第5話 帰らないで……ください
もちろん途中でヤスオは気がついた。
このまま自宅へ直行など、まずいのではないか。実は相手が女性と知った現在となれば、当初の約束通りとしていいものか。彼女の経歴に傷がつく話しだ、これは。
ただ待ち合わせの公園から家まで歩く時間は、それほどかからない。
持ち物としては少ないが、女性が抱えるには大きなボストンバッグが二つときている。よいしょ、と
遠慮をする未亜を説き伏せるようにして荷物を持った。
移動の時間は短く、荷物を自ら抱えた手前もある。ぐずぐず悩みながらもヤスオは先頭を切って案内の足を進めた。
もし光明が射すとしたら、家屋を目にした際だろう。そこに賭けた。
実際に家の前まで来ればである。
へぇ〜、とする未亜だ。おぅー、とお付きよろしくの凪海も上げている。
二人が上げた感嘆を、どう採るか。
ヤスオはネガティブ寄りの響きと解釈した。
三角屋根の瓦に、窓は木の引き戸だ。くすんだ木造の外壁は年代ものだと語りかけてくる。築造した祖父から受け継いだ日本家屋である。マンションやビルといった近代的街並みの中に、ぽつんと異彩を放って建つ大時代な一軒家である。
修繕を重ねて元の形を保ってきた。近所の子供なんかお化けが出るなんて噂するくらい古めかしい。
若い女性が暮らすには不気味このうえないはずだ。やっぱり止そうとなって当然だろう。見慣れた我が家を目の前にしてヤスオは変な自信を湧き上がらせていた。
おかげ打ちのめされること、半端ない。
「やっちゃんは伝え方が上手だよね。想像していた通りだよ。素敵なお家じゃない」
「今どき珍しい感じだよな。うん、この家。オレもけっこう気に入った」
誉め殺しの未亜に加え、当人ではない凪海まで高評価を寄せてくる。
ヤスオの思惑は叶うことなく終わった。
それでも未亜に割り当てられる二階の部屋に荷物を置けば、今一度確かめたい。独身の男が一人で住まう家へ、本当に暮らすつもりか。
訊こうとした
未亜だけではないのかもしれない。
初めの約束では凪海はいなかった。いきなりの登場だった。当然の顔して付いてくるから疑問に思わなかった。このまま何食わぬまま居着いたとしても驚かない。むしろ二人一緒なら納得できる。
なーんだ、となったヤスオであった。
同じ屋根の下、男と女が一対一では同棲だが、一対二ならシェアハウスだ。
テレビがあるけどいいの? と未亜に訊かれれば、ヤスオはうなずく。自分なら自室のパソコンで観られる。そこへ凪海が提案してきた。
「おい、久々にやらね」
三人が揃っている。何を、などと聞くまでもない。
久々ですね、とヤスオはやる気満々だ。確認の質問をせず結論を出していた。ゲームという目前の欲に負けていたとも言える。
なんだかんだ忙しい日だったが、とても楽しかった。
「んじゃ、オレ、帰るわ」と、凪海が言い出すまでは。
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