第30話 新たな……疑惑
これから
まさかな、とヤスオは思う。
今晩から
昨日のことだった。
ヤスオに食わせてもらえ、そうすれば昼間の給料だけで返済ができる。
からかうようにする
当時は狼狽するあまりあたふたした。
食わせていくって、それってつまり未亜を……ええ! と自問自答を内心で繰り広げていた。もしかして照れで全身が彩られていたかもしれない。
けれども未亜は自分の始末は自分でつけると言った。
この返済は自身の力でやり遂げたい。
毅然と意志を表明する姿は、まさしくレオンだった。すごく格好いい。
何よりその後に「やる気出てきたよ」と未亜が元気よく両腕を突き上げていた。
そんな彼女を応援したい。ヤスオの心底からする想いは誓いに等しかった。
確かに菜々からされた注意は当然なものだ。
いきなり美女がヤスオなんかと一つ屋根の下などおかしい。
当初の時点で指摘されていたら動揺しただろう。
だけど未亜は言ってくれた。
この家を好きだ、と。
相続税を払ってでも、この家はこのまま残したかった。
祖父母は自分達が亡くなったら、ヤスオの好きにすればいい、処分してかまわない。生前に何度もそう聞かされてきた。
いつまでも鬼籍に入った者にこだわっていてはいけない。
身内だけでなく、したり顔で述べてくる他人も多かった。土地を狙ってきているくせに、なんだか偉そうに忠告してくる人もいた。生きている君のこれからの人生を大事にするべきだ。
思い出にすがっていることは否定しない。亡き人への想いもある。
でも何よりこの家が好きだ。
都会に不似合いな木造のぼろ屋だからこそ落ち着く。
未亜という縁もゆかりもなかった人のおかげで久しく忘れていた気持ちに気づかされた。
これまで独りで過ごす時間を何よりも、としてきた。
だがプライバシーも何もない造りの家で、他に誰かがいてもストレスを感じない。
自分にとって故郷以上と言える場所を気に入ってくれた人だ。
仕事絡みで、業績の向上を狙って近づかれた?
今は信じられない、としたい。
菜々もまた差し出がましいことを口にしたと悔やんだみたいだ。
次の休みに今度こそ一緒にゲームを、として会話を閉じた。
いつまでも休憩していられない。なにせ進行が早くも滞っている。ベテランが頑張らなければいけない状況は当分続きそうだ。
片桐と二人だけになるくらい残業をした。
今晩の仕事の上がり際に交わした会話で生まれた疑念だ。
片桐は推しの女性店員が久しぶりに出勤だから寄っていくそうだ。
なんだか未亜の復活と合わせるタイミングだった。まさかな、と思うが可能性ないと言い切れない。一緒にどうですか? と誘われても、もしとすれば怖くていけない。
週が始まったばかりでこんな遅くはちょっと、と言い訳が立つ状況で良かった。
笑顔で納得していた片桐である。
「すみません。店の女の子に入れ上げてるなんて、良くないのはわかっているんですが。仕事に支障はないよう気をつけます」
と、どっちがリーダーかわからないようなことまで言ってくる。
もし相手が未亜だったら、と思ったらである。
「わかります、その気持ちは」
自然と口にしていたヤスオだった。
少し意外な顔した後に片桐は「ありがとうございます」と頭をかく。なんだか嬉しそうな感じであった。
おかげ何となく気分がいい帰り道だった。
自宅から最寄駅の改札を抜けるまでは、夕飯は自分で作れそうかなと張り切っていた。
「あのー、失礼ですが安田ヤスオさんですよね」
いきなり声をかけてきた相手はビジネススーツを着た男性だった。同年代くらいか。駅周辺であれば灯りは明るく、中肉中背ながらやや顔がむくんでいるといった細かい部分まで照らし出す。
初対面だ。だけど持つ雰囲気から一時期散々相手にしてきた類いの者と推測する。
ヤスオの警戒心は一気に高まっていく。
勘は外れていなかった。
そうだとする返事をすれば、相手は笑顔になる。一時期よく目にしてきた、貼り付けられたような表情である。
わたくし
職種を知れば、どんな話しをしたいか想像はつく。
一見や普段の行動において気弱な印象を与えるヤスオだが、ゲームと家に関してだけは別だ。さんざん揉まれてきた経緯もある。今回もまた突っぱねてお終いとしたいところだ。
しなかったのは、会社名に見覚えがあったせいである。
未亜が本職として通勤している場所だった。
だから耳を貸す素振りを見せてしまう。
相手はやり手の営業マンなのだろう。ヤスオの隙を見逃さず、強引なくらい懐へ入ってこようとする。
いかに自社が土地の資産運用について実績があるか、自分が会社でどれほどの地位にあるか、ひとくさり宣伝をしてからだ。
「ところで弊社の
未亜の名前が出された。
もうヤスオははっきり聞くとする態度を出してしまっていた。
だからだろうか、山末昇という不動産社員は止めどなく捲し立ててくる。
未亜がすべき返済額は夜のバイトを掛け持ちしたくらいでどうにかなるようなものではない、とする事実まで教えてきた。
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