第9話 18禁エロ同人聖女爆誕未遂と赤の教皇

昨日あれだけ意気込んでお勉強したけれど、昨日今日で特別な力に目覚める様な主人公体質は持ち合わせていなかったようだ。ちなみにヒロイン適正も欠如している。見てくれ、こちら右から清楚なアリアさん、元気なデイジーさん、ほんわかアンネさん。本日付で私のお世話係としてウォンカ翁から派遣された三名の美人神官さん達です。…ええ、とっても美人で淑やかで、しかもちょっぴりお茶目も兼ね備えたヒロイン属性の女性達が朝一のおはようからいらしておりまして。


「結局美人にお世話してもらってる優越感が勝って、自慢しに来たの。」


「…お前な、」


身支度を整えて貰って朝ご飯はゼロさんと食べたいと主張してみたら、問題なく叶えて貰えた。教皇様方もいらっしゃいますがってお窺いを立てられたけれど、落ち着かないからお断りした。絶対ご飯の味がしなくなるもん。お部屋に運んでもらった二人分の朝ご飯に舌鼓を打ちつつ、昨日のお勉強内容を共有したりラジバンダリ。


「こっちの人達は、背が高くてスラッとしているのに出ること出てて、大変に裏山けしからん。そうは思わんかね?」


「比較対象がわからんから答えようがない。」


「たしかに。それじゃあ一方的に聞いて貰おうか!」


神官って役職なだけでも背徳感があるのに、美人でナイスバディで最高。細かい所に気を配ってくれるし、今日のお風呂を泡ぶろにしてくれる約束もしたんだ。あ、あとマッサージもしてくれるんだって!もう楽しみでルンルンである。


「昨日の夜とは違ってずいぶん機嫌が良いな。」


魔法が強制的に使えない事がわかって、昨日はべっこり凹んだ。午後の面会はそのままルール先生だったから、神聖力と魔法の話の続きをしつつ、私の神聖力コントロールの練習をして解散。そのまま護衛で通路に待機していたゼロさんを引っ張って、第一回こんなはずじゃなかった異世界転移愚痴大会を開催。ちなみにゼロさんは言わずもがな強制参加です。それでよっぱらりになった私を介抱する係だったゼロさんの裁量で、美人神官三名様が今朝のご挨拶になったのだ。


「美人にチョロい自覚はあるんです。でも仕方がないよねぇ~、美人は世界の宝だからねェ。」


「シンジョウは容姿の整っている者が好みなのか。」


「ん?そんな事は無いよ!私は!女性は老いも若きも美醜関係なく好きです!あわよくばお近づきになりたい!」


「…男は?」


「観賞用!」


真剣な雰囲気のゼロさんに胸を張って宣言させていただきますが、けっして本人にセクハラをしたりなどは致しませんのでご安心を!あ、でも


「ゼロさんは特別枠で!セクハラのつもりはないんじゃよ?でもつい呼んじゃうし、こう…安心するというか側にいて欲しいし…」


「ッそ、うか。んん゛、その、俺に気を遣わずともお前の好きなように」


「やっぱりゼロさんは最強のセ〇ム感があるからね!最強の保護者がついていれば虎の威を借るキツネになろうと安全あんしイタタタタッ!?なんで?!」


なんでアイアンクローしてくるの?!わからんけどごめんなさいすみませんでした!片手なのにゼロさんの手がでっかすぎてばっちり左右のこめかみに指が食い込んでるからめっちゃ痛い!!


「五月蠅い少しは反省しろ。」


「えええ理不尽!悪い事してないもん濡れ衣だ!DV反対!」


ゼロさんのサド!ゴリラ!保護者が保護対象に害を与えるなんて許されないんだぞ!なんて騒いでいたのが懐かしく感じる現在、神殿の中庭で神聖力の初歩を練習中。ちなみに全然進んでないよ。ステップでいうと、教科書の一行目で躓いているのさ…。STEP1・回復魔法を使ってみよう!←これな。


「シンセイリョク、ムツカシイ。オレサマ、オマエ、マルカジリ。」


「…大丈夫か?」


煤けてしゃがみ込んで、その辺の枝で土をぐりぐり掘り返していたら、背後から聞きなれた声がした。


「っあああ、ゼロさん!私のSAN値がピンチ!SAN値!ピンチ!」


おもわず振り返って速攻抱き着いたよね。だって聞いてくださいよお兄さん!ここ、めっちゃストレスたまるっ。結構な頻度で遠巻きに神官さん達の視線を感じるし、フレンドリーな人も勿論いるけれど陰口とか腹の探り合いという名のご挨拶とかしてくる人もいてッ。我慢して愛想笑いしているけど限界きそう。ぶっ飛ばしたらダメかな…?


