三十路共の戯れ
おもちのかたまり
第1話 なんちゃって大聖女爆誕
「おお、聖女よ!どうか我が国をお救い下さい!」
王城の地下にある大広間、魔道士達が2ヶ月かけて書き上げた魔方陣の上に二人の女が呆然とした顔で立ち竦んでいた。いや、正確には立ち竦む少女と、酒瓶を抱え座り込んでいる女。
「っ、うぉぇえっ…!デカい声出さないで…っ、頭割れる…っ!」
土下座のように這い蹲る女は大神官に苦言を零し、まるで手負いの獣のように長い髪の隙間からギラギラと光る双眸を覗かせていた。
「おい、何故聖女様が二人もいらっしゃるのだ!」
「まさか失敗か?!」
「いえ、術式に問題は…ッ」
「もしや巻き込まれたのでは?」
魔道士や神官達の囁きが次第に大きなざわめきに変わる。魔法陣を囲む様に控える騎士団達も、視線だけ彷徨わせ困惑していた。
「おお、聖女よ!なんと美しい。」
混乱の中、若い男の声が地下に響く。この国ライハの王、ベイルート様だ。先王が崩御なされ18歳の若さで代替わりしたばかりであり、それによりこの国は崩壊の一途を辿っていた。…聖女などと云う眉唾な伝説に縋らねば保てぬ程に。
ベイルート様はずい、と少女に歩み寄り跪くと手の甲に口吻をおとす。少女は金糸の髪に宝石のような青い瞳、小さな身体に白い肌という妖精のように愛らしい見目をしていた。今は口吻を落とされた手の甲を撫で恥ずかしそうに頬を染め眼を伏せている。
「さあ、こちらへ。落ち着ける場所で貴女と僕、二人の未来の話をしよう。」
腰を抱き寄せるベイルート様に少女も満更でもない笑みを浮かべている。その光景に云いようのない不安が胸をよぎった。
「王よ、もう一人の聖女様は如何するおつもりですか。」
思わず声を上げてしまった。そう、そうだ。何故ベイルート様は少女を聖女として認めているにも拘らず、もう一人の女を居ないもののようにあつかっているのか。儀式で呼び出されたのだから、彼女も聖女であるはずだ。
「…ゼロックス。お前の目は節穴か?それとも、僕への当て付けに馬鹿な進言をしているのか?」
苦虫を噛み潰した顔で振り返り嘲笑うベイルート様はちら、と酒瓶を抱え頭痛に悶える女を一瞥する。
「これの何処が聖女なのか言ってみろ。」
「しかし…っ、」
「なぁ、ゼロックス騎士団長。お前は今までよく働いてくれた。しかし父上亡き今、僕に必要なのはお前ではない。」
はぁ、と態とらしいため息と共に仄暗い眼を俺に向け、嗤う。
「いつもいつも、お前は僕のやること全てにケチを付け、成す事全てに小言を添えるな。そんなにお前は偉いのか?王であるこの僕よりも。」
「っ、そのようなことは決して…!」
「いいや、わかるさ。騎士団長、ゼロックス。お前に新しい仕事をやろう。騎士団長はこの場を持ってクビ、これからはお前の言うもう一人の聖女モドキを護って生きればいい。今日からお前は死ぬまで、その女の護衛だっ!」
早口で捲し立て、ポイ、と捨てる様に城外に放りだされガシャン!と大きな音を立てながら閉められた門の内側から、王の笑い声が聞こえた気がした。いや、幻聴なんだが。
「…うっ、お゛ぇえええええええ゛ッ」
ついに限界を迎えたらしい聖女(仮)は、放り捨てられた門前でげろげろと嘔吐していて…。驚愕し引いている門兵達を横目に、とりあえずこの酔っぱらいを介抱して話をしなければ。と、俺は気合を入れて自分の両頬を打った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おーまいが…。」
先週、私の尊い推しが死んだ。彼女の為に残業も厭わず稼ぎ、供給という名のコラボゲーム全てに手を出しスチルを集め限定ボイスも録音した。大人の財力に物を言わせて愛した、愛しの愛しのマリカたん。小学生の頃から推し続けた彼女は主人公♀の糧として、尊い犠牲になったのだ。コラボコスメもコラボカフェも、ヌイも集めに集めた
「い、イケメーン、きゃー…。」
そして
「…起きたんですか。」
「ぅお゛?!」
驚きすぎて
「お、おはようございます?」
