第4話 ほめられると……つい
出されたお茶は美味しいだけでなく、懐かしさも感じさせた。
祖母が淹れてくれた煎茶のまろやかさが舌に甦る。
小学校に上がり立てのヤスオは初めてこの家を訪れた。駆け落ち同然で所帯をもった両親である。許しを請うため訪れた実家の居間は重苦しい。
空気が張り詰めていた。
当時は理由がわからずとも、気難しそうに黙りこむ祖父を前に萎縮してしまう。祖母もまた緊張に呑まれていたのだろう。六歳の子供にジュースか何かと聞くことなく、煎茶を目の前に置く。熱そうなのはわかったから、ふうふうして口につけた。
おいしぃー、と上げたヤスオの無邪気な感嘆が、がらり雰囲気を変えた。
その歳でわかるか、と祖父の
だが素直に感動できる子供ではなくなったヤスオは、今や捻くれた大人だ。
きっと味ではなくだ。他人に淹れてもらうとする行為で味覚の判断を失わせているに違いない。誰かが自分にお茶を出してくれるなど久方ぶりすぎる。下手すれば祖母以来かもしれない。
ほとんど友達もなく、年齢の分だけ彼女がいない歴を重ねてきた人生だ。自覚はしていても、女性に何かしてもらうと過剰に反応してしまう。情けないが、綺麗な女性にちょっとしたことをされれば舞い上がってしまう。
安い男なのである。
こんなヤツと一緒にいたなんて事実は、彼女のキャリアを傷つけかねない。
やっぱり住むのを考え直したほうがいいに決まっている。
あのぉ〜、と口に仕掛けたヤスオへ、お茶を淹れてくれた未亜が提案してきた。今度こそ巨大骸骨戦士に勝利する作戦を。
おぅいーね、と
それならいけるかもですよ、とヤスオも乗ってしまう。ついゲームこととなると、ダメになるヤツだった。
再挑戦は三人で歓声を上げる結果を得られた。
確かに未亜は勇猛果敢な戦士であり、凪海は的確な回復と強化を施す魔術師であった。ずっと組んできたチームの仲間に相違なかった。
だからこそヤスオはコントローラーを握りしめたまま切り出す。
「本気ですか」
なにが? とする顔を未亜だけではない。凪海までも向けてくる。
「だから、ほら……あれですよ」
わかった、と未亜が笑顔を作った。
それを見ただけでヤスオはゲーム上の親しさから一気に遠のく存在へなる。現実では自分と住む世界が違う人だと思わせられる。きっとこれまで華やかな存在感を放って、周囲を、特に男性を魅了してきたことだろう。
ため息を吐くように「なにがわかったんです?」と訊き返す。
「おなか、空いたんでしょう」
お腹の虫は鳴らしていない。だけど正解だった。いや話したかったことではないが、ヤスオにすればそろそろ夕飯にしたい頃合いである。
「やっちゃん、休みは普段より早く夕飯にするって言っていたもんね」
「えっ、そんなこと言ってましたっけ?」
あははは、と未亜に笑われてしまった。
「おまえたち、よくしゃべってたんだなぁ」
しみじみと感心を寄せる凪海である。
当の本人であるヤスオはやっと事情を理解しだした。
いつも待ち合わせに遅れてくる、凪海が中の人のアランである。
常に一番乗りするヤスオのヤスは、必ず時間通りに来る未亜のレオンとしばし手持ち無沙汰になる。その間はチームとする気安さから、キーボードへ打ち込んで交わす会話をよくしていた。
ヤスオは日常生活上ならば沈黙をもってやり過ごすだろう。チームを組む仲間であればコミュニケーションは大事と考える。現実の生活ではしなくても、電脳世界における仲間の付き合いには心を砕く。ある意味、問題があるといえばある人間関係の重んじ方だった。
多少の歪さを感じさせる優先順位の報いが、これだったのかもしれない。
なにせ未亜は一目でわかったらしい。
いかにも線が細い体型に、流行からは縁遠いジャンバーにジーパンといった服装が聞いていたイメージにぴったりだったようである。
「嘘のない人だったんだね」
初対面の挨拶とも言えない対話を一通りすませた後に、未亜が表す好感だ。
他人に早々褒められたことがないヤスオである。綺麗な女の人からとくれば舞い上がる、異性とは無縁な人生だった。お世辞かどうか疑う余裕などない。
取り敢えず公園で立ち話もなんだから、と心臓どきどきのまま移動を提案した。
またまた後になって振り返ればである。
どうして自分はこうもダメなんだろう、と何度目か知れない後悔に苛まれる。
場所を変えるのはいい。
けれどもスタバなりファミレスにすれば良かった。
家でいいですか、と口走っていれば、頭を抱えずにはいられなかった。
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