寝室だけで語られる世迷言

 深夜、ようやく王城に凱旋した俺は、王の寝室に足を踏み入れた。

 開始五分で総大将を討ち取られた第三王子軍は即総崩れして降参。ほぼ無血開城に近い形で王都は開放された。老宰相ディオスは、王都封鎖に加わった騎士の助命嘆願書を手に自決しているのを発見された。俺とマティアスの対決が避けられないと悟った時点で、全ての罪を背負って死ぬと決めていたようだ。

 つい一年ほど前まで父の部屋として使われていた寝室は、新たな王の部屋として新しく整えられている。

 マティアスの遺体の処置や、あいつに手を貸した連中の処断など、やることはまだあったが、今日はもうそんな気にならない。一旦寝て、続きは明日からだ。


「陛下、お召しでしょうか」


 アレックスが部屋に入ってきた。

 いつもと同じ男装だが、武装は解いている。風呂にでも入ったのか、近くに来るとふわりと花のいいにおいがたちのぼった。

 俺は無言で彼女を抱きしめて、そのまま広いベッドに倒れこむ。

 高い体温と、なめらかな肌が心地いい。

 男に力いっぱい抱きしめられたら、いくら勇者でも痛いだろうに。彼女は微笑んだまま俺の背中を抱き返す。


「……なんで、ああなるかな」


 言葉とともに吐き出した息は重い。


「俺は見逃してもよかったんだ。戦わなくても、役立たずでも、敵対しないでいてくれたら」


 捨て駒にしたことも

 死地に追いやったことも

 暗殺者を仕向けたことも

 全部無駄だとあきらめて、おとなしくなってくれるのなら、見ないふりをしてもよかった。


「あいつはそれでも家族で、たったひとり残った兄弟だったから」


 さげすまれていることは知っていたが、憎いという感情はなかった。それは、父も上の兄もそうだ。

 しかしマティアスはそうじゃなかったらしい。

 王という立場以外認めなかった。

 自分の求める権力の前には、俺の命なんてどうでもよかった。


「それじゃ、殺すしかないじゃないか……」


 王権を手にした俺には、逆賊を許すなんて選択肢は存在しない。

 討つしかなかった。

 理屈はわかっていても、肉親殺しの事実は重く心にのしかかってくる。


「アレキサンドラ」


 俺は勇者の胸にすがりつく。彼女はされるがままだ。


「そばにいてくれ……王妃として」

「かなりぐっときますけど、やっぱり嫌です」

「お前この状況で断るか? 普通」


 弱ってる男にトドメを刺すようなこと言うなよ。


「私は陛下に頼られたいですけど、依存されたいわけじゃないので」

「なんだその理屈」


 アレックスはつ、と俺の唇に人差し指をあてた。


「いいですか? これから大ヒントをさしあげます」

「ん?」

「私はあなたを愛しているのです。……わかってください」

「……うん?」


 アレックスが俺に惚れているのは、さすがにもうわかっている。

 どれだけ執着されているのかも。

 だからこそ、求婚が断られる理由がわからなかったんだが。

 それは、俺を愛しているから?

 愛しているから、断っていた?

 なぜなのか。

 考え込む俺の胸に、ちゅ、とキスが繰り返される。

 彼女の腕に抱かれながら、俺はやっと相手の気持ちに向き合ったのだった。



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ラストまで一気に読んでほしかったので、今日も2話更新です。

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