思惑(第三王子マティアス視点)

「魔王討伐成功……? 大勝利だと……?!」


 俺は魔の森から届いた報告書を握りしめた。そこにはひとつ下の弟、ウィルヘルムが魔族戦争に勝利したと記されていた。


「嘘だ、こんなことありえない。そうだろう? ディオス!」


 そばに控える側近に声をかける。ディオスは、父の代から王家に仕える老宰相だ。彼ならば、最も正確な情報を入手しているはずだ。

 しかし、老宰相はゆっくりと首を振る。


「いいえ、そこに書かれていることは、事実です。別ルートで戻った騎士も、私が差し向けた間者も、市井の情報屋も同じ報告をしています。ウィルヘルム殿下……いえ、国王陛下は成し遂げてしまわれた」

「おかしいだろ! 一万の兵を率いていたとはいえ、次から次へと魔族を呼び出す魔王だぞ。特攻隊で急襲して倒すなんて、バカげた作戦が成功するはずないのに」

「……私も、そう思っておりました」


 ふう……と老宰相は息をつく。


「魔王を倒せば魔族戦争は終わります。ですが、相手は召喚魔王。倒すまでに兵士の大半が犠牲になる。勝利を手にしたとしても、必ず大量の死者を出した責任を問われることになるでしょう」

「だから先にウィルヘルムをぶつけたんだ! 捨て駒として!」

「兵を費やし両者が消耗したところで、マティアス殿下率いる援軍が、魔王のトドメをさす。犠牲の責任をすべてウィルヘルム殿下におしつけ、あなたこそが救国の英雄となる……その筋書きでした」

「だが現実はどうだ?! あいつは魔王を倒してしまった! 何が起きた? お前は何を間違ったんだ」


 老宰相は首を振った。


「一番のイレギュラーは……やはり魔王の首をとった特攻隊でしょう。特に勇者アレックスは、常人には理解の及ばないほどの強さをほこるとか」

「めぼしい騎士は兄たちと共に死んだはずだろう。なぜ今更そんな強者が出てくるんだ! なぜウィルヘルムなんかの下につくんだ!」

「それは……わかりません」


 ふう、と苦しそうに老宰相はもう一度息をつく。


「起きてしまったことは仕方ありません。これからのことを考えましょう」

「これから……これから? おい」


 計画失敗の衝撃をなんとか飲み下し、次へと目を向けた俺は、自分が奈落の淵に立っていることに気が付いた。


「帰ってきたウィリアムは、どうなるんだ」

「王として、改めて玉座に登られるでしょう」


 長く続く魔族との戦いを終わらせた王だ。

 皆もろ手をあげて歓迎するだろう。


「俺は……? 俺はどうなる」

「王の兄君として、変わりなく……」

「そんなわけないだろ!」


 俺は老宰相を怒鳴りつけた。


「兄さんたちはいい。戦場で死ぬハメになったが、その分戦功を残した。父も王として十年以上務めた。だが俺は? 魔王討伐の栄誉を弟に取られた俺はどうなる」


 兄たちの控えとして城内で守られていた自分は、戦どころか視察に出たこともない。

 やったことといえば、弟に王座を渡したことだけ。

 それだけだ。


「ウィルヘルム殿下は甘いお方です。今からでも、臣下としてお仕えすれば……」

「下賤な侍女の子の下につけと? そんなことできるかっ!」


 突き飛ばされて、ディオスは床に倒れこんだ。

 何が宰相だ。

 おいぼれの言葉に従ったがために、俺の未来は閉ざされてしまった。

 こんなところで終わるはずじゃなかったのに。

 戦争を終わらせた英雄として、王座につくはずだったのに。


「ま……まだ、手はあります」


 よろよろとディオスが体を起こした。


「ウィリアム殿下が王城に戻れば、彼の権力は確実になる。ならば、戻らなければいいのです」

「できるのか」

「……殿下のもとには、私の手の者がおります。彼を使えば、あるいは」

「いいだろう。やってみろ!」


 俺はディオスの胸倉をつかむ。


「だが、失敗すればどうなるか、わかっているだろうな。俺もお前も地獄行きだ」

「……はい」


 老宰相はまたよろよろと立ち上がると、部屋から出て行った。

 俺は窓の外に目をやる。そこには王都の美しい街並みが広がっていた。


「あんなできそこないに、この国を渡してたまるか……!」


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