第31話 言いそびれが……あった
力が
ライフゲージがあと一撃を食らったらで尽きるタイミングで、回復の呪文が施された。モンスターを惹きつけ続けるため、これほど心強いことはない。ヤスがディフェンダーとして役目を発揮できれば、アタッカーのレオンもまた活躍が期待できる。
新大陸に上陸してから、すっかり強敵と化したオーガだ。頭に小さなツノを生やし大柄な人型は、前のステージではレベル稼ぎの相手だった。だがここにきて、行く手を阻む強敵となった。しかも、たいていが複数でかかってくる。
いかに敵の攻撃を集中し、しのぎきるか。
今回の戦いにおいても勝敗はヤスの双肩にかかっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「もうちょい、もうちょい。ここはがんばれるよね、やっちゃん」
「おい、おら。ヤスオ、踏ん張れ。男だろ!」
応援とするには微妙な二人の声に、応えねばならぬヤスオだ。歯を喰いしばってボタンを連打する。
「安田さん、今です。MPFと入力してください」
ヤスオの後方に陣取る丸メガネをかけた
言われた通りにすれば、ヤスオのヤスが光り輝きだす。
オーガの攻撃にもダメージを受けない。
まさしく無敵となった。
好機を逃すメンバーではない。
凪海のアランから打撃強化の魔法をかけられた未亜のレオンが暴れ回る。
菜々のフードを被った女性キャラであるルリナは魔女。多彩な魔術をもって他の三人へ力を与えていく。
これまで全滅を幾度となく余儀された新大陸のオーガの群れを蹴散らす。
ついに森を抜けるため必要な撃破を果たした。
やったー! と未亜が、やったぜ! と凪海が歓声を上げている。
ふっ、と菜々はメガネを押し上げては微笑む。
やっとだ……良かったです、とヤスオだけは疲れ切った様子だ。とても勝利した様子ではない。
「なに、シケた顔してるんだよ、ヤスオ。やっと倒せたんだぜ」
いきおいよく凪海がヤスオの首を抱えてきた。
まるで男子同士がする気さくな行為だが、実際は男女である。しかもヤスオは女性慣れせずにきた四十手前である。異性に対する免疫のなさは年季が入っている。
「やややややや、やめてくださいよー」
助けてとばかりに悶えた。
お構いなしとばかり接してくる凪海だけに、いい匂いには慌ててしまう。腕を巻かれた顔に女性の胸とする感触があれば平静ではいられない。そういえば風俗以外でこれほど女性と接近した経験がない、とも気づく。
「どうした、ヤスオ?」
急に大人しくなったから腕を外してくる凪海だ。
思春期以降の人生において一般女性とここまで接近したのは初めてなんです! など言えるわけがない。
あ、いえ、そのぉ……、と煮え切らない返事しか出来なかった。
「凪海の乱暴がいきなりすぎて、やっちゃん、驚いているんだよ」
指差してする未亜の忠言に、「そっか、わりぃ」凪海も笑いながらだが謝ってくる。
ヤスオにすればまったくの個人的事情に因るから、謝罪は居心地悪い。かといって真実を打ち明けるわけにもいかないから、取り敢えず何か言おうとなる。
「そそそ、そんな悪いことはないです。むしろ何回でもして欲しいくらいで……」
なにを言っている、とするヤスオだ。しかも今回は外から圧力がかかった。
やっちゃん! と未亜が激しく上げる。いつになく険を含んだ響きだ。
はいっ、とヤスオが背筋を伸ばして返事した。
「やっちゃん、ホントはして欲しいんでしょ。凪海、胸あるもんね〜」
ずいぶん嫌味を込めた口調だ。もっとも図星であるから、ヤスオは妙に必死へなってしまう。焦れば、まずいことも口走る。
「ちちちち違いますよ。そそそ、そんな……ですよ。確かに良いものだとは思いますが」
「なんだよ、未亜。またコンプレックスの発動か。でもオレなんかより、ほら、菜々さんのほうがイケてるぜ」
言いながら向ける凪海の視線に、つい倣ってしまった。
未亜だけでなく、ヤスオもじっと目を向ける。
全員の注視を浴びる場所は胸元だ。当然ながら向けられた当人は顔を赤くした。
「ちょ、ちょっと、なんですか、みなさん。特に、安田さん。もぉ、セクハラです」
菜々の抗議で、名指しされた者は我に返った。顔がみるみる蒸気していく。もの凄く恥ずかしい真似をしてしまったと気づくヤスオだ。畳へ頭をつけてまでの平身平頭から抜け出せなくなっていた。
未亜はまだ、いいなぁ〜と羨ましがっている。
「もっとゲームに集中してください。そのために私をチームに誘ったんじゃないんですか」
菜々の生真面目とする訴えが、ヤスオにずっと指摘したかったゲームプレイ上における事柄を思い出させる。すぐにでも言わずにはいられなくなる。
「みなさまにお話しがあります。前回、言い逸びれた問題をここで提起させていただきたく思います」
大事なチームのために畏まったヤスオだ。
だからなぜか湧き起こった笑いは心外であった。
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