戦後処理

「ふあ……さすがに眠いな」


 魔王討伐の翌日、俺は城塞の執務室で仕事に追われていた。

 戦争とは、勝ったら即終わりになる、という類ものではない。

 死者の収容、負傷者の手当、戦場にばらまかれた武器の回収、残存部隊の再編制などなど……生き残った者の仕事は戦闘前よりも多い。もちろん、すべての責任者である国王の前にも仕事が山積みだ。とうに日が落ち、そろそろ日付も変わろうかという時間だが、一向に減らない。


「陛下おひとりで抱えすぎです。宴に参加している者を何人か呼び戻してまいりましょうか?」


 側近のガストンが心配そうに声をかけてきた。彼の手にも、部隊の編制案や兵糧の再分配案などの書類が何十枚も握られている。


「いや、いい。やっと魔族との戦いに終わりが見えたんだ。戦勝パーティーくらい、ゆっくり楽しませてやれ」


 それに、と俺は報告書に目を向ける。


「勇者アレックスが迅速に魔王を倒してくれたおかげで、予想よりずっと死傷者が少なかった。遺族対応が大幅に減ったぶん、他の仕事に手を回せる。これなら、俺が少し苦労すれば収まるさ」

「勇者アレックス、ですか……」


 ふう、とガストンが息をつく。


「なにか、気になることでも?」

「あの方に問題は何も。彼は間違いなく、この世界を救った勇者です。ですが……少々周りがもてはやしすぎでは……ないかと」

「ストレートに、俺より人望あるって言っていいぞ」

「い、いえっ! 決してそのようなことは!」


 慌てる側近を、俺は冷静に見つめる。

 勇者アレックスは、誰もが目を奪われる美丈夫だ。物腰柔らかく、兵からの信頼もあつい。その上、魔王討伐である。これで人気を集めるなというのが無理な話である。

 功績をあげた者は評価されるべきだ。

 しかし、国王としては手放しに祝福してられない。


「今まで魔王に敗北し続けてきたグランディア王家を排して彼を王に、と言われだしたら困るよな」

「……左様で」


 ガストンは神妙にうなずく。

 勇者に排除される王家の長は俺だ。アレックスが王になったら、露頭に迷うことになる。側近のガストンも道連れだ。人気があるからといって、そう簡単に玉座を渡すわけにはいかない。


「慣例に照らし合わせれば、姫君のどなたかとご結婚していただき、新たな王族として国に加わっていただくのが妥当と思いますが」

「今の王室には女子がいない……」


 何がどうなっているのか知らないが、なぜか王族は魔族から狙われることが多かった。俺の世代は、母親違いもあわせて姉が四人と従妹が八人いたが、全員魔族に襲撃されて殺されていた。残っているのは産まれたばかりの赤ん坊ぐらいだ。

 さすがにこれでは縁談が成立しない。


「……いっそ、いなくなって頂いたほうが」

「ガストン」


 暗殺を示唆した側近を、俺はじろりとにらみつけた。


「それは、ナシだ」

「……」

「言いたいことはわかるがな。あいつは、俺の命令で、死地に飛び込んでいったんだ。王家は家臣に報いるために存在する。命がけで戦った者に決して仇なしてはならない」


 俺はデスクに書類を投げ出して、立ち上がった。


「気が変わった、今日の仕事はここまでにする」

「陛下……お気に障られたのなら」

「いい。必要な提案だ。……二度と同じことを言わないのなら、不問とする」

「……は」

「お前も休め。お互い疲れてるから、ロクなことを考えないんだ」


 頭を下げる側近を残して、俺は執務室を後にした。


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