第33話 提案は……したけれど
ヤスオの提言に対してである。
「またか言うか、ヤスオ。そんな小っ恥ずかしいことを」
反論する
「わたしもー、ちょっと勘弁かな」
いちおう気遣いは見せてますよ、とする
「安田さんの困ったところは、そこです。ヲタク気質が強すぎるんですよ」
仕事中を想起させるほど
だがヤスオはゲームに関しては軽く引き下がりはしない。
「しかし、しかしですよ。チームの連携という観点からすれば、わざわざ文字に打ち出すまでもない。声が届く環境を活かすべきではないでしょうか」
ヤスオからすれば遅きに失した感すらしている。
コミュニケーションをゲーム上のキャラに託さなくていい。すぐ傍にいるのだから、口にすればいい。さすればモンスター退治におけるフォーメーションは現在より滑らかになるはずだ。三人体制の際に一度断られていたが、こうして四人としてチームは固まった。
心境の変化が起きて当然だ、とゲームに関しては己しか見えなくなる男の繰り返す提案であった。
「オレにトータルヒーリングするだの、サマリカームだとか叫べってか。そんな厨二病全開できるわけ、ないだろうが」
別に叫ぶ必要はないし、同じゲームをしている者以外に聞かれはしない。
「わたしだって、オラオラふざけんな、俺がこの程度でまいるかよ! なんて言えない。レオンだからで、わたしは絶対に言えない」
そうしたセリフを口に出すよう求めていない。
凪海といい、未亜といい、どうもヤスオの言いたかった意味がまったく伝わっていない。
「でもその場で指示を伝えられるのは、確かに強味かもしれませんね。実際、チーム『コクゴリョク』は家族でモニター前に揃って一緒にやっているそうですよ」
名高い強力チームを例になぞらえて、ようやく菜々が意を汲んでくれた。
正座のヤスオが背筋を伸ばした。
「新たに用意されたフィールドは強敵ぞろいです。我々はせっかく顔を並べてプレイするという利を得ているのです。活かさぬ道理はないと考えますが、どうですか?」
なぜか凪海が問う先は提唱したヤスオではない。なぁ、菜々さん、と呼ぶ相手は別方向だ。
「ヤスオってさー、会社でもこんなにリーダーシップ発揮してんの?」
「いえ。凪海さんや未亜さんが思うままの安田さんです」
絶対に良くは言われていないくらい、ヤスオだってわかる。
現に凪海が「やっぱりゲームだからかよー」と確信を上げていた。
でもだからこそ意固地になろうというものだ。
「で、どうですか。指示は声でかけてもらったほうが敏速かつスムーズに違いないのです。現にみなさん、自分には言ってくるではありませんか」
三人の時だけでなく四人では初とした今回も、女性陣はヤスオにだけ声をぶつけてくる。ならば全員で、と考えたっておかしくないはずだ。
「私は断りします」
間髪入れずの菜々だった。
一番の理解者と踏んでいただけに、真っ先の拒否がヤスオに大きな動揺を与える。ななななぜですか? と反射的に訊いてしまうほどだ。
「せっかく現実では決してあり得ない姿を演じられて楽しいとする世界で、どうしてリアルの自分を持ち込まなければならないのですか」
そう答えた菜々はモニターに映し出される自分のキャラからフードを外させる。魔女とされるほどクラスを上げた魔法士ルリナは頭にリボンを結んだ可愛い女の子だ。
「この場だから言えますけど、私だって少しは可愛げを持ちたいと思うことだってあるんです」
なんだかヤスオが考えていた以上に問題は根深そうだ。ゲーム操作を超えて、人生に対する想いまで至っては、何が言えよう。
未亜もまた両手を口許の前で合わせて共感を表明する。
「わかるー、わたしも暴れたい気持ちはレオンに託しているから。でも菜々さんは可愛いですよ。胸もあるし」
「おーおー、未亜。そればっかだな」
片脚を投げ出した凪海がツッコんでいる。リラックスした姿勢が今の心境を表しているように映る。
理解はしたヤスオだ。だがゲームの、特にこのチームに関することはおいそれ引き下がれない。でも、でもですよ、と始めた。
「みなさん、自分には言ってくるじゃないですか!」
そう、三人ともゲームキャラ名どころか現実の呼び方だ。自分だけなんて不公平もいいところだとした口調で訴えた。
「しょうがねーじゃん、だってヤスオだろ」
説明も面倒だと言わんばかりの、まったく身も蓋もない凪海である。
「だって安田さん。キャラに『ヤス』だなんて自身の名前につながる命名しているじゃありませんか。日常から接している身としてはアバター感が薄まるんです」
きちんと理由を述べてくる菜々には説得力がある。
確かに言う通りヤスオは名づけが安易すぎたと悔やむところだ。つい公開しないアカウント名を設定するようなノリで決めてしまった。ゲームはプレイにこだわればいい、などと格好つけておざなりにしたことが反省材料である。
「でもほら、やっちゃんとヤスって重なるから、言いやすいんだよね」
未亜の言い分はよくわからない。
ヤスは筋骨逞しいとする大男だ。ディフェンダーとして頼り甲斐あるキャラへと成長を試みてきた。他のみんなと同じように現実では無理な自分を投影しているつもりだ。貧弱な体躯で気弱とは真逆にある人物。成りたかった姿が、そこにある。
そう思っているのだが……。
「そうですね、未亜さんの言うことはわかります」
と、菜々の賛同に続いて、凪海もである。
「だよな。キャラ被りさせたヤスオがわりぃーよ」
責められているようで、持ち上げられている気にもさせてくる。
しかもそれから続いた話し合いの結果だ。
火急の指示を必要とするキャラはディフェンダーだけだろうとなった。矢面に立つヤスの働き次第が勝利の鍵となる。他のキャラが多少好機を逸したり行動が遅れても。ヤスオが頑張りでどうにかなるではないか。
なるほど、と納得してしまったヤスオだった。
おかげ再びゲームを始めれば、すっかり三人の女性が上げる声を自然に受け止めていた。
誰もゲーム名の『ヤス』で呼ぶことなく、指示されたり意見も求められたり、時には罵声を浴びる役どころも担う。まるで以前からそうだったかのように馴染んだスタイルとなった。
ゲーム後はお約束の夕食会だ。
今晩は凪海が提案の鍋だ。胡麻豆乳でいきたいと自ら味付けを買って出てきた。
菜々は遠慮してきたものの、誘いの言葉をさほど弄さずとも了承させられた。美容にも良さそうー、と凪海の作りかけの鍋には好意そのものを示してくる。
「形は悪いけど……気にしないでね」
未亜の自ら申告にヤスオらは切った具材を確認してみる。
にんじんや鳥のもも肉はまだわかる。なぜ豆腐が、しかも木綿なのに歪となるか。
「ある意味、これも才能ですよ」
冗談でなく言ったつもりのヤスオへ、「もう、いじわる」と軽くぶってくる未亜だ。腕に当たる感触と共に、見る者を心地良くする笑みを向けてくる。
やはりこのままにしておけない、とヤスオは思う。
遠慮して伏せる彼女は人生を転げ落ちていく可能性がある。
放っておけるはずがなかった。
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