「はい、おはようございます。こんな格好ですみません、少々お待ちを…。」
返事はしっかりしているけれど、まだ眠いんだろうか。よたよたとどこかへ消えるとシャツを羽織りながら戻ってきた。さらば腹直筋。目の保養だったぜ大胸筋。心の中で敬礼しつつ、お兄さんを正座して待つ。
「ええと、とりあえず簡素なものですみませんが朝食はこちらを。あ、身支度…なさいますか?」
「顔だけでも洗いたいです…できればお風呂…。」
お兄さんの申し出に答えてみるが、反応はいまいち。ううん…もしや海外か?誘拐とか拉致だろうか。お兄さんの顔が完全に西洋人なのに日本語お上手だけれどワンチャン国内かな。
「顔を洗う程度なら…。井戸は使えますか?」
「い、井戸?!」
ちょっと驚きすぎて聞き返すとお兄さんは、ああ…、と額に手を当てて天井を仰いでいる。結局建物の裏手に連れていかれたらガチの井戸がコンニチワ。水を汲んでもらって顔と身体をぬぐって、ついでにうがいもして多少酒臭さがマシになった。さっぱり。
「いただきます。」
部屋に戻って朝食を頂きつつ、お兄さんの話に耳を傾ける。ほうほう異世界転移に聖女とな。お兄さんの名前はバル…?ゼ、ロックスさん。なるほどなるほど聴き取れねぇ。私はうんうん頷きながら話を聞き、す、と床に正座した。
「大変申し訳ありませんでした。多大なるご迷惑をお掛け致しましたこと、ここに心より謝罪いたします。」
流れる様な土下座である。自分でも惚れ惚れしちゃうよね。うん、ほんと、ごめんなさい。意識がなかったとはいえ私をかばって追い出された上に酔っぱらいの介護、果ては服が吐瀉物まみれなんて、私だったら張り倒しているわ。…お兄さんに張り倒されたら私はワンパンで沈む自信がある。
「ガチムチに殴られたら死ぬ。怒りを忘れ静まって頂きたい所存。」
「そもそも怒っていませんから、落ち着いてください。」
「ええ、心の広さカスピ海かよ。最高of最高。」
そんなことしません。と笑うゼロックスさんに、ありがとうございますともう一度土下座してから立ち上がり埃を払う。プライド?かぁさんの腹の中だよ。そんなもんじゃ腹は膨れないからね。
「聖女様のお名前をうかがっても?」
「ああ~…。新庄、です。」
「シンジョウさま?」
おもわず名字を名乗ればカタカナで呼ばれているような違和感。まぁ、そのうち慣れるか…それよりなぜ様付けなのか。
「呼び捨てで結構ですよ。ゼロックスさんの方が恐らく年上ですし。」
「それはそうでしょうけれど…ちなみに35になります。」
おお、思いのほか年上だった。大して変わらないけども。
「そうですか。私は30歳です。」
「えっ」
「え?」
教えてもらったら答えねばな。と思ったら突然驚かれて、むしろ私が驚いた。なんだなんだパンのちぎり方が拙かったのか?それとも私の年齢か。
「もっと老けて見えました?」
それはそれでショック。目に手を当ててオーバーに振り仰ぐと、ゼロックスさんが慌てたように釈明してくる。
「すみません、25歳より前かと。」
「言動が幼稚で申し訳ない。」
「いえいえ!本当にそういった意味では!!」
「…ゼロックスさん、良い人だなぁ。」
良い人(生真面目)とかいい人(堅物)とか入りそう。私が笑いながらパンを咀嚼していると、揶揄っていることに気が付いたのかため息をつかれた。いい人(苦労人)も追加されそうだな。ごめんて。
「聖女様ではないので、シンジョウでお願いします。」
「…聖女召喚の儀でお呼びいたしました。間違いなく、シンジョウ様は聖女様です。」
「いやいや、聖女って『未成年・美少女・純潔・清楚・淑やか』の塊みたいな人でしょう。一つも当てはまっていませんよ。」
「えっ。」
「…今驚くところありました?」
なんですかこの微妙な空気。いぶかし気にゼロックスさんを見ていると、視線を彷徨わせた後にごほごほとわざとらしい咳をしている。咳き込みすぎて、顔赤くなってますよ。そう指摘すれば、今度は私のことをたずねてきた。あからさまなすり替え話術ですがノッてしんぜよう。質疑応答タイムですね!
