神官の望み
次に馬車に乗り込んできたのは、神官ユリアンだった。
青い法衣の落ち着いた雰囲気の男だ。魔法使いスカルとは違い、洗練された所作で俺の真正面に座る。
「私のような者のために、お時間を割いていただき、感謝いたします」
「そう硬くならなくていい。今回の面談は非公式なものだ。気軽に発言してくれ」
「かしこまりました」
俺の言葉を受けてユリアンはにこりとほほえむ。
まあ、俺同様人を導く立場にある者が、そうそう本音を表に出してしゃべったりはしないか。俺はそれ以上はつっこまず、褒美希望リストを広げる。そこには流麗な書体で文字が並んでいた。
「お前の希望は、最高位神官への推薦。そして所属神殿への寄進だな」
地位と金は俺が一番与えやすい褒美だ。組織に所属している神官は、希望がわかりやすくて助かる。
「何か補足説明があったら言ってくれ。できるだけ希望を通そう」
スカルのような場合もある。ただ地位を与えて、その先で騒ぎを起こされたら後始末が大変だ。できるだけ周辺情報は聞き取っておきたい。
神官は、ふと視線を落として少し考えたあと、口をひらいた。
「あの……少し、いえかなり不躾なお願いなのですが、今から希望を追加することは可能でしょうか?」
「許す。内容次第だが対応を検討しよう」
ほらみろ、やっぱ何か出てきたんじゃねえか。
許可すると、神官はうれしそうに語り始める。
「陛下の御結婚式での、祝福役に指名していただきたいのです。できれば、御子のご出産の際に編制される医療チームも担当したいです」
「婚姻の祝福、出産医療、どちらも神殿の領分だな。……いいだろう。ガストン、リストに追加だ」
「かしこまりました」
「ただし、出産は王妃と子の命に係わることだ。事前に一定の医療技術審査はさせてもらうぞ」
ガストンがリストに条件も書き加える。
ユリアンはうやうやしく頭を下げた。
「陛下のご懸念、もっともでございます。来たる日のために、最高の医療チームをそろえましょう」
「ならば、よし」
嫁ももらわないうちから結婚と子供の話など、気が早いように思える。しかし終戦のあとにくるのは治世だ。王様を続けるなら近い将来、必ず行う行事である。先を見越して希望を出す意図は理解できる。
「結婚と世継ぎ誕生、その両方に関われば、神殿内でお前の発言力が強くなるだろうな」
「その狙いもあります」
「も?」
なんだ、まだ何かあるのか。
変な理由だったら前言撤回するぞ。
「ふふ、アレックスは大事な仲間ですからね。神官として、結婚も出産も最大限サポートしてあげたいじゃないですか」
「んん“っ?!」
俺は喉から出そうになった変な声を無理やり飲み下した。
「お……お前、なぜそれを」
ガストンや秘書の前では何度も話していた『アレキサンドラ王妃作戦』だが、政治的な影響を考えて、外では話題にしていない。当然勇者チームのメンバーにだって知らせてなかったはずだが。
「彼女の部屋は私の隣ですからね。夜になっても部屋に戻ってこないのは、気配でわかります」
そういやあいつ昨日も俺の部屋で寝てたな!
「神官として、婚前の深い交遊は差し控えるように、と申し上げるべきなのでしょうが、陛下は責任をとるおつもりのようですし、何よりアレックスが楽しそうなので、何も言わないことにします」
「ぜひ、そうしてくれ」
なんかもう、いまさらな気もするが。
「……ちなみに、この件について他に気づいている者はいるか?」
「勘が良い者はそれなりに。士官より、アレックスの生活に近い従騎士や使用人のほうが気づいているようですね。身なりや行動が大きく変わりましたから」
「気づいて上官に報告してる奴もいるだろうな……」
つまり、俺とアレックスの関係は、騎士団内の公然の秘密、と。
あれ、これやばくないか?
この状況で俺がアレックスと結婚できなかったら、騎士からの信頼がめちゃくちゃ下がるんじゃないのか。
「アレックスは、もともときれいな子でしたが、ここ数日で見違えるほど美しくなりました。きっと心の底から陛下をお慕いしているのでしょう。勇者として他者の希望に応えてばかりだった彼女が、自分の幸せをつかむ姿が見れて、とてもうれしく思います」
うっとりとほほ笑むユリアンの表情は、今までとうってかわって、とてもやさし気だ。本気でアレックスの幸せを願っているのだろう。
更なる危機を予感して、ぞっと背筋に悪寒が走った。
ユリアンは最高位神官になることが決まっている男だ。
直接祝福したいとまで言うほど肩入れしている勇者の結婚話が破談になったら、騎士だけでなく神殿までも敵に回すことになる。
外堀が埋まって、喜ぶべきか焦るべきか。
アレックスを王妃にしよう。
俺は再び、強く心に誓った。
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