魔法使いの望み

 最初に馬車に案内されてきたのは、魔法使いスカルだ。

 くすんだ灰の髪に色の薄い青の瞳。痩せた体にローブを着こんだ姿に、なんとなく親近感を覚える。だが、操る魔力はけた違いで、ひとりで山の形を変え川の流れを捻じ曲げた、とも言われる、一騎当千の強者だ。


「褒美について……お話があるとか」


 スカルはこちらをうかがうように、視線を向ける。普段は臆病なたちらしい。

 この気持ちもよくわかる。


「そう緊張しなくていい。お前が望む褒美について、内容を直接確認したいだけだ」


 俺はガストンから渡されたアンケート用紙を広げる。

 そこには小さく几帳面な字でスカルの望みが書かれていた。


「王立魔術研究所への所属復帰、研究所理事への推薦。そして……二度と戦場に召喚しないこと?」


 最後の一文を読んで、俺は首をかしげた。

 研究所への所属と推薦はわかる。職場と権力は誰もが求めるものだからだ。

 しかし、戦場に呼ぶなとはどういう意味なのか。

 ガストンも怪訝そうな顔で付け加える。


「彼は、志願兵だったはずですが」

「だよな」


 勇者チームは、その任務の過酷さゆえに志願兵のみで構成された。戦いに身を投じる誓約書も提出されている。だから戦場が嫌だと言い出す者がいるとは思わなかった。戦っているうちに、嫌気がさしたのだろうか。


「そ、そそそそ、そもそも、誓約書が……誤りなんです」

「どういうことだ」


 視線を足元に向けたまま、スカルはぎゅうっとこぶしを握り締めた。


「私は元々、研究室の内勤希望だったのです。しかし、研究成果を直属の上司に横取りされ……昇進のチャンスをすべて潰されました」

「おお……?」

「ヤケ酒をあおる私に、友人が言ったんです。上司の不正を暴く証拠があると。それを持って法に訴えようと」


 そこまでは美談である。

 だが、彼がここにいるということは、問題が解決しなかったのだろう。


「法の専門家を紹介する契約書を見せられ、サインしました。でもそれは嘘でした。本当は戦争に志願する誓約書だったのです! 酔った私に魔法で改ざんした書類を見せていたんですよ!」


 感極まったのか、スカルは顔をあげる。


「友人と上司は邪魔な私を消すために、罠にはめました! 過酷な戦場ならろくに連絡も取れないし、いつ死んでもおかしくないですからね! 前線を転々とさせられて、身動きが取れないうちに、結婚を約束していた幼馴染は友人の妻になっていました」


 語るスカルの目には涙がたまっていた。

 地位も名誉も奪われ恋人まで取られて、いつ死ぬともしれない兵士生活を強要されるなど、まさに地獄である。


「ですが、私は魔族戦争の英雄になりました。やつらの上司として返り咲くチャンスをつかんだのです。みてろよ……私は学会に……あいつらに復讐してやるんだああああああああ!」


 やべえ、こいつ。

 こんなテンションの人間に、地形を変えるレベルの魔力が与えられてんの?

 王都についたとたん、上司と友人、二人まとめて消し炭にされない?


「……あー、今の話をまとめると、お前の希望は『本来受けるべき評価と待遇を得たい』ということだな?」

「そうです」

「わかった、待遇は保証しよう」

「ありがとうございます!」

「だが……復讐はちょっと待ってくれ」

「なぜですか」


 据わりきった目を向けられ、俺はちょっと身を引く。

 法を司ってる国王の前で堂々と復讐宣言するなよ。

 止めるしか選択肢がなくなるだろ。

 でも、真正面から正論を語ったところで聞かなそうだなあ。望まない戦場生活で倫理観が完全に壊れている。


「あー……せっかく理事にまで推薦してやったのに、復讐でいきなりクビになってもつまらんだろ。どうせなら本来やりたかった、魔法の研究に集中してくれ」

「ですがそれでは」

「もちろん、お前を罠にハメた連中もそのままにはしない。ガストン、褒美のリストに追加してくれ。スカルの上司と友人について、審議官に調査をさせると」

「かしこまりました」

「調べて……くれるんですか」

「お前の話が本当なら、上司は組織の癌で友人は詐欺師だろ。国としてそんなやつらを野放しにできない。厳正な調査の上相応の罰を与える」

「信じてくれるんですか」

「当たり前だ。国を救った英雄の言葉を、無下にはしない」

「そう……ですか」


 すとん、とスカルは椅子に座りなおした。

 鬼気迫る空気がほどけていく。


「わかりました。彼らは、陛下におまかせします」


 そう言ってもう一度顔をあげた魔法使いの表情は妙にすっきりしていた。復讐心を他人に預けて、少し気が楽になったのかもしれない。


「ありがとうございます……アレックスを信じてよかった」

「どうしてそこで勇者の名前が出るんだ?」

「戦場で泣き言を言う私に、彼女が言ったんです。英雄として生き延びろ、そして陛下に訴えろとね。あなたなら、必ず力になってくれると」


 涙ながらに語るスカルにどう返事をしていいかわからず、俺はあいまいにうなずく。

 確かに、俺はアレックスが思った通りの行動をとった。だから彼女の言葉は間違っていない。だが俺は彼女にそこまで信用されるほどのこと、しただろうか?

 あいつとまともに話したのは、戦勝パーティーの夜が初めてだ。

 時系列と行動がまったく合わない。

 スカルの問題は片付いたが、俺には謎が増えてしまった。

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