手を貸してもらおう。


「嘘でしょ?!」


 エドワードは悲鳴のような声をあげた。


「そんなに驚くようなことか?」

「だってあいつ……筋金入りの陛下信奉者ですよ?」

「しんぽうしゃ」


 なんか物騒な単語が出てきたな。


「公共事業とか、法整備とか、国の方針がニュースになるじゃないですか。そしたら、あそこの橋の建設はウィルヘルム様の指示だとか、この福祉事業はウィルヘルム様の企画だとか、言い出すんですよ。何も詳しいことが書かれてないのに」

「待て、ちょっと心当たりあるぞ」

「やっぱり当たってたんですね。うわあ」


 うわあはこっちのセリフだ。


「その他にも、まったく関係ない部署にいるはずのあいつが、陛下の視察スケジュールを全部把握してるとか」

「即位後はともかく、第四王子時代のスケジュールなんてどこにも公表してないんだが」

「あとは……陛下が即位した時、国民に周知させるために絵姿が発売されましたよね」

「あんまり売れなかったやつな」


 勇ましく馬にまたがる兄たちの絵ならともかく、王笏と本を抱えた黒髪の陰気な男の絵である。人気がないのは当然だ。


「あいつ、屋台に並んでた絵姿全部買い占めて、官舎の壁に並べて拝んでましたからね」

「ええー……」


 なぜだろう、その様子がありありと想像できてしまう。

 なにやってんだあいつ。


「だからよっぽど深いつながりがあったと、思ってたんですが……本当に身に覚えがないんですか」

「ない。逆にお前のほうで思い当たるフシはないのか」

「ありませんね。騎士学校で会った時にはもうすでに、陛下に心酔していました」

「騎士学校入学というと……」

「7年前ですね。私が15で、あいつが13の時です」

「えぇー……」


 7年前っていったら、俺だってまだ20歳だぞ。

 どこに接点があったんだ。全然覚えがない。

 俺の横でガストンもまた青い顔になる。


「陛下……やはり彼女は異常です。お考え直しされてはいかがでしょう」

「却下だ」


 確かにアレックスの執着レベルは俺の予想をはるかに超えていたが、それは決して悪いことじゃない。少なくとも、俺をおいて出国することはなさそうだ。


「プロポーズを受けないのだけが、やはり謎だがなあ」


 ため息交じりの俺のセリフを聞いて、エドワードがまたぎょっと目をむく。


「陛下のお誘いを断ったんですか? あれだけ心酔しておいて」

「何度求婚しても、頑として首を縦に振らない。なぜだ……わけがわからない」

「恐れながら……アレックスに何と言ってプロポーズしたのですか」

「俺には王妃が必要だ、勇者であるお前が一番都合がいい。だから王妃になれと」


 そのまま説明したら、エドワードは今までで一番渋い顔になった。


「陛下……それは断られますよ……」


 なんでだよ!

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