魔王、討伐
アレックスにとんでもない褒美を与える、数日前。
俺は国境を守る堅牢な城塞にいた。
城門を見下ろすバルコニーからは、王国各地から集まった屈強な兵士たちが並んでいるのが見える。その数約一万。国内最大戦力である。
俺は大きく深呼吸すると、兵たちに呼びかけた。
「諸君、よく集まってくれた。私がグランディア国の王、ウィルヘルムだ」
ざわ、と兵たちがわずかにざわめく。彼らの視線の多くは、懐疑的なものだった。
その気持ちはわかる。
王と言っても俺はまだ若干27。若造と呼ばれる歳だ。
体はやせぎすだし、黒髪黒目の顔立ちも地味だ。一目で『ついていきたい!』と思われるタイプじゃないのは、自分がよくわかっている。
だが、今グランディア王家で、兵を率いることのできる王族は俺しかいないのだ。従ってもらうほかない。
俺はゆっくりと口を開く。
あせるな。
高い声の早口は小物のやることだ。
威厳を持って、兵に言葉を届けろ。
「我々は、全人類の生命のため、ここに集まった」
これは誇張表現ではない。
この世界には通常の生物とはかけ離れた異形の生物が存在する。それらは『魔族』と呼ばれ、古くから俺たちの生命を脅かし続けていた。
「他の動物など目もくれず、人類だけを獲物として襲う魔族は、まさに天敵である。魔族との戦いは、人類生存のための戦いと言っていい。ここに集まった者の中にも、友人を、恋人を、家族を魔族に殺されたものがいるだろう」
そしてそれは、少数派ではない。
「だが、長い闘争の果てに、我らはある事実を突き止めた!」
新情報と聞いて、兵たちの意識が一斉にこちらに向いた。
悪くない流れだ。
「ひとつ、魔族が違う世界からやってきた存在であること。
ひとつ、異世界からこちらへ魔物を送り込む『門』の役割をする『魔王』がいること」
俺はもう一度息をつく。ここからが一番大事なことだ。
「ひとつ、この『門の魔王』を倒せば、異次元とのつながりが切れ、奴らは二度とこの世界に来れなくなること!」
しん、と一瞬あたりが静まり返った。
人は大きな希望を目の前にすると、受け止めきれなくなるものだからだ。
「お……恐れながら……」
バルコニー下に並んだ兵のひとりが、手をあげた。
「発言を許す」
「もしかして、魔王を倒せば、もう魔物が出なくなるんですか」
「すでに召喚された魔物はそのままだが、少なくとも新たな魔族はあらわれない」
「……!」
魔族がいなくなる。
そう聞いた瞬間、兵たちの顔つきが変わった。
国民の多くは魔族との闘争に疲れ果てている。戦いの終わりほど、希望をもたらすものはないだろう。
「見ろ、あの丘の先に建つ遺跡を! あそこに『門の魔王』の根城がある。あれを叩けば、我らの勝利だ!」
おお、と希望に満ちた声があがる。
「だが、魔族も我らの攻勢をただ眺めているわけではない。門の魔王はその身を守るため、今も次々と強力な魔族を召喚し続けている。諸君にはまず奴らと相対してもらいたい」
「増え続ける魔族と、ひたすら戦え、ということですか」
ふたたび質問が投げかけられる。これはあらかじめ仕込んでいた質問役のセリフなので、俺はそのまま答えを返す。
「もちろん、それだけではない。諸君らが複数の魔族と戦っている間に、少数精鋭の特攻部隊が遺跡を急襲し、魔王の首を取る」
ただでさえ危険な魔物がひしめく根城に乗り込んで、魔王を倒すなど正気の沙汰ではない。通常なら考えられない作戦だ。しかし、それを可能とする人間たちがいた。
「特攻部隊のメンバーを紹介する。騎士、エドワード!」
俺は待機していた特攻部隊に声をかけた。まず最初に来たのは、黒い飛竜にまたがった騎士団所属の戦士だ。大柄で屈強な彼は見た目だけですでに頼もしい。
「神官、ユリアン!」
次に現れたのは青い法衣を着た神官だった。まだ年若いが、兵たちに注目されている中でも落ち着いた様子で飛竜を操っている。その次に現れたのは、黒いローブの男だ。彼だけは飛竜にしがみつくようにまたがっている。なんとなく親近感を覚える雰囲気だ。
「魔法使い、スカル!」
兵が見守るなか、魔法使いはどうにかこうにか神官の隣に並ぶ。
そして俺は最後のひとりの名前を呼んだ。
「勇者、アレックス!」
わあ、と兵たちから歓声があがった。
白銀の鱗をまとった飛竜に、金髪のすらりとした美丈夫が乗って現れたからだ。彼は兵たちの上を優雅に旋回する。誰も彼も、アレックスに見とれて思わずため息をもらした。
なあ、俺の演説よりコイツが登場した時のほうが、兵士のテンション上がってない?
士気が高いのはいいことだけどさ。
勇者たちはバルコニーに降りてくると、そろって俺の前に頭をたれた。
「魔王急襲特攻隊、勇者チーム。王の御前にまかりこしました」
「大儀である。……勇者たちよ、そして王国の誇り高き騎士たちよ! 門の魔王を倒せ! 魔族から人の平穏を取り戻すのだ!」
「はっ!」
アレックスを先頭に、兵士たちが出陣していく。
そして……俺たちは勝利を手にしたのだった。
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