人生の推し、マリカたんの下りは涙ながらに一番時間を割いて説明しつつ、ここに至るまでの一週間ほどを話した。おめでとう!!情報共有が終わった!!と言いながら立ち上がり皿を片付ける。ごちそうさまでした。
「…だんだん、シンジョウがどういう人間かわかってきた。」
「やったぜ。」
五分以上お願いし続けて、様付けと敬語を止めて頂いた。敬われてると背中がむず痒くなるからね。フランク&フレンドリーで行こう。代わりにゼロックスさんはゼロさんに省略されました。
「今日は服など君の生活用品を買って…あとは神殿で能力検査をしよう。買った荷物は一端ここへ置いておけばいい。」
「能力検査?」
「10歳になると、神殿か教会で能力検査をする。それを参考に就職先を決めるんだ。」
ほほう、なるほど。ゼロックスさんに説明を受けながら街中へ繰り出す。意気揚々と踏み出した私の足は、挨拶にきた小石とぶつかりしたたかに転んだ。…うむ。気を取り直して教会に向かう…んですが、
「hey!s〇ri!もしかして私、呪われてる?!」
がばっと、地面から起き上がり叫ぶ。転びすぎて膝小僧がお釈迦になりそうだぜ!全く困った子猫ちゃんだ!
「注意力が散漫すぎるだろう…。」
困った子猫ちゃんは君だ。と言われ、助け起こされるというより持ち上げられた。ヒューッ!足が地面につかないぜ!
「おお、流石実用筋肉。重くてすみません。」
「…、他の部分も気にしてくれ。」
はぁ、と呆れたように溜息をつかれてしまった。申し訳ない。まさかこの歳で子供みたいに持ち上げられると思わなくてですね。ちょっと真面目に謝罪して顔色をうかがうと、地面に降ろして貰えた。さっきぶりだね地面!まった?ううん。いま来たところ!
「シンジョウの世界では知らないが、王都など大きな街以外の地面は舗装されていない。この
石ころや地面の凹凸で一人遊びしている私の手を掴んで、ゼロさんが歩き出す。手を引かれるまま、私も金魚の糞のようについて回ることにした。
「おお、迷子防止と転倒防止を兼ねるとは。さては効率厨ですな?」
ゼロさんの足が長すぎて、隣に並ぼうとしても少し後ろについてしまう。こんの、モデル体型め…。目測180cm後半か?それで八頭身超えてるだろどうなってんだ。僻んでおもわず舌打ちしそうになるのを飲み込む。長い足が絡んでしまえ。そんなことを考えていると、くん、と繋いだ手を引かれた。
「コウリツチュウがなにかはわからないが…、シンジョウは羞恥心が無いのか?」
軽くこちらをみるゼロさんに、おや、可愛らしい返事をお求めですか?と笑うと、そこまででは無い。と斬り捨てられた。ふむ、吐いた吐瀉物を片付けられた仲なのにそれ以上の恥なんてあるんだろうか。
「…ゼロさんの手は大きくて硬いですね。」
男の人だぁ。と呟いて、きゅう、と繋がれている手を緩く握り締め、手のひらを軽く引っ掻く。ビク、とゼロさんの肩が揺れて、見上げれば耳が赤くなって目が泳いでいた。
「んぐっふ、…ぶふっ!」
「…いっそおもいきり笑え。」
許可を頂いたので、しこたま笑う。笑いすぎて歩けなくなって脇腹が痛い。涙を堪えて蹲る私の頭を、ゼロさんに軽く小突かれた。
まだ少し照れているゼロさんが余計に面白くて仕方ない。まさか魔法使いなんだろうか。
「んぐふっ、当たり前の事を羅列しただけで照れると思いませんでした。ひぃいっ、…はぁ、…ゼロさんは魔法使いの疑いがありますね。」
「俺は騎士だ。魔法使いではない。」
私の発言にきょとん、と目を丸くしていて。その表情がとても可愛らしく幼く見えるものだから、尚更笑ってしまった。
「はぁ…すみません落ち着きました。よろしくお願いします。」
す、と握手を求めるように手を差し出すと、仕方ない。と顔に書きながら、しっかり手を繋いでくれた。本当にゼロさんはいい人だなぁ。シェイクハンドは平和の証ですよ!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「それでは、職業能力検査を始めるぞい。」
神殿か教会で能力検査と言っていたからあちこち回るかと思いきや、単純に大きい教会の名称が神殿だった。ほほん。
「よろしくお願いします。」
目の前のサンタヒゲを蓄えたご老人は『鑑定』の能力が高い神官様だそうで、なんと私を喚び出した場にいた一人だった。
「鑑定。」
ご老人の言うことには。鑑定するには今みたいに握手するなり、対象の一部に触れなければならない。本当は呼び出した後鑑定する予定だったけれど、私はすぐ放り出されたので調べられなかったそう。すぐに人を送ったけれど泥酔グロッキーな私をみてこれは無理だと判断し、落ち着いたらまたきてね。に変更したそうで。お手数お掛けします…。
「うむ、やはりか…。」
私の鑑定結果を認定カードとか言う物に、魔法で刻んでいるご老人の顔は険しい。光が収束してカードに文字が羅列されるなんてファンタジックで胸熱展開なのに嫌な予感しかしないんですが。
「大聖女様。認定カードをお渡しいたします。」
「受け取り拒否しても?」
「ほっほっほ。」
「アリガトウゴザイマスウレシイナァ。」
ご老人の圧がすごくて逆らえなかった…渡されたカードにはこれ見よがしに『大聖女』の文字が輝いている。折れねぇかな。と一抹の望みをかけてカードの両端に力を入れるがびくともしなかった。超合金かよ。
「チッ。なにが『大聖女』だ。私は清貧・貞潔・服従なんて御免被る。」
「舌打ちする大聖女様など初めてみたわい。」
「したくてもできなかっただけでしょう。」
思わず悪態をつくけれど、大きくため息をついて頭を振る。
私に務まる気がまるでしない…痛む頭にこめかみを押さえて、顔を上げたらゼロさんと目が合った。肩をすくめて笑ったら苦笑いを返してくれて…まぁ、そうなるよね。そもそも嘔吐系暴言聖女ってありなんですか神様。
「もう一人の…喚ばれたお嬢さんも大聖女でしょう?」
私じゃなくてもよくないかい?一縷の望みをかけて、喚び出しの現場にいたご老人に聞けば緩く首を振られてしまった。
「いや、あの少女は『修道女』じゃった。」
「おっとぉ、雲行きが怪しい。このまま国外に逃亡しようかな。」
この歳でわくわく大冒険とかきついけども。まだ筋肉痛が三日後に来る身体じゃないことは申告しておく。ここテストに出るぞ。
「ゆくゆくは階級が上がり、聖女になるであろうと言っておったがの。」
誰とは言わないが、言ってるのは王様でしょうかね。というか聖女って階級あるの?ふんふん話を聞きつつ貰ったカードを眺める。…あれ、
「もしかしてこのカード、記録されて国に渡ります?」
10歳で検査して将来の職業に影響する。それが口頭じゃなくカードで渡されるって、コレ身分証か。
「…そうじゃの。しかし聖職者は国に縛られる機関ではない。教会に属す事になるのぉ。」
「『大聖女』はどのあたりの立ち位置ですか?」
「神の愛娘じゃ。最上位じゃの。」
oh。ぽっと出の異世界人が職場の上司になるとか、現場の人からすれば悪夢でしかないな。うん。ヘイト被る前に逃げよう。にっこり笑顔の私がなにを考えているのか短い付き合いでも想像できているのか、黙って成り行きを見守っていたゼロさんがため息をついているのが見える。なんだよう、言いたいことがあるならいいたまへ!
「大聖女のありがたみがまるで感じられないんですが。役職とかって変えられないのですか?」
「適正があれば三種ほど出る者もおる。伸びの良い物がそのものの職になることが多いの。後は職級が上がるのみよ。大聖女様はすでに最上級。変えることは不可能じゃな。」
ガッデム。なにが聖職者だ。自分のことで手一杯なのに人に奉仕などできるか。ただでさえ最愛の推しが亡くなって、こちとらメンタルお通夜なうなんだぞ。知らぬ間にあれやこれやと決められて、私の意見も意志もお構いなしか。
ムカムカと胸が焼けて、腹の底がぐらぐら煮え立ってくる。視界の端に、恐らく女神であろう純白の像。ステンドグラスの光で色付き、像に降り注ぐその神聖な様さえ気に入らなかった。なにが、愛娘だ。
「説明してほしい。なにをすればいい?私は私の為に生きている。敬虔になんてなれないよ。」
《『マリカたんを偲んで喪に服す』っていうから、大聖女にしたのよぉ?怒らないでぇ。》
私の呟きに、天から降り注ぐような声がした。高く澄んだ空気のような声に、俯いていた顔を上げる。目の前に、金の髪を靡かせ豊満な身体に薄布をまとった女が浮いていた。女神と呼ぶに相応しい、金の瞳に慈愛を浮かばせながら、にこりと、私を見て微笑んで。
「痴女?」
《やぁん、辛辣。アルたんって呼んでねぇ。》
確定女神を女神と認識したくなくて無駄な抵抗をしたけれど、バチコーン☆と長いまつ毛に縁どられたタレ目から、
《貴女達が渡るときにお話ししたけど…。泥酔してたものねぇ。》
「覚えがないですね。すみません。」
《リンの素直なところ、可愛らしくて好きよぉ♡》
ふふ、と妖艶に笑って私の名前を呼ぶアルたんの、金の砂をばら撒いた様な瞳にぞわぞわと鳥肌が立つ。ううん、逆らったら爪先一つで殺されそうな気がする。私の勘だけれど、本能的な物だろうなぁ。
アルたん曰く。私とお嬢さんは二人とも聖女として呼び出されていた。この世界へわたる際に聖女の力を付与するはずが、待ったをかけたのはお嬢さんで。転移じゃ困るとか、美少女にしてくれとか、愛されハーレムがどうのと難癖をつけてきたらしい。一方私は酒瓶抱えて譫言の様にマリカたんを偲んで泣いていた。面白がったアルたんは職級一つ下げるごとに、お嬢さんのお願いを一つ叶えることにしたそう。
美少女になりたい。色彩を変えたい。権力者に愛されたい。痩せたい。お嬢さんはその四つを叶えた結果、職級が修道女に落ちたとか。なるほどなぁ。
《ちゃんと修行すれば、職級は上がるわぁ。》
そういってアルたんは笑うけれど、お嬢さんには無理だろうな。と思った。なにせ自分の努力で出来ることまで、アルたんに願っている。もし考えが変わっても、そもそもいちからスタートしてるこの世界の人だって聖女まで上り詰めることが難しいのに、すでに権力の味を覚えたであろうお嬢さんがこの世界の人以上に努力できるとは思えない。
…それより、もしかして私も何か頼めば大聖女なんて面倒くさそうな役から降りられるのでは?
「私も、願えば叶えて下さるので?」
《ごめんなさいねぇ。聖女は必ず一人はいなくちゃいけないの。》
一瞬の期待も、見透かされたように叩き落とされて思わず膝から崩れ落ちる。くそう…。
《あの時、リンが喪に服すって大泣きしていたからアイリちゃんの分の力をリンに入れたのよぉ。》
まさかの自ら蒔いた種だった。アイリちゃんとは、あのお嬢さんの名前だろうな。しかし諦めきれない…なにか、なにかないか。聖女になれないような欠点とか…あ、
「処女性とか、清廉潔白とかそんな感じの…聖女たれ!みたいなの?私は資格が無いですよ。」
これでどうだ!とアルたんに告げると、ゼロさんの肩が跳ねた。どうしたんだい?イニシャルGでもいた?
《あらぁいらないわよそんなもの。だって私、元は女の為の神だもの。沢山恋して、結婚して、子供を作って…その過程で失うものに、神聖的価値なんてつけてないわ。》
「oh。やっぱり処女性ってエロ親父の願望詰め合わせセットなんですかね。」
元の世界も教会は売春宿ってスラングになってたしな。ふーん。と納得していると、ご老人から補足が入った。アルヘイラ様は五穀豊穣・浄化・繁栄の女神様で、女性を守って下さるから美・愛・子孫繁栄とかもあるとか。ほうほう。一神教ゆえのオールマイティ全方位カバーなん?しかしこの手もダメか。
《リンの一途な愛は大好物よ。私の力になるもの。》
マリカたんへの愛のことですね。二十年物ですからねへへへ。ドヤ顔で胸を張ると、ふふふ、と花を撫でる様な笑い声が降ってくる。
《ねぇ、リン。好きに生きて。大聖女はね、魔力を浄化して神聖力を世界に循環することが仕事なの。この世界に長く留まってくれるだけで、果たせるのよぉ。》
目を細めて簡単でしょ?と笑うアルたんに、喉がつっかえる様な違和感で眉間に皺が寄る。
「そんな簡単なお手軽循環機なのに、随分仰々しい職業名ですね?」
呼吸してるだけでいいってことじゃないか。なんでこんなに価値が付くんだろう。首を傾げる私にご老人が一歩進み出て、失礼いたします、とアルたんと私に頭を下げた。
「大聖女様、魔力を
《そうそう。それに、高位神官がホースの放水ならリンはダムの放水くらい威力と勢いに差があるのよぉ。》
「魔法を使えば魔力を空気中に霧散させることになります。それを浄化して神聖力に中和しないと、溜まった魔力から魔物が生まれます。しかし、魔物を倒すには魔法か神聖力がいる。」
三人から代わるがわる説明され、唸る。浄化は高位神官しかできないから、必然的に魔物を倒すには魔法しかない。魔法を使うと魔力が残って魔物が生まれる…のサイクルになるのか。なるほどなぁ。
「聖女や高位神官を沢山作ることはできないんですか?」
「魔力回路と神聖力回路、二つを持って生まれるのが千人に1人。さらに浄化させられるのが一万人に1人。実用できる高位神官は10万人に1人ですの。」
その数字が本当なのかは置いといて…なぜそんなに狭き門なの。ちら、とアルたんを見ると、困ったように笑われた。
