勇者の正体
「ちょっと待て、童貞って、童貞であってるか。女を抱いたことがあるとかないとかそういう……」
「それであってます。私は陛下の童貞がほしいです」
確認したら肯定された。
童貞ってなんだ。
いやそもそも。
「なんで童貞だって思うんだよ」
「王室の方々はご結婚されるまで身を清く保たれると聞きました。陛下は、即位されたばかりで王妃様もご婚約者様もいらっしゃらないですよね?」
「……うん、まあそうなんだがな」
実は、俺が王位についたのはつい数か月前だったりする。
元の身分はグランディア王家第四王子だ。
俺は王家の末っ子、しかも身分の低い侍女が産んだ四番目ということで、誰にも期待されず王宮の隅で育った。その生活が不幸だったかというと、そうでもなく。王宮の図書館で本に埋もれて、気楽に学問を修めた子供時代はかなり幸福な時間だった。
王の子とはいえ後ろ盾のない身分の低い子が、派閥を作るのは危険だ。だから妻を取らず、恋人も作らず、誰の得にも邪魔にもならない、王家をサポートするだけの存在として生きてきた。
俺の運命を変えたのはやはり、魔族と魔王だ。
異形の化け物相手に勇ましく戦っていた第一王子が戦死。その戦のあとを引き継いだ第二王子もやはり戦死。武勇に秀でた王子ふたりを亡くした先代国王、つまり俺たちの父も失意で体調を崩し、そのまま帰らぬ人となった。
本来の順序であれば、ひとつ上の兄、第三王子マティアスが即位するはずだった。
しかし直前で体調不良を理由に戴冠を辞退。急遽誰からも忘れられていた末っ子第四王子が王位につくことになったのだ。
マティアスお前つい昨日までぴんぴんしてたじゃねーか。とか、王族として魔族と戦うのが嫌なだけだろ。とか、いろいろ言いたいことはあったが、他に人材もいなかったので、引き受けた。
魔族が怖くて指揮なんかとれません、とか言う臆病者を無理やり玉座にすえたところで、国が滅ぶだけである。
そんな状況で王になったものだから、いまだに王妃も婚約者も、まともな後ろ盾もない。
側近のガストンだって十年来の家臣みたいな顔をして仕事しているが、実は元第二王子専属秘書官だ。主人が戦死したあと、人手不足を理由に俺の下に回されてきただけである。
……当然、いまだに童貞だ。
だから勇者に与える褒美そのものは、持っているのだが。
「……童貞はちょっと難しいな」
「や、やっぱり、不敬でしたよね。申し訳ありません」
「いやお前が悪いとかそういう問題じゃなくてだな。俺が……その、男を性的に見る嗜好を持ち合わせてなくて」
「……?」
きょとんとしているアレックスは、美男子だが、やはり男である。どんなに美しくても、抱きたいという気持ちにはなれない。
「処女がほしいとかなら、まだなんとかなると思うんだが」
抱かれる側なら身を任せるだけだ。なんとかなるかもしれない。
そう提案したら、勇者はぶはっと噴きだした。
おい、笑うなよ。
こっちは真剣に考えてるんだからな?
さすがに無礼討ちにすんぞ。
「い、いえ……申し訳ありません。勘違いして悩まれるお姿が、あまりにかわいらしくて」
「勘違い?」
「私のフルネームは、アレキサンドラ。性別は女です」
「おんな?」
一瞬、思考が飛びかけた。
女?
このキラキライケメンが女?
確かに他の騎士に比べてほっそりしてるし、詰襟の騎士服からのぞく首も細いし、手袋をした手も小さい。言われてみれば女に見えなくも……いやいやいや。
「おんな? え? まじで?」
「お確かめになりますか」
アレックス、いやアレキサンドラは上着の合わせをくつろげた。
俺の手をとり、その中へと招き入れる。
「……あ」
こわばる俺の手に触れたのは、間違いなくやわらかな女のそれだった。
「国王であるウィルヘルム陛下が、いずれご結婚されることはわかっています。一兵卒にすぎない私の想いが決して叶わぬことも。ですが……だからこそ、あなたの初めての女という栄誉をくださりませんか」
「……、わか、った」
俺はアレックスに誘われるまま、一夜を過ごした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます