第34話 歳の話しから……仕事へ

 今回のプロジェクトにおいて、いつにない事態が生じていた。

 システムエンジニアの片桐修一かたぎり しゅういちは会社から期待を寄せられるデキる社員だった。新しい企画を立ち上げ実行する行動力に、人員を集め引っ張っていく統率力だってある。


 ヤスオにすれば、リーダーになるべくして生まれた男だ、と下す評である。

 ただし菜々ななへ聞かせたら、すぐゲームに結びつけたがりますよね、と口にした当人に対する感想へすり替えられていた。

 何はともあれ自分より十も年下だろうが立派な者である。

 未亜みあと同じ歳であれば年齢差など些細なことと思える。

 凪海なみに至れば、人によっては歳など関係なしだと教えられた。


 そう言えば先だって、ゲーム後における恒例の夕食会においてであった。


 凪海の胡麻豆乳鍋が、殊さら菜々に好評だった。賞賛を浴びせれば、味付け担当者もご機嫌な謙虚さで返す。

 菜々と凪海の間で頻繁に交わされる会話を耳にしていた際だ。


 ふと、ヤスオは気づく。

 いそいそ鍋から小皿に盛って渡す凪海は「菜々さん」と呼んでいる。


 ヤスオは、あのぉ〜と声をかけて置きながら言いづらい。


「なんだよ、ヤスオ」

 と、凪海はいつも通りに返してくる。


 急にヤスオは気になってしまった。


「大変失礼なこととは百も承知で訊いたりするのですが……凪海さんはおいくつなんでしたっけ?」


 なんだー、と小皿に盛る手を止めない凪海が凄んでくる。


 ……すみません、と消沈するヤスオだ。相手はあれでも女性、やはり年齢など聞くものではなかった。

 考えていることのほうが失礼なヤスオへ向かって、「ほれ」と凪海が小皿を差し出してくる。ははぁ、と両手で有り難く受け取ったところで解答がもたらされた。


「二十四だよ」


 ええっ! と驚きを上げるは質問者ではない。未亜だった。


「うそ、凪海って二十五じゃなかったっけ」

「未亜はいつも間違えるよな。オレ、早生まれだから」

「わたしバカだから学年で数えちゃうだよね。そっか、凪海。まだ二十四か、若いんだな……」

「おいおい、たかが一つ違ったくらいで、そんな若いをしみじみ言わなくたっていいだろよ」


 凪海の意見には、ヤスオも大きくうなずくところである。


 だけど菜々においては賛同すべき未亜のほうだった。


「まだ凪海さんには実感ないでしょうが、女も二十代後半、それも三十の音が聞こえてくると一つは大きくなるんです」

「凪海さんって歳いくつですか。わたしは今度で三十ですよー」


 女性陣の会話に忌憚はない。

 すっかりヤスオの存在が忘れ去られているか、それとも男性とは認められていないのか。でもまぁジェンダーレスの時代だしな、と自ら慰めていた。


「すると未亜さんより二つ下ですかね」


 菜々は自覚があるかどうか不明だが、やや安心感を滲ませている。ヤスオでさえ感じるくらいだから、未亜が聞き取れないわけがない。嘆くように答えた。


「なんだー、まだぜんぜん余裕じゃないですか。隠れ巨乳だし、うらやましぃー」

「こっちこそ未亜さんの美人さんぶりが妬ましいくらいなんですけど」


 またまたー、とする未亜に、「本当ですから」と菜々が主張してくる。


 アルコールが入っていないにも関わらず、このノリだ。女子会における会話もこんな感じなのだろうか、とヤスオにすれば新鮮な光景だった。

 ほのぼのした気分になりかけたところへ、凪海が箸を持った手で指差してくる。


「おい、いやらしいぞ、ヤスオ。なに、にやにやしてオレたちの話し聞いてんだよ」


 無意識で浮かべる笑顔は気味が悪いとヤスオは強く自覚している。もう慌てて表情を豹変させる。すみませんすみません、と何度も謝った。


「そんなに謝らなくていいよ。やっちゃんの前だと気を緩めちゃうだよね」

「こちらも迂闊でした。つい年齢暴露をしてしまうなんて。安田さん、忘れてください」


 難しい要求もされたが、ヤスオとしては一安心できる態度を取ってくれた。有り難い限りである。

 いい加減、食おうぜ、と凪海の声が号令になった。

 胡麻豆乳鍋へ各自一斉に箸を伸ばす。

 元々期待していた菜々だけではない。ヤスオも改めて絶妙の味に唸るしかない。凪海の十八番おはこだけあるね、と未亜は以前に経験ある口振りだ。


 賞賛を浴びた当人とくればである。


「そういえば、なんで歳の話しなんかするようになったんだっけ」


 口の中に入れたまましゃべってくる行儀の悪さだ。

 ただし凪海に批判へ向かわなかった理由は、同じ行動を取る者がいたからである。

 問題提起しようとした自分を、ヤスオは今頃になって思い出した。忘れていただけに、食べている途中でも必要のない焦燥に駆られて口を開く。


「そう、そうですよ。みなさんの歳を知りたかったわけじゃないんです」

「あ、そうか。ヤスオのせいか」


 そうです、と素直に答えたヤスオは今度こそだ。問題解決とばかりご飯をかきこむ凪海の姿を目にすればいっそう決意を固めさせた。急いで口の中のものを呑み込んでは訊く。


「凪海さん。鮎川あゆかわさんには、さん付けで呼ぶんですね」


 ちょうど口の中に何もないタイミングだったようで、凪海も返しが早い。


「そら、そうだろ。菜々さん、自分より上だし、まだ知り合ってばかりだぜ」

「でも自分に対しては初めから呼び捨てでした!」


 思いの丈をぶつける声だったはずだ。


 なのに、誰もが食事の手を止めた、と持ったらである。

 凪海だけではない。未亜も、菜々さえも爆笑を上げた。


 ええっ? と驚くヤスオは目を泳がせるばかりである。


 ようやく笑いを収まれば、未亜がさっそくだ。


「なに、やっちゃん。そんなこと、気にしてたの」


 問題の当事者である凪海に至ってはからかうみたいに言う。


「ヤスオはヤスオだろう。他に、どう呼ぶんだよ」


 釈然としない返答の補足は、新参者の菜々がしてくる。


「安田さんのヤスと、ずっと以前から仲間だったんですよね。安田さんはヤスのまんまな部分がけっこうありますから前からの知り合いとする感覚はわかります」


 なおもチームの三人がそれぞれの表現で続けてくる。


「やっちゃんはやっちゃんだし」

「年上なんだからよ、気にするな」

「ポジション的に仕方がないんじゃありませんか」


 なんだか今ひとつ、いや二つ三つ四つくらい納得がいかないヤスオだ。


 複雑な様子を見取った三人は、ここ一番とばかりに言ってきた。


「頼りにしてるんだよ」

「任せるしかねーからな」

「安田さんは特別なんですよ」


 なんとなく上手くおだてられたような気がしないでもない。

 でも凄く気分が良かったことには違いない。

 ニヤニヤしていないか心配してしまうほど、未だよく思い出すヤスオだった。


 だからだろう。

 珍しく熱くなっている片桐修一を止めに入るなんて行動が取れたのは。

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