《神聖力が溜まると聖物が生まれてしまうのよぉ。聖物は断罪履行生物。聖女の言う事全てに従う最強の非有機生命体。そんなの世界に放てないでしょう?》
頭の中を、腐ってやがる早すぎた生物が街を焼き払っているシーンが駆け巡る。断罪って…こっわ。聖女の独裁政権防止措置で高位神官少ないのか。ん?それじゃあ、
「私は一つの場所に留まらない方がいい?」
《そうねぇ。今もリンが自動で浄化した神聖力を吐き出しているから、私がここにこれたの。あ、心配しないでねぇ。私の顕現に神聖力を消費してるから聖物は生まれないわぁ。》
危ない。アルたんが居なければ聖物が生まれるところだった。しかし私の匙加減で簡単に最強聖物生まれちゃうじゃん…ん?あ、なるほど。
「この国の王様が欲しいのは、聖物か。聖女が恋をすれば、妻になれば城に留まるだけで好きに操れる最強軍隊が作れる。聖女は教会の最高位職だから、国に属さない教会も自分の下における。自国以外に、他国に教会を通じて軍隊を送り攻め込めるのか。」
私の言葉にゼロさんが険しい顔をしている。元から知ってたんだろうか。ゼロさんが教えてくれた身元情報が本当か知らんけれど、元々騎士団長だったって言っていたし。この国の攻防責任者が知らないわけがないよね。
《じゃあ、そろそろ行くわね。また神聖力が溜まったら、中和に来るわぁ。》
「逆に、アルたんを呼び出したいなら一所に留まればいいんだね?」
《リンが意識すれば神聖力の循環量は調節できるわよぉ。またねぇ。》
にっこり笑顔のアルたんは、私の額に口付けて空気に溶ける様に消えていった。おお、イリュージョン。調節できるなら寝てるときとかは最弱にすればいいんだね。風呂場で全裸で聖物とご対面とかシャレにならない。蛇口をひねるようなイメージでいいのかな。ぬぐぐ。
「ほっほっほ。まさかこの目でアルヘイラ様と対面叶うばかりか、言葉を交わすことが叶うとは…。長生きはするものですな。」
アルたんが解けて消えた場所を眺めてご満悦なご老人は、私に跪いて恭しく頭を下げた。
「大聖女様、ウォンカと申します。どうぞお好きにお呼びください。」
胸に手を当て膝を折っているウォンカさんににっこり笑顔を向けられているのに、笑い皺の向こう側と目が合わない。ううん…なんだろ。私を通して誰かを見ているのか考え事をしてるのか定かじゃないけれど…、このタイプの人ってこっちが受け入れるまで諦めない古狸型だよなぁ多分。でも言う通りにするのもなんとなく違う気がする。ウォンカさんの私を見る目の奥がギラギラしてるもん。
「ウォンカさん…ウォンカ爺?あ、
大聖女って職業が判明した後も名乗って貰えなかったあたり、絶対アルたんに対する信心なんてないだろ。本人ご登場で震えていたのはなんでか知らんけども。今身一つの私にある唯一のものがこの世界の神であるアルヘイラの威光だけだから、いくら私自身がアルたんに違和感や恐怖を感じようとも、その力を盾にするしかない。判断基準として、アルたんの信者は愛娘の私を邪険にできないはずだ。だから私を害するのかわからないご老人の名前をそのまま呼ぶことはしたくない。
「ええ、構いませんぞ。ほっほっほ。」
立ち上がったウォンカさんは、何が楽しいのか上機嫌に笑っている。…テンプレ展開なら、この好々爺は教会の権力者の可能性がある。聖女の喚び出しにも関わってるしね。悪者かもしれない運転でいこう。
「…シンジョウは、リン、というのか。」
「あ、はい。姓が新庄です。名前が凛。」
「そうか。」
不機嫌そうに眉間に皺を寄せて腕を組んでいるゼロさんに、なんですか?と聞いても、なんでもない。としか返事が返ってこない。ええ、…何でもないなら態度に出さないでくれ。気になるじゃないか。…あ、
「ゼロさん、短い間でしたが今までありがとうございました。」
ペコーと深くお辞儀する。しっかり四十五度。ふつくしい。
「は?」
満足して頭を上げると、鳩が豆鉄砲を食ったようなびっくり顔でゼロさんがこちらを見てた。おや?違ったかな。
「いや、方向性が決まったので。一所に留まれないし、旅に出ようかと。」
浄化の調節はできるからいいんだけどさ。私って権力者からしたら結構なアーティファクトというか…手に入れたら美味しい物件じゃんね。実感ないけど。だからあちこち徘徊していた方が安全なんじゃないかなぁと今のところ思っております。そう告げると、ゼロさんの眉間がマリアナ海溝を生成しだした。…おおん。オコなの?プンプン丸なの?なぜに。
