第27話 あなた……女性ですよね

 新大陸は強力な魔物でひしめいていた。


「ヤスがどこまで保つか、わかりません。レオン、いけますか」


 黒きコートを翻して錫杖を掲げたアランが問う。


「おおよ、任せておけ」


 背後へ回ったレオンは必殺技のオンパレードである。派手に剣を振るえば、押し寄せる小鬼にも似たモンスターを薙ぎ倒していく。


 敵の意識の全てを一心に集めたディフェンダーのおかげだ。相手の攻撃をヤスが受け切れば、この戦いは勝ちである。


 ここが勝負どころだと持てるスキルを全て繰り出すチームYMN=やみんであった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 病み上がりとは思えない叫びだった。


「やっちゃん、がんばって。踏ん張ってよ!」


 キーボードから手を離さない未亜みあはヤスオには出来ない連打をかましている。少しやつれが残る姿見から想像もつかない激しさだ。


「ヤスオ、がんばれ。なんとかしろよー」


凪海なみに言われると、なぜか無茶振りに聞こえてくるから不思議だ。もっともこれくらい切り抜けてこそディフェンダーだと、ヤスオ自身強く思っている。


 言われなくても、これくらい……と気を入れた数瞬後だった。

 チームYMN=やみんは全滅となった。


「だぁあああー、なにやってんだよ、ヤスオ!」


 凪海に怒りの矛先を向けられたが、今回は返す言葉はない。

 すみませんでした、と頭を下げるヤスオだ。ただ口癖のような謝罪も、ゲームに関すれば熱さを滲ませる。本気で悔しいとする四十手前の男であった。


「わたしの仕掛けるタイミングももうちょっと早めにしてみる」

「自分も状態異常に対してもう少し対応を……」


 アタッカーとディフェンダーが実りある反省会を催している。


 ヒーラーだけは現実へ戻っていく。


「未亜〜、そんなリキんでカラダ、大丈夫なのかよー」


 はっとしてディフェンダーヤスもヤスオへ帰っていく。


「そうですよ、そうそう。いきなり飛ばしすぎのような……」

「だいじょぶ、だいじょぶ。今日は本当に久しぶりに調子いいから。あとは食べるだけよ」


 ふんっと鼻息も鳴らす未亜が拳を掲げる姿は勇壮だ。まさしくチームのアタッカー、レオンその人である。


 手に取ったスマホの画面へ目を落とした凪海が報せてくる。


菜々ななさん、もうちょっとで着くってよ。ちゃんと未亜の快気祝いを持って」


 一週間近く未亜は寝込んでいた。軽い肺炎まで起こし、深刻視するほどではないが安静は絶対となった。食事も喉を通りやすい脂ものを抜いたメニューが続いた。

 おかげで回復は順調で、今一つだった食欲も今日に至ればだ。


「肉、肉、肉よ。肉を食べさせて」


 まさに獣のごとく未亜が訴えてくる。


「肉ばかりでなく野菜も食べてくださいね」


 心配のあまりに注意を促すヤスオに、「おまえはお母さんか」と凪海がツッコむ。


 誘った菜々も未亜の様子は見たいそうだ。ただし用事があって少し遅れるとする返信であった。必要な買い物をしてきてくれるそうで、ならばそれまでにと挑んだ新たな冒険は惜しいところで全滅となった。


 じゃ、もう一回! と未亜は完全復活をアピールしてくる。

 おーよ、と凪海は彼女らしい威勢いい返事だ。

 なぜかヤスオだけは沈黙である。いつもなら率先して続きを求めるゲーマーが胸の前で腕を組んでいる。明らかに頭をひねっていた。


「おい、どうしたんだよ、ヤスオ。笑ってるのは気持ち悪いが、普通の顔も不気味だぞ」

「なんですか、それ。どんな顔をしてたってダメってする結論じゃないですか」


 さすがのヤスオでも抗議せずにいられない。

 無論、凪海には些少も響かない。だってヤスオだろー、と豪快に笑い飛ばされていた。


「で? やっちゃん、どうしたの」


 ちゃんと未亜が訊いてくれたおかげで、ヤスオは切り出せた。


「ちゃんとお話ししておくべきかと思われます」


 居住まいを正したヤスオだが、やや意外な感じを受けた。

 なになにと前のめりになる未亜はいいとして、凪海がふざけた様子を微塵も見せない。ふーんと何かを得心したような雰囲気さえ漂わしてくる。


 ヤスオにすればそっちこそ不気味である。いつも通りを心がけて「凪海さん、どうかしましたか?」とちゃんとした口調で尋ねたらである。


「いやなになに、わかってるって。おめでとな」

 と、謎の返事できた。


「あ、あのー、なにがめでたいんですか」

「前々から未亜に言っていたんだよ。夜中遅くまで呑み屋で働かなくても、昼間だけで大丈夫になるだろうって。そうか、倒れたのが良いきっかけになったんだな」


 凪海が何を言っているのか、さっぱりである。

 しかも未亜が慌て出すから、ヤスオは目をぱちくりさせるだけだ。


「ちょっとー、凪海ー。違う、違うから」

「え、なに。ヤスオに食わせてもらう身分になったんじゃねーの」


 なんだか凪海まで動揺しだしている。

 ヤスオといえば、考えもなしに口へ出す。


「なんだ今頃ですか。未亜さんには食べてもらえるようなってますよ」

「やっぱり、そうじゃねーか。照れるなよ、未亜〜」


 凪海が笑いかけている。でもなんだか人の悪い部類に入る型取りだ。

 はぁ〜、と未亜が病気がぶり返しそうな嘆息を吐いている。

 ヤスオが放っておけるはずもない。


「別に食事を用意されたくらいで照れる人なんていません。凪海さん、変なことを言い出さないでくださいよ」


 ここで凪海の表情が一変した。凶相を、鉄バットを抱えていそうな目つきを向けてくる。ビビるヤスオへ声も荒く確認してきた。


「ええと、ヤスオさん。まさかお食事を出してます発言を繰り返してきたわけではないですよね」


 まさかとする単語と、普段にない凪海の格調高さを窺わせる表現が危険性を匂わす。


 察知しても逃げられない状況だから、ヤスオの窮地は変わらない。


「ななななにか、問題が」

「おまえ、いい大人だろ。男なんだろ、いったいどうなってんだよ、ヤスオの下半身は……」


 以後放送禁止用語の羅列ときたが、訴える姿は真剣そのものだから殊勝に耳を傾けざるを得ない。

 それでもやっぱりである。

 あなた女性ですよね。怒られながらも問い質したくなったヤスオだ。


 しかも肝心な話しへ、ちっとも入れずにいた。

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