ヤスダヤスオは安っぽい?半分は正解、でも半分はディフェンダーです!

ふみんのゆめ

第1話 あなたは……だぁれ?

 ぽんっと肩を叩かれて振り返ったら驚いた。


 軽くウェーブがかかったミドルロングの髪をした色白の女性だ。羽織るコートと同様なブラウンを色味に加えていることで、しっとりした大人の雰囲気を漂わせている。要はイイおんな、華やかな美人さまである。


 ヤスオには最も縁の遠い、いや縁のない人種だった。


「えっ……、あ……、うっ……」


 碌な返事はおろか声も出ない代わりに、汗が噴き出そうだ。自分でも情けない。でも言い訳させてもらえれば、女性の笑顔を間近にするなんて数年ぶりなのだ。待て待て安っぽい我が人生でそんなこと、子供の時分を除いてあったか! と胸のうちで自問してもいた。


 どうしたの? と訊かれて、我れに還ったヤスオだ。


 いかんいかん、しっかりするんだ! と声なく自身を叱咤する忙しなさだ。もう四十手前のおっさんがガキみたく挙動不審になっててどうする。そう、そうだ、誰かと間違えたに違いない。彼女は気まずさを隠すために、取り繕う笑顔が崩せないのであろう。

 ここは大人の対応だ。コホンッ、わざとらしく咳払いをして見せてからだ。


「ええっと、お嬢さん。誰かとお間違えをなさっているようですな。貴女のような方と待ち合わせする男性は、こんな安っぽくはないでしょう」


 言ってからヤスオは顔から火が噴き出そうになった。

 なんて、キモい。なんでゲームに登場する老執事になりきったセリフが出てくるか。気味悪がられて当然すぎな態度をしてしまった。


 あははは、と笑われてしまった。しかも腹を抱えてである。


 軽蔑の眼差しと共に去っていくと固く信じていたヤスオだから目が泳ぐばかりだ。

 ようやく笑いを収めた彼女は目許を手で拭っている。

 何がなんだかわからないが、女性にウケれば嬉しいヤスオだ。この程度で喜べるあたり女性慣れしていないだけの、安っぽい男だと思う。


「もうホント。予想以上にまんまなんだもん、やっちゃんって」


 笑みを消さない彼女は日常の響きをもって呼んでくる。軽く胸まで叩いてくるから、親しい間柄にあるみたいだ。


 しかし当のヤスオには全く誰だか当てすらつかない。

 知っている女性といえば……。

 仕事先を思い浮かべれば、せいぜい挨拶くらいだ。朝や帰りくらいで、しかも常ではない。たまたま顔が合った際に仕方なくといった調子である。

 他はビルの清掃に来ているおばちゃん……それは失礼だった。ヤスオと変わらない年齢の女性もおり、むしろ先方こそ相手にしない側である。あとは毎朝訪れるコンビニのお姉さんとか……。


 確認しているうちに段々みじめになってきた。


「どうしたの、やっちゃん?」


 彼女の心配そうな口調を感じ取れば、疑うよりまずだった。


「すすす、すみません。なんかそのぉ。女性に対するスキルがないもんで、つい下手すぎるというか、安い自分に落ち込むというか……」


 ますます訳わからない返答してしまった。口にしてから、いきなり初対面に何を言っちゃてるのか、と自己嫌悪へ陥っていく。さらに表情の影を濃くするヤスオであった。


 彼女が真面目な顔つきになった。


 初めて見せる表情に、ヤスオの心臓が高鳴る。ただし素敵な女性に対する高揚感ではなく、緊張感からだ。警戒心と置き換えてもいい。なにか相手が自分へ攻撃を仕掛けてくるのではないか。他者によってはゲームのやりすぎと揶揄されてるもおかしくない考えを持った。


 あながちまるきりハズレでもなかった。


「あっ、きたきた」


 急にまた明るくなる彼女だ。くるくる表情がよく変わる。

 千変万化ぶり翻弄されて、ヤスオの頭は混乱で渦巻いていた。

 彼女が手を振る相手が誰か、反応に多少の時間を要してしまう。背後へ近づく人影にようやく気づいて振り向いた。


 逆光でシルエットと化した人影は手にした棒を担ぐように肩へ当てている。

 不良の殴り込み! ヤスオは思わず恐怖のあまり口走った。


「……て、てつバットなんて、危ない……」


 一瞬の間の後だった。


 やってきた威圧ある人物だけではない。彼女もまた一緒になって人目はばからず爆笑しだした。

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