「…身を護るすべは?この世界の常識も通貨も、知らないだろう。」
「ここに来る途中、冒険者ギルドがあったので雇おうかな?と。通貨は実践すればすぐ覚えられるし…。この国からは早めに出ないと、王様につかまりたくないので。」
ゼロさんの心配は私だって考えついていることだ。教会に来るまでの道中で街の人の服装を見たけど、あれは手縫いだとおもう。だから洗った元の世界の服や下着を古着屋に売れば、そこそこ金になるだろう。でも一番危険を感じるのは、私を追い出した王様が私の所有権を主張すること。身分証代わりになる認定カードを、エプロンドレスのポケットから出して翻す。これの所為で、王様にばれるってウォンカさんが言ってたからね。
お嬢さん…アイリちゃんが手元にいるけど彼女が『華やかな』部分に、私は『実務労働』に使い道があると知ってしまった。捕まったら一般通過モブな私じゃ想像できないような運用を強制されそう。絶対に嫌だ。
私の言葉に、さらに眉間に皺を寄せたゼロさんが近づいてきて身構える。近いと頭一つちょい見下ろされるから圧がヤヴァイ。
「騎士団長だったんだ。戦力として冒険者には劣らない。なんなら冒険者をしていたこともある。この国や周辺諸国の地理も詳しい。雇う金も掛からないし、シンジョウに常識を教えるだけの教養もある。…同行する。いいな?」
「ウェッ?!ア、…ハイ。」
すごい勢いで売り込まれて、返事をしてしまった。いやいや、ゼロさんいい人だけれどそもそもこの国の人だし、王様側の人間だよね?ご迷惑をお掛けしたしお世話になったけれど、いつ王様に売り飛ばされるか気が気じゃないんだが?
真剣な顔で詰め寄られて思わず降参ポーズをとってしまう。騎士団長の圧こっわ。冷や汗出るわ。ただでさえガチムチ長身男性だからなおさら。頭一つ分大きいとかほぼ巨人じゃないか。少し下がって頂きたい。
うん、撒けそうなら道中でゼロさんをまいて逃げよう。得られる情報全部貰って。タイミングなんていくらでもあるだろうきっと。なんせお互い成人なのだから、ゼロさんが歓楽街辺りで発散するときとかね!うんうん、我ながら完璧だと頷いているとゼロさんがジッとこちらを見ていたらしくバッチリ目があった。いたたまれずに目をそらす。な、何にも企んでないですよ~と口笛ぴょろり。
はぁ、と露骨にため息をつかれたが、きっと大丈夫だろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
元の世界の服、下着まで売るなんて正気か?確かに見たこともない製法で、高値で売れるだろうが…。無頓着にもほどがあるだろう。先ほどのアルヘイラ様との話もそうだ。俺と教皇様の前であることも気にせず、聖女やもう一人の少女について知ってしまった。教会が知れば大騒ぎになるような話をポンポンと。聞かれたのがウォンカ様でよかったが…つい出たため息に、ガシガシと頭を掻く。
それより…俺を置いていこうなど、二度と考えられないようにしなければ。先代国王に誓った忠誠を、ベイルート様に誓うことはない。何より騎士職も解かれてしまったしな。ちょうどいいと言えば、丁度良かった。シンジョウは常に移動し続けなければならないし、今まで国の外に出るのは討伐や遠征、合同訓練か戦争時だ。いままで多忙で休暇もろくになかった。使う暇なく貯まった金で、ゆっくり旅をするのも悪くない。…シンジョウは、俺が手を引かねば何もないところで転んでしまうしな。
転んで砂まみれになっていたシンジョウを思い出して、笑いがこぼれる。それを訝しげな表情のシンジョウにみられ、咳をしてごまかした。…早めに警戒を解かせなければ。行動を共にすれば、いずれ信頼も築けるだろうか。
「さて、ロックス殿は騎士団長の職を解かれていたのぉ。鬼神の守護が無くなった小国に愚王の舵…女神にも見放され、沈む泥船に留まることも無かろうて。」
す、と出されたウォンカ様の手を握る。剣に関する再就職を探すために、再鑑定してくださるのだろう。教皇様の鑑定など、本来騎士団長であっても簡単に受けられるものではないのだが。アルヘイラ様にお会いして機嫌がいいのかいつもより口が滑っていらっしゃる。
「ふむ。どうやらアルヘイラ様は、ロックス殿をお気に召したようじゃの。」
「これは、」
