悲劇のその後

 めちゃくちゃな婚活パーティーの二日後、王国軍は王都に向けて行軍を再開した。

 ホールからイケメン目玉商品アレックスを連れだしたことで、ご令嬢たちからはさぞ恨まれているだろう……と思っていたが、予想に反し、彼女たちは笑顔で俺たちを送り出した。

 俺とアレックスが並んでいるのを見て、アレ×ウィルとかウィル×アレとかよくわからない単語が飛び交っていたが、全員楽しそうだったので追及しないでおいた。

 悪感情がないなら、それでいい。


 その後順調に移動を続けた俺たちは、王都まであと少しというところで、ふたたび行軍の足を止めた。

 休憩のためではない。

 道がなくなっていたからだ。


「これは見事に破壊されていますね……」


 側近ガストンが川を見下ろしながら言う。川底にはすすけた材木や石がいくつも転がっていた。街道の要所、グラディル大橋だったモノだ。

 おい誰だこんなことしたやつ。

 この橋は王国西部と王都をつなぐ交通の要だぞ。

 建設と維持メンテナンスにどれだけ金がかかってると思う。

 俺はちらりと後方を見る。そこには軍馬と荷物を抱えた千人近い騎士の群れがいる。この大所帯で、石だらけの川を渡れとか無理だろ。

 かといって、この近くには馬車が通れそうな橋が他にない。


「なぜこんなことになってる? 魔族災害か」

「いえ、人為的なものでしょう」


 川底のがれきを見つめていたスカルが答えた。


「魔族は基本的に人間以外に興味を持ちません。人間を襲おうとして砦を破壊することもありますが、やはり『人間のついで』なんですよ。しかしこのがれきは規則正しく壊れているでしょう? 間違いなく、人間の計画的な犯行です」

「人間のしわざ、か。だとすれば目的は何だ」


 魔法使いは首を振る。


「わかりません。私にできるのは状況分析だけですので」


 研究者に結果以外の答えを求めてもしょうがない。

 俺は顔をあげて、目の前の風景を見渡した。


「西側の領主たちではない。王都との流通が止まれば自分が困る」

「同様に王都貴族の可能性も低いでしょう。西からの食糧が入ってこなくなれば、市民の生活に影響が出ます」


 ガストンの言葉に、俺もうなずく。


「王都は南と東にも街道が残されているが、まあそうしておこう。旨味がないのは確かだ」

「というより、破壊で得する人間っているんでしょうか」


 話を聞いていた神官ユリアンが首をかしげる。


「だよな……困る人間はすぐ思いつくが、喜ぶ人間が想像つかない」

「じゃあ、誰かを困らせたかったとか?」


 アレックスがこてんと首をかしげた。


「困る……誰が?」

「まず、陛下がお困りになってます」

「そりゃそうだ」


 帰還すべき兵を抱えて立ち往生だ。

 止まれば止まるだけ、余計に物資が消費される。


「はっ、もしかして……!」


 ガストンの顔がさあっと青ざめた。


「王家に恨みを持つ者のしわざでは!」

「根拠は?」

「橋のすぐ南は、もともとライノールの村があったところです。生き残った者が近くに移り住んだとも聞いています。王族が通ると知り、行軍の足止めを仕掛けたのでしょう。そして、橋のたもとにとどまった私たちを夜闇にまぎれて……」

「可能性はあるな」


 王家が民にどれだけ犠牲を強いて、どれだけ恨みを買ってるかは知ってる。

 そして『兄のやったことだから』と簡単に責任転嫁できないことも。


「だったら、周囲に斥候を出して……」

「お、恐れながら!」


 近くに待機していた兵のひとりが声をあげた。あまり見覚えのない顔だ。

 勝手な行動に出た兵を制しようとしたガストンを止める。


「発言を許す。言ってみろ」

「俺はすぐ隣の村に住んでたから知ってます。彼らはウィルヘルム陛下の味方です。第一王子殿下はともかく、陛下に刃を向けたりはしません!」

「なぜ、そう思う?」

「彼らを助けたのは、陛下御自身ではありませんか……」


 ガストンはびっくり顔で俺を振り返る。

 そんなこともあったっけな。


「詳しく説明してもらっても?」


 神官ユリアンが水を向ける。兵はこくこくとうなずいた。


「魔族討伐の囮にされたライノールは、子供ばかり十人ほどを残して全滅しました。その戦後処理に訪れたのが、ウィルヘルム陛下でした。陛下は人買いに売られようとしていた子供をすべて保護してくださいました」

「……当然の処置だ」

「しかも、ただ保護しただけでなく、孤児院を建て教師を派遣し、全員が職につけるよう道筋をつけてくださいました。その活動は他地方にもに広がり、全国的な魔族災害孤児救済活動につながったのです。ライノールの子たちは……いえ、魔族災害孤児は、全員ウィルヘルム陛下をお慕いしております」


 ガストンのびっくり顔が、さらに恐ろしいものを見る顔に変わった。


「いつ……そんなことが……?」

「地方の孤児救済なんて、中央貴族院の議事録に載るような案件じゃないからなあ」


 第二王子づきだったガストンが知らないのは無理もない。


「それでも、なぜ陛下がその件をお話しにならないのです! ご自分の功績でしょう」

「汚点の後始末なんて誇れるかよ。村ひとつなくなってるんだぞ」


 子供を助けたからって、大人を死なせた言い訳にはならない。

 それに、俺のやったことだって、あんまり褒められたもんじゃない。


「あれはなあ……若気の至りだったんだよな」


 告げると、その場にいた全員が怪訝そうな顔になった


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