スピード解決
「とはいえ、口説き落とすのは至難の業だな」
数日後、戦の残務作業に追われながらも、俺は仕事とは別のことに頭を悩ませていた。
どうやったらアレックスを王妃にできるか、である。
これは相当な難題だ。
貴族子女なら王の威光の効果があるが、相手は身よりのない一般庶民。王侯貴族に比べてずっと身軽で自由だ。権力を嫌って単身国外に出られたら、捕まえられない。
勇者として騎士団に所属している間に決着をつける必要がある。
当たり前の話だが、どんな恋愛指南書にも「初夜を共にしたくせにプロポーズを断る不届き者を口説く方法」なんてものは書いてない。
何か追加でプレゼントすべきか?
人を動かすものといえば、地位と金だが、そもそもあいつは王妃というこの国の女性最高位を拒否している。金に困っているとも考えづらい。あの美貌だ、ちょっと微笑みかけたら男からも女からも金銀財宝を貢がれるだろう。
他に人がほしがるものといえば、好ましい異性だが……俺はそのあたりでしくじってそうなんだよなあ。
見た目は許容範囲のはずだ。
本人が童貞ほしいと言い出したくらいなのだから、ダメではないだろう。
黒髪黒目の地味な容姿をこれ以上どうこうできないという事情もあるが。
昨日の夜が不満だったか?
そりゃ初めてのことだから、多少の不手際があったのは致し方ないと思う。アレックスも慌てていたから、そこはお互い様の範囲だろう。
あいつが『初めての男』にしか興味が持てない特殊性癖だったとか……いやいやいや。さすがにそれはない。
マジでこれどうしたらいいんだ。
「陛下、部隊再編の報告書をお持ちしました。帰還計画書もあわせてお渡しいたします」
「ああ、わかった」
ガストンが差し出してきた書類に目を落とす。
「王都への帰還準備は順調に進んでいるようだな。 執務で問題が起きてないのは助かる」
軍で問題が起きれば、妃がどうとかのんきなことを考えていられない。
「本気であの方を、王妃になさるおつもりなんですね」
「冗談でこんなこと言わない」
「しかし……」
「くどいぞ、この決定は……」
「大変です!」
突然の声が、俺たちの会話を遮った。近衛兵のひとりが、息を切らせて執務室に飛び込んでくる。
「なにごとだ?」
「兵の一部が……魔の森に入っていきました……!」
慌てて、砦のバルコニーに出てみたら、帰還準備中の兵たちがざわついていた。物資を格納したテントと馬小屋周りに、人だかりができている。
「少し前から、『魔の森を開拓した者は、その土地を自分のものにできる』という噂が流れておりまして……それを信じた者が、いち早く森を己のものにしようと物資を持ち出していったそうです」
「なんてアホなことを」
「魔王が倒されたといっても、いまだ森の中は魔物の巣ですよ……」
あきれる俺の隣で、ガストンも額に手をあててうめき声を絞り出す。
労働の報酬として、開拓民に土地を与える法は確かに存在する。だが、それは領主の開拓政策にのっとった上での話である。
魔の森はすでに戦争の貢献度にあわせて各領主に分配されることが決まっている。勝手に入って、勝手に所有権を主張していい場所ではないのだ。
「連れ戻せ! 今すぐにだ!」
俺は叫んだ。
今森に入っていった者は、早晩行き詰って死ぬだろう。
荒地の開拓はそう簡単にできることじゃないからだ。補給も後方支援もなしに魔の森に居座ったところで、野垂れ死ぬのがオチだ。
だがこれを放置すれば、第二第三のアホ開拓者が出る。
せっかく魔族との戦いから生き残った命を、無駄にさせられない。
「わ、わかりました! 今すぐ部隊を編制しなおして、捜索に向かいます」
「ああそれで……」
追加の指示を出そうとした俺たちの耳に、動物の鳴き声が届いた。この甲高い叫び声のような音は、飛竜のものだ。
空を振り仰ぐと、白銀の竜が一頭、まっすぐこちらに向かって飛んでくる。
アレックスだ。
いや……なんかあの飛竜のシルエットおかしくないか?
足から何かがぶら下がってるんだが。
「陛下、脱走兵をお連れしました!」
「ええー……」
飛竜はその足に、何人もの人間を括りつけていた。縄で縛られて逆さ吊りである。
装備から察するに、つい昨日まで王国兵だった者たちのようだ。
飛竜に振り回されたのがよっぽどショックだったのか、ほぼ全員が泡を吹いて気絶していた。
アレックスは飛竜を操って兵たちを中庭に転がすと、優雅にバルコニーへと舞い降りてきた。
「何やら悪だくみをする者がいたので、飛竜で追いかけて全員捕まえてきました! 彼らが持ち出した馬や物資は一か所に集めて、のろしを焚いておきました。陽のあるうちに回収に向かえば、魔物に荒らされることもないかと」
「ご……ご苦労」
事件発生を聞いた次の瞬間に犯人が届けられる。
とんでもないスピード解決である。
すごすぎてそれしか言えない。
いや、ひとつアレックスに言うことがあったか。
「お前のおかげで助かった。何か褒美を出そう」
「それなら……」
アレックスはするりと身を寄せると、俺の耳の近くでささやいた。
「今晩、陛下の寝所で過ごす権利を」
「は?!」
体を離し、こちらを振り返る彼女の笑顔は艶やかで、武装しているのに妙な色気があった。つまり、ほしいのはそういう意味での褒美なんだろう。
なんでだよ?
お前俺のプロポーズ断ったよな?
それで誘ってくるわけ?
「いいだろう。与える」
都合がいいから許可するけど!
お前本当に何考えてるんだ?
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