渡された認定カードには騎士団長の文字が消え、『大聖女の騎士』と彫られていた。大聖女…シンジョウを護る為に存在しろ。という事か。カードを見て黙った俺とウォンカ様が気になったのか、覗き込んできたシンジョウはカードの文字を見て苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
「ゲッ…。アルたんの過保護が重い…。ごめんねゼロさん。」
「いや、気にするな。」
謝罪してくるシンジョウには言わないが、元からそのつもりだったのだから問題はない。むしろ大義名分が出来て都合がいい。シンジョウの小さい頭を軽くかき混ぜると、絹のような黒髪がぐしゃぐしゃに乱れぅおああ、とまるで女らしくない悲鳴が聞こえて笑う。
「ほっほっほ。では、大聖女様。こちらをお持ちください。」
「ひょあっ?!」
じゃら、と重量を感じる革袋をウォンカ様に手渡され、やはり重かったのかシンジョウから素っ頓狂な声が上がった。小さな手が恐々紐を解けば中から大金貨がじゃらじゃらと姿を現し、シンジョウは引きつった顔で金貨を見つめ、ウォンカ様へ革袋を返そうと四苦八苦しだした。
「なんだこれ絶対大金だ!いらない!身の危険を感じる!」
「いえいえ、もとより聖女様に対する正当なお布施ですぞ。」
「冗談でしょう?!存在しない対象にお布施とか!」
「いやいや、受け取って頂かねば横領罪で儂がアルヘイラ様に罰せられてしまいます。」
「じゃあはい、受け取りました。そしてパス!教会の運営資金にどうぞ!」
必死と言って過言ではないシンジョウの様子に、ウォンカ様も笑ってしまっている。ふむ、と髭を撫でつけて、シンジョウの手にしっかり革袋を握らせて。
「これから入用なものがございましょう。持っていて損はないはずですぞ。身の危険は、ロックス殿が取り除いて下さるじゃろうて。」
「ぐぅう…ッ。」
ちら、とシンジョウがこちらを窺いみてくるので、諦めろ。と首を振れば睨まれた。顔に思い切り裏切者…。と書かれていて面白い。大金を手にして喜ぶどころか迷惑がるなんて、シンジョウは今までどんな生き方をしてきたのだろうか。
「…わかりました。ありがたく受け取ります。」
威嚇する犬のような顔のまま、嫌々と言わんばかりに受け取ると中から数枚取り出して自分のポケットに入れた。何をするのかとみていると、革袋を俺に放り投げてきて。落とすわけにもいかず受け止める。
「これからの護衛・案内・私への教育等と迷惑料です。大聖女に来たお金なら、そこから運営費を出しても問題ないですよね。一人に対する業務量や前職の職級等鑑みて、お渡しします。お給料前払いという事で。」
「ほっほっほ!そう来なさるか。」
シンジョウの言葉に唖然としていると、ウォンカ様が大笑いしている。中を確認すれば全て大金貨。…いや、多すぎるだろう。これだけあれば向う10年は遊んで暮らせるぞ。
「多すぎる。」
「休み無しと夜間の手当として盛り込んでください。後は夏と冬のボーナス分込みとか?」
金を手放せて肩の荷が下りたのか、今までで一番の爽やかな可愛らしい笑顔を向けられグッと言葉が詰まる。…ウォンカ様に敵わないからと、俺に押し付ける気だな。はぁああ、と今日何度目かわからないため息が出た。
「入国税や馬車、宿や移動時の雑費等はここから出す。それでいいな?」
「ゼロさんの装備その他福利厚生にお給料分もその都度引いてくださいね。」
「…わかった。」
随分と、勘定が大雑把というか。いや、そもそも全額押し付ける気でいたから俺がどれだけ持っていこうが関心が無いのか。…俺が金に目がない糞野郎だったらどうするつもりなんだ。危機管理能力が無いのか。言いたいことは山ほどあるが、ここでいう事でもないだろう。飲み込んで革袋をしまった。
「話はまとまりましたかな?」
愉快そうに見ていたウォンカ様に、シンジョウがいい笑顔で返事をしている。
「では、ご縁があればお目にかかることでしょう。お会いできて光栄でした。大聖女様。」
「いろいろと、ありがとうございました。またいつか。」
お互いに頭を下げ握手をした後、シンジョウは早々に教会から出て行って。ちら、とウォンカ様に目をやれば、眦を下げて微笑む様は孫を見る眼だ。軽く頭を下げれば、頷き返され。今度は振り返らずにシンジョウの後追って教会を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます