歓待
「ウィルヘルム陛下、ようこそおいでくださいました」
「出迎えご苦労」
城塞を出発してから五日後。俺たち王国軍の隊列は大きな城の前に到着していた。ここは城塞と王都を結ぶ街道沿いの土地を治める領主、ジオネル伯爵の居城だ。
騎士と使用人を従えたジオネル伯は、笑顔で俺を歓迎する。
「長い行軍でお疲れでしょう。ぜひ私どもの城で休憩してください」
「世話になる」
ただ歩いているだけに見えて、軍の移動は過酷な労働だ。王都までの長い道のりを、休まず毎日歩いていたのでは騎士たちが疲弊してしまう。時々隊列を止めて休憩をとる必要があった。
進軍中ならともかく、今回は魔王討伐後の帰還行軍だ。少しゆっくり戻ったところで問題ない。毎日連続して馬車に乗ってたら俺の体力がもたない、という事情もあるが。
「一般兵の誘導は、私どもの騎士にお任せください。陛下はこちらへどうぞ、湯あみの用意を整えてございます」
「彼らも一緒でかまわないか?」
俺はすぐ後ろに控えていたメンバーを示す。そこには側近のガストンに加え、アレックスたち勇者チーム一行が並んでいた。面談のあとから、王妃予定のアレックスと近衛隊長予定のエドワードをそばに置くようになったら、神官ユリアンと魔法使いスカルも何だかんだと俺のところに来るようになり、なんとなくこのメンバーで行動するのが当たり前になってしまったのだ。
「ええ、勇者様がたのことはうかがっております。それぞれ貴賓室をご用意しておりますので、ごゆっくりなさってください」
事前に伝令から話を聞いていたのだろう。ジオネル伯はてきぱきと応対する。
俺たちは彼のあとについて、城の中に入った。
「この度の対応、大儀であった。この大所帯では、宿場町にもなかなか泊まれないからな」
「民のために魔王と戦った陛下に、臣下として当然のことをしているだけです。それに……」
ふとジオネル伯は窓に目を向ける。
その先には彼が治める土地の姿があった。
「出陣の際、ウィルヘルム陛下はこの領地を荒らさぬよう、最大限の配慮をしてくださいました。皆さまをおもてなしする余裕があるのは、そのおかげです。兄君様がたでは、こうはいきませんから」
「なっ……不敬ですよ!」
第一、第二王子をまとめて批判され、側近ガストンが鼻白んだ。そういえば、こいつも元は第二王子秘書官だったな。
「控えろ、ガストン。ジオネル伯の言はもっともだ。あのふたりは、現地調達が基本だったからな」
「く……」
「そんな生易しいものではありませんでしたよ」
当然の話だが、戦争には金と飯がいる。
魔族との戦いは全国的な問題であり、王国軍が自前の戦力だけで魔族と戦っていたら、国庫はすぐに空になってしまう。だから、国は派遣先の領主と協力し、食糧や燃料を提供させながら戦っていた。
俺が王位につくまで戦闘の指揮をとっていたのは第一、第二王子のふたりだ。
「魔族討伐は王国軍と領主が協力して行うもの。しかし兄君様がたは、この協定を拡大解釈し、派兵を決めた先の土地から強引に物資を徴収しておりました。有事を理由に、もっとひどい要求をされたこともあります。魔族より王国軍のほうが大きな被害を出した戦も、一度や二度ではありません」
「それは必要なことで……!」
「ライノールの悲劇を見ても、そう言えますか」
「そ、それは……」
王室最大の汚点の名前を出され、ガストンは口をつぐむ。
「ライノール?」
後ろを歩いていたスカルが不思議そうに言葉を繰り返した。
「十年前の事件だ。知らないのか?」
「恥ずかしながら、そのころは研究所で仕事に没頭しておりましたので」
スカルは根っからの研究者気質だ。戦場に放り込まれた後はともかく、それ以前は研究所外のことなど興味がなかったのだろう。
「ここから東、王都の手前にある『ライノール』という村で起こったことだ。当時は今よりもっと魔族が多く、王国のあちこちで人が襲われていた。奴らをまとめて討伐するため、第一王子率いる王国軍が村ひとつまるごと、魔族のエサにしたんだ」
「村人は囮……ですか」
「ああ。作戦は成功して、王都周辺の魔族は一掃された。しかし兄の勝利と引き換えに村の住民はほとんどが犠牲になった。生き残りは、わずか十人程度だ」
我が兄ながら、最低のクソったれ作戦である。
「ライノールに限らず、地方貴族は大なり小なり、同じような経験をしています。だから、ウィルヘルム陛下が魔王討伐にお発ちになった際、行軍ルートの領地を気遣ったことが、心底うれしかったのです」
「そう持ち上げるほどのことじゃない。たまたま国庫に余裕があっただけだ」
兄たちは各領主から物資を巻き上げて地方遠征をおこなっていたが、実はその一方で、税として集められた糧食はそのまま倉庫にため込まれていた。王都に万が一が起きた時に、という建前だったが、それらが民のために使われたことはない。結局ただただ王宮の住民を肥え太らせていただけだ。
税をおさめ、その上で兄たちから遠征費を要求されていた領主たちは、たまったものではなかっただろう。
今回の出兵で王国軍から地方への要求が少なかったのは、俺が王権をふりかざし、ため込まれていた国庫からほとんどの物資を調達したからだ。
とはいえ、これも一度きりの魔王討伐だからできたことでもある。
遠征が長期戦になり、国の財産を浪費することになっていたら、きっと俺も兄たちと同じ行動をとらざるを得なくなっていただろう。
「それでも、国庫を決して開こうとせず地方に負担を強いた兄君様がたと、まず国庫を開くことから始めた陛下では、まったく違います」
「どうだろうな。いまさら方針を変えてはいるが、俺もあいつらと同じ王族。同じ穴の貉だ」
「変わっただけ良いではないですか。中央はともかく、地方貴族の多くはあなたの治世を歓迎していますよ」
つん、と横から服を引っ張られた。
振り向くとアレックスが、こちらを見つめている。
「陛下は、がんばってます」
「がんばってるって、お前な」
なんだその精神論。
がんばりで片付いたら王様いらねえんだぞ。
困惑していたら、ジオネル伯がぷっと噴き出した。
「そうですね、陛下はがんばっておられる」
「ですよね!」
ジオネル伯と盛り上がっているアレックスを止めようとしたら、神官ユリアンにぽんぽんと背中を叩かれた。
「陛下はがんばっておられます」
「がんばってますね」
「がんばってるがんばってる」
だからなんで勇者チームのメンバーまで一緒になってうなずいてるんだよ。どういう状況だよこれは。
「それで? もてなしは風呂だけか?」
居心地の悪さに、無理やり別の話題を振る。
ジオネル伯はうなずいた。
「魔王討伐に尽力された皆様をいやすために、ささやかな宴もご用意させていただきました。ぜひ、ご参加ください。……特に身軽な騎士様方は」
「身軽、か」
含みのある言い方に、俺たちは顔を見合わせた。
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