おうちに帰るまでが戦争です


 さらに数日後、王国軍はやっと帰還準備を整えて王都への道を進みはじめた。

 集めた兵一万のうち五割は各地の領主から借り受けた派遣兵。四割は直轄領から集めた地方在住兵。派遣兵は領主の元へと送り出し、地方の兵はもとの勤務地へと向かわせる。魔の森を警戒する城塞にもそれなりの数を残したから、王都に戻るのは約千人弱だ。俺と勇者チームもこの王都帰還部隊に組み込まれている。

 兵たちのほとんどが歩き、一部が馬に乗るなか、俺は専用の馬車だ。

 上の兄たちなら悠々と馬に乗っていったのだろうが、俺の乗馬の腕では行軍の足をひっぱってしまう。

 これはサボりではない。適材適所だ。


「陛下、報告書と筆記具をお持ちしました。馬車の中でご覧ください」

「ご苦労」


 乗り込みながら秘書官から書類一式を受け取る。

 馬車は動く執務室だ。ゆれさえ気にしなければ仕事もこなせる。

 渡されたものを確認していると、秘書官から妙な視線を向けられていることに気が付いた。


「なんだ?」

「いえ、あまりご無理なさらず、と申し上げようとしたのですが……思いのほか、顔色が良かったもので」

「最近、早くに寝てるからな。アレックスのせいで」

「勇者様、ですか?」


 秘書官の疑問に俺はあいまいな笑顔を返す。

 脱走兵の一件で味を占めたのか、勇者はことあるごとに執務室に顔を出すようになった。やれ昼食を食べようだの、いい酒があるから飲もうだの。夕食を一緒に食べて、そのまま部屋に泊まっていくまでがワンセットである。

 規則正しく三食食べて、軽い運動して深く眠るのだから、そりゃ健康になるというものである。最近腹の筋肉が割れてきてるのは多分気のせいじゃない。


「私はあまりいいことと思いませんが」


 遅れてやってきたガストンが、ため息をつく。こいつはいまだにアレックス王妃反対派だ。


「お前もあいつが来るようになって助かってるだろ」

「砦周辺の魔族討伐の件ですか? 勇者の職務でしょう」

「それだけじゃない。あいつが裏で動いてくれるおかげで、軍内部の調整が楽になった。俺を虚弱王とナメてる騎士連中も、アレックスの言うことなら聞くからな」


 アレックスはただ執務室に遊びにきてるわけじゃない。デスクに積み上げられた騎士たちの訴えに目を通し、かたっぱしから解決して回ってるのだ。現在俺の手元残っているのは金勘定などの国王が決済すべき仕事だけだ。

 武勇の才に乏しい内政特化型の俺にとって、最強の相棒と言える。

 そのついでに、夜のほうも付き合わされるのだが。まあ……回数を重ねてお互いの体を知って、余裕が出たというか良さが増したというか、無我夢中だった初回よりずっと気持ち……いやこんなところで反芻してどうする、俺。


「とにかく、能力面でも、あいつほど王妃にふさわしい女はいない。いいじゃないか、それで」

「……どこの誰とも知れない者ですのに」

「それを言ったら俺も侍女の子だ。こだわっても意味がない」

「……」

「この話はこれで終わりだ。もう言ってくるな」


 俺は、ガストンの返事を待たずに馬車に乗り込む。

 と、ドアを閉めようとした秘書官に最後の指示を出した。


「午後から、休憩にあわせて勇者チームの面談をする。アレックス以外を順番に連れてきてくれ」

「エドワード様たちですね。勇者様ぬきで何をお話されるんですか」


 近衛兵の疑問に俺はうなずく。


「褒美の相談だ」

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