第3話 すっかり……プレイに夢中です

 崩れた城壁の手前で遭遇した。


「いいですか、相手は魔法防御に特化しています。我々の力では長期の打撃戦しか勝利の道は見えません」


 フード付きローブをまとう真面目を絵に描いたような魔術師が指示を出す。


 対するモンスターは巨大骸骨戦士ジャイアント・スカルソルジャーだ。剣を振り回すだけの下級ではなく、魔法も跳ね返す瘴気をまとう上級に位置する。直接に打ち倒すしかないのだが、長くそばにいれば毒にやられてしまう。難敵であった。


「なら、斬って斬って斬りまくってやるよ」


 やんちゃ丸出しで美少年が剣を振りかざしていく。力を奪う瘴気も気にしない。ガンガン斬りつけていた。


「まったくレオンは相変わらず無茶します。敵の注意をしばらく引きつけていただけませんか、ヤス」


 呆れながらも魔術師アランが出す指示に、うなずく筋骨隆々の戦士だ。銀に輝く西洋甲冑の男はバイザーを降ろせば、盾を前面に押し出し向かっていく。


「頼んだぜ、ヤス」

「お願いします、ヤス」


 威勢いいレオンに、沈着を崩さないアラン。けれども二人が寄せる信頼は強い。

 巨大骸骨戦士の攻撃を一身に引き受けたディフェンダーのヤスだった。


  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「なにやってんだよ、ヤスオ。やられてんじゃねーよ」


 常に冷静なアランはキャラなんだ、とつくづく思い知らされる中の人である。本名は、杉谷凪海すぎや なみ。画面を睨みつける眼光は鋭く、片目を隠すような髪型も凶暴さを彩っているようだ。


「仕方ないじゃないですか。こっちはキーボードないんですし」


 日常会話なら押されるヤスオもゲームのこととなれば反駁できた。


 オンラインRPG『スタルシオン』戦闘相手が上級になればなるほど、ここではチームと呼ぶパーティーにおける各自の役割分担が鍵となる。


「回復が必要なら早く言えよ。ディフェンダーだと、まだ大丈夫だろって甘く見ちまうんだよ」


 ヒーラーのアランこと凪海なみの口振りは汚い。


「そっちだってこっちがコントローラーだけなこと承知しているわけですから。そこは踏んでください」


 ヤスオの家にはパソコン用とゲーム機用とする二台のキーボードがある。どちらで参戦できるよう準備はしてある。一人暮らしには充分だろう。遊びに来てくれるような友人など一人しかおらず、その友人も結婚してからはとんと音沙汰なしだ。 


「ゲーマーならキーボードくらいもっと用意しとけよ」


 ムチャ言わないでください、とヤスオは言いかけた。が、確かに言うことに一理はあるかもしれないと思い直した。ゲームしかない生活をしていながら予備くらい用意しておくべきではないか。納得してしまった。

 ならば、ううっと唸るのみである。


「まぁまあ、ふたりとも。フイールドのボスがいる周辺のモンスターはやっぱり簡単じゃないよ」


 そう言いつつお茶を入れた湯呑みをヤスオと凪海に手渡す彼女は蒼森未亜あおもり みあ。華やかといった美人は絶妙なタイミングで空気を沈静化させた。猪突猛進のアタッカーであるレオンからでは考えられない細やかな配慮である。 


 一口したヤスオの顔は軽い驚きを閃かせた。


「あれ、美味しいですね」

「すごく意外そうなんですけど」


 明るい微笑の下だったから、ヤスオは慌てずにすんだ。でなければ未亜みあほどの女性が相手では、気を悪くさせてしまったかと落ち着けない。

 というか、ただでさえ我が家へ身内以外が二人も上がり込んでいる。しかも女性ときている。


 ついつい流されるままゲームを始めたせいで、すっかり忘れていた。

 そもそもレオンと待ち合わせた理由を思い出せば、のんびりモンスターと戦っている場合ではないのだ。


 しばらく住んでいい。


 すっかり男だと思って交わした約束があった。

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