第2話 ずるーい……ですよ
やはり小心者なのだと、ヤスオは改めてする自己評価だ。
恐怖に勝って気になる世間体である。
外出したくなる秋うららかな陽射しの昼下がりである。高層ビル前に広がる公園は人通りが多い。況してや噴水前を待ち合わせの場所として利用する者は自分たちだけでない。
「ちょ、ちょっと、ふたりとも大声で……周りの人に迷惑ですよ」
慌ててたしなめるヤスオは他人の目を気にして、忙しく顔を振り向けていた。ちょっと挙動不審なくらい、おどおどあちこちへ視線を配っている。
外から見れば滑稽に通じる仕草だ。
笑いをさらなる延長へ導いてしまっていた。
「もう、やっちゃん。鉄バットって、なに?」
大ウケの彼女から訊かれても、ヤスオは何がおかしいかまで頭は廻らない。
「あれじゃねーの、鉄パイプと金属バットをごっちゃにしたんじゃね。だろ、ヤス」
的確な分析にヤスオは感心しそうになった。
が、うなずく前に気づく。
やばいもの肩に担いだ本人に言われたくないです、と口にする寸前で正体を見極めた。
色はシルバーで、大ぶりだ。
けれども所詮は、傘だった。
勘違いにしても程がある。なんて恥ずかしい。
恥ずかしいと言えば、鉄バットを掲げているとした人物に対しても見誤っていた。
喧嘩に明け暮れている不良どころか、すらりと背の高い女性だった。ミドルショートの黒髪で、片目を隠すように前髪を垂らしている。カジュアルジャケットにパンツといったハンサム女子といった格好だ。
つまり一般人に違いない……なんて早計であった。
「でもヤバそーなヤツだったら、鉄バットの代わりにする気だったけどな。そのために用意した傘だし」
好天に不要な代物は物騒な理由で用意させていた。ヤスオの印象はあながち的外れでもなかったようだ。
つまり一安心などしている場合ではない。新たな闖入者も親しげにくるが油断はならない。
そもそも女性に縁もゆかりもない自分の人生だ。そこへいきなり降って湧いた美人に属する二人である。まったく見覚えはないのに、以前からの知り合いみたいな態度で接してくる。
ははぁ〜ん、とヤスオは閃いた。
安い人生の道はこれからも続くだろう。冴えない日々は終わりが見えない。それでも四十歳手前まできた、いちおう社会人である。
勧誘なんかに引っかからないぞ! と思い至れば自分なりに毅然と言い放つ。
「申し訳ございませんが、アンケートにも無料体験にも興味はありません。絵画は見るのは好きですが購入はあり得ませんし、モデルやタレントなど、こんな自分では考えられないようなお話しもお止めください」
今度は笑われなかった。ただし発言者の断固たる意志に押された感じではない。
たぶん、いや間違いなく唖然としている。意表を突かれすぎて、あんぐりといった二人の態度だ。
そして二人が我れに還れば従来通りだ。
またもヤスオが周囲の目を気にするほどの大爆笑が湧き起こった。
「おもしれーな、ヤスって。ミアの予想以上じゃねーか」
「でしょ。だからやっちゃんは大丈夫だっていったのに。ナミは心配しすぎ」
笑い転げる二人を見ながら、ヤスオとしては取り敢えずである。
やっちゃんと呼ぶ、長髪をブラウンに染めたほうはミア。
ヤスとくる、ミドルショートの黒髪は、ナミ。
どうやらやっと名前と思しき響きを基に判別を出来そうだ。無論、知り合いどころか記憶のリストにもない。警戒は緩められない。
そう言い聞かせながらもだ。好感とまでいかなくても悪い印象を抱かれていなさそうだ。それが安堵を越え嬉しくなっている。結局はチョロい男なんだよな、と承知しつつだ。
「すみません。ふたりともぜんぜん憶えていなくて。誰だか、ホントわかりません。まったく申し訳ないのですが、どうか教えていただけませんか」
と、ぺこぺこといった調子で尋ねた。
肩を並べていた彼女たちが顔を見合わせている。目で会話をすませたようだ。
ミアと呼ばれる彼女が立てた人差し指をまず自分へ向けた。
「わたしが『レオン』それでこっちが『アラン』」
人差し指が隣りに立つナミを差していた。
対するヤスオの反応は周囲も構わずだ。
ずるぅーいですよー、と大声を上げてしまった。
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