癒しが欲しい!具体的にはもふもふか女の子がいい。でもね、いないんですよ。なら、あるもので代用するしかないよね?今この場で確定の私の味方、ゼロさんしかいないんだよ。わかったら私をかまう作業に戻るんだ!


「…ッお前な、かまえと言われても、」


「このままだと私、黄衣の王とか白痴の魔王呼べる気がする…。」


今回お外で練習中の私は、私の視界に入る範囲で距離を取りゼロさんも剣の鍛錬をしている。いや、手持ち無沙汰だろうと思って。ずっと見られてると落ち着かないし。だからまぁ、私の進捗がよろしくないのも把握されているんだよね。不甲斐ねぇ。


「んん゛ッ…、ひとまず離れろ。」


ゼロさんにぎゅうぎゅう抱き着いているから、とても暖かい。筋肉って暖かいそうだね。検証成功です隊長!成功したからって離すとは言っていないがな!


「やだ。ストレスで私の胃に穴が開いてもいいというのか。」


そんなに軽く頭を押しても無駄無駄ぁっ!大人の駄々程見苦しい物はないぞ。痛々しいぞ、わかっているのかね?もはや私にメンタルの余裕などないのだ!それでも何とか私から離れようとするゼロさんに、頬がむくむく膨らむ。薄情者め。そんなに私に引っ付かれるのが嫌か。我、上司ぞ?上司ぞ?


「かまって。」


職権乱用は重々承知でしがみ付いたままゼロさんを睨んだら、


「ーッちょっと、まて…ッ、」


片手で顔を覆われた。なんで!何も見えない。お先真っ暗だ。もうおしまいだ!っていうかこれ今朝と同じ状態では?こめかみは狙われていないけれど、リンゴとか余裕で握り潰せそうでこっわいわ。我が侭言い過ぎたらワンチャン握り潰されるなこれ。


「むぐ…ゼロさんの馬鹿。もういい。」


そんなに離れたいなら、叶えてやろうジャマイカ。腰にしがみ付いていた手を離して、私の顔を押さえているゼロさんの手を掴む。まだ30%くらいしか回復していないけど、握り潰されたくはない。ふーん、いいさ。他を探すから。今日はもう勉強お休みする。セクハラ逆ギレついでに気分転換の旅に出るのだ私は。


「あっ、」


両手でべりっとゼロさんの手を除けたら、焦ったような声と、顔の赤いゼロさんと目が合った。…うん?


「なんだ、具合悪かったのかい?引き止めてごめんよ。」


それはよろしくないね。曇りの日も室内でも、熱中症は発生するのだよ。ご存じかね?素振りが終わったらちゃんと水分と塩分とってね。豆知識を披露しながらゼロさんの手を離そうとして、逆に手首を掴まれた。お?


「…何を、どうかまえばいいんだ。」


「ん?他に気分転換に行くから大丈夫だよ?ゼロさんはゆっくり休んで…、」


「いや、大丈夫だ。俺の代わりなどいらん。」


なんだなんだ。今度はご機嫌ナナメさんかい?別に無理しなくてもジジ君とかいるし、


「わぷ、」


皆まで言う前に、髪をわしわし掻き混ぜられた。何をするのかね君は!ぼさぼさになるではないか!って言おうとしたのに、なかなかいい塩梅で撫でられて…悪い気はしませんね。もっと撫でてくれていいよ!強めなのに絶妙に痛くないし、ナイスな重さとサイズ感ですわ。


「へへへ、」


ゼロさんは癒し系だね。保護者力というか父性力か母性か知らんが、とても落ち着くし小言を言いつつもかまってくれて嬉しい。SAN値が回復してきたからか、勝手に顔が笑ってしまう。んへへ。


「ゼロさんにかまわれるの、すき。」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


だから、もっと撫でて。と笑うシンジョウに、顔に熱が集まり、眩暈がする。


数日前から、シンジョウは俺に対する距離感がとても近い。何が切っ掛けかはわからないが、妖精王に会ったあたりからだろうか…。気の緩んだ顔で俺に笑いかけてくる。それは今までの笑顔は、作り笑いが含まれていたんだろうと分かる程、差があるもので。


その、とても嬉しいのだが、…まだ、それに慣れていない。笑い方以外にもあまりに無防備に俺に触れてくる事が増えたせいで、俺がもたない。こう、シンジョウから触れられると、腹の底辺りが胸焼けするというか、手足が痺れるというか…。そのうち、この痺れになれる時が来るのだろうか?なんとはなくそれも惜しい気がする。なら、どうするべきだろうか。シンジョウの指通りの良い髪を梳いて、耳にかける。


首を傾げるシンジョウの頬が手に触れて、柔らかさに胸が詰まる。そのまま頬を撫でて、小さな顎を掬い上げた。抵抗もせずに、不思議そうに見上げてくる黒曜石のような瞳。薄紅色の唇から、目が離せなくなる。


「…シンジョ「あっ!!」


ガッと勢いよく手を掴まれて、肩がはねた。気が付けば、シンジョウと顔が近く慌てて離れて距離をとる。


…いや、何もしてない、何もしようとしていないぞ俺はッ!熱くなる顔を、掴まれていない手で覆って誰ともなく言い訳染みた考えが頭に沸いては消える。


「ゼロさん、怪我してるよ?」


「そうだな…、まぁ、この程度ならたいしたことは無い。」


言われてみれば、確かに人差し指の側面が切れて、血が出ていた。しかし、この程度の擦り傷や切り傷はよくある。そもそも、いつ出来た物か定かでは無い。戦闘時であれば、些細な傷も気付くのだが。


「むむむ、早く治せるようにならねば。」


「…ふ、」


こんな小さな傷だというのに深刻そうな顔で呟くシンジョウに、思わず笑いが漏れる。


「あ!いま憐れんだな?!」


「いや、この程度の傷にわざわざ回復魔法なんてかけないぞ。舐めておけば治るだろう。」


重篤な怪我でも無いのに回復魔法を使っていたら、魔力切れになるだろう。それこそ危険だ。そう言うと、逡巡した後何か思い付いたのか、手を引かれて。


そのまま、シンジョウの唇が俺の手に触れた。


「ちゅ、」


突然のことに呆然と立ち尽くしている間に、赤い小さな舌が、血の滲む指を撫でて。ぬるりとした生暖かい感触に、その光景にゾクゾクとした背徳感が背筋を走る。


「…はっ、なん、何してるんだお前はっ!」


全身が沸騰したように熱い。心臓が五月蠅いのに、締め付けられるように痛む。思わず手を引き抜いて、後退った。


「舐めれば治るって言うから。」


キョトンと、さも当然のことをしたと言わんばかりの態度に、頭が痛くなってきた。


汚いだろう、舐めることに抵抗がないのか?というか、こんな事を誰にでもやる気か。…そんなこと許せるかっ。嫉妬と羞恥と色んな感情が渦巻いて、飲み込んで、


「…犬かお前は。」


吐き出されたのは、注意とも言えないような指摘だった。


「ええー?舐めとけば治るって言ったの、ゼロさんじゃないか。濡れ衣!」


三十路の犬とか老犬ですぞ。と憤慨しているシンジョウには悪いが、犬だお前は。


目が合うと構われに走ってくるし、撫でられて喜ぶ。楽しそうに笑って、注意力が散漫で、気になったものについていく。仕舞いには、抵抗なく舐められた。…完全に犬だな。


「…ゼロさんや、失礼なことを考えているな?」


まるっと全部お見通しだぞ!と指をさされ、それすら拗ねる犬のように見えて、我慢できずに笑ってしまった。


「ふっ、すまん。」


「ぬう…、納得いかぬ…。」


不満げなシンジョウの頭を撫でると、自分からぐいぐいと頭を押しつけてきて、もっと撫でろと言外に要求してくる。要望通りに撫でていれば、段々と嬉しそうに笑うものだから、


「…かわいいな。」


「うん?なんだい?」


「っな、んでも、ない。」


つい、零れた呟きに納得する。このムカムカと上がってくる感情。好ましいとは思っていた。俺のものにしたいとも、意識させたいとも。だがそれよりもまず根本的に、シンジョウを可愛らしいと感じていて。だから、無意識に触れたくなりそれを我慢すると腹の底がイラついて突飛な行動に移してしまうのか。


「あれ?ゼロさんのケガ、治ってる。」


本人からの許可も得ているのだから、あまり我慢せず触れても問題ないだろう。少しばかりスッキリした気分でいると、シンジョウが怪訝な声を上げた。怪我が治ったと言われて、先程舐められた指を見ると、確かに跡形も無く傷が消えている。


「え、民間療法最強説?」


「そんなわけがあるか。」


まさかの回復魔法いらず。と呟くシンジョウに、そんな馬鹿なことがあるかと突っ込む。


「え、じゃあ私が舐めたから治ったのか。」


「…その可能性の方が高いが、確認し辛いな。」


少し真面目な顔で、エロどうじんかよ。と煤けているシンジョウ。またよくわからんことを言っているな。


シンジョウの世界の言葉なのか、合間に挟まれる言葉の意味がわからず、大体聞き流している。まぁ、本人も気にしていないようだから、本当に意味の無いことを言っているのだろう。


「よし、ちょっと怪我でもしようか。確認しないことには始まらぬ!」


「いや、止めろ。許せるか。」


なにを自分から傷を負う気でいるんだ。


「大丈夫大丈夫。ちょっと斬るだけだから。多分すぐ治るし。」


ポーチからナイフを取り出す手を、掴んで止める。ダメだと言っているだろう。それなら俺が負えば良い。


「ううん。無理せんでも。嫌がることを強要するの、よくない。セクハラしておいていう事ではないがね、我が社はホワイト企業なのだ。」


ノットパワハラ。と続けるシンジョウに、先程舐められたのに動揺して後退ったからか。と思い出して、言葉に詰まる。


「…いや、やはり俺でいい。」


深く思い出す前に、さっさとマジックリングから剣を取り出す。


「おお、そういう仕組みか。」


「なにかいったか?」


「いえいえ!なんにも!」


ジッと見つめてくるシンジョウに首を傾げつつ、軽く手を斬る。赤い線が手の平に走り、ぽた、と血が落ちた。


「うう、申し訳ない。痛いよね…、」


「薄く斬っただけだから、なんともない。もし治らなくても、今日中に傷口は塞がって明後日には治るだろう。」


斬った手に触れて、申し訳なさそうに聞いてくるシンジョウを宥める。この程度なら本当になんともないんだがな。


「うーん、じゃあさっさと試す。」


切り替えがついたのか、両手で手を掴まれた。…手が小さいな。俺の手よりもよほど小さい手が、ひんやりと心地いい。


「ちゅ、」


手の平に触れる柔らかい唇の感触に、肩が跳ねる。…犬になった時の口づけを思い出して、手の甲を斬れば良かったと後悔していた。ちろちろと小さな舌に舐められて、くすぐったさと…シンジョウの姿に背徳感、のようなものが湧き上がって、ぐっと、


「んん゛、」


いや、何も考えるな。やましいことをしているわけでは無い。これはただの確認だ。必要があって仕方が無くしているのであって、性的に興奮しているなどということでは、断じてない!


「おお、やっぱり治った。なんでだ。」


必死に自分に言い聞かせていると、複雑そうな顔でシンジョウが声を上げる。みれば、負傷していた筈の手の平は何事もなかったかのように傷口が跡形もなく消えていた。


「理由はわからないが…ウォンカ様は、なんと仰っていたんだ?」


「治すイメージが湧かんのかもしれませんなぁって。」


なるほど。シンジョウの居た世界は魔法がないのだったか。…いやまて、舐めておけば治る、と言われて治すようなシンジョウが治癒をイメージできていないわけがない。本人が気が付いていないだけで、どこか勘違いをしているんじゃないか?…確認した方が早いな。


「なにをイメージしてるんだ?」


「んぇ?んと、ふわふわが出なくて。」


「…ふわふわ?」


「うーん、と、ゲームとか漫画みたいに傷口に手を翳したり、こうやってお祈りすると傷口が光って治るんだよ。ふわふわの光がね、ぽわーって。ほら、回復魔法って光属性でしょ?」


「…お前は魔力で魔法を使おうとしても神聖力に浄化しているから魔法が不発になるんだろう?光属性の魔法をイメージしても回復魔法は使えないんじゃないか?」


だからこそ、ウォンカ様はお前の神聖力をそのまま回復魔法として発動できるように練習させているんじゃないか。そう続けた言葉に、考えついていなかったのかぽかん、と口を開けて立ち尽くしている。だ、大丈夫か?


「ゼロさん、ワンモア!おかわり!もっかい怪我して!」


鬼気迫る勢いで捲し立てられ、先程と同じように斬って手を出すと、


「いたいのいたいのとんでいけ!」


小さな子供のまじないを、こんなに真剣な顔でやるのをはじめてみたぞ。


「っ治ったじゃんーっ!!私の無駄な努力返してっ!!」


跡形も無く傷の消え去った手の平を見て、絶叫が響いた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


一騒ぎして落ち着いてきたでござる。むしろ真っ白に燃え尽きたともいう。…僕はもう疲れたよパトラッシュ。快晴を振り仰いで木陰にひっくり返ったら、隣に座ったゼロさんに覗き込まれた。


「大丈夫か?」


「大丈夫です…。無駄に痛い思いさせてゴメンねゼロさん。」


二度も自傷行為させた罪悪感ヤバい。腹筋で起き上がってそのまま頭を下げた。平に平にご容赦をぉおおっ。


「いや、たいしたことは無い。治ったしな。」


笑いながら、頑張ったな。と労われて荒んだ心が浄化されていく。ぜ、善人や…善人がおるっ。


「回復魔法は光属性って聞いていたし、自分の中でもゲームとか漫画の知識で光属性だと思ってたから、つい勘違いしてしまった。」


今朝からの無駄な努力を思い出して溜息が出る。魔力が作れ無いのに光属性の魔力を使おうとしたって無理だよねぇ。私が安全に使えるのは神聖力だけなのだから。というか、ヴォイスさんだって、『神聖力で回復魔法を』って言っていたの、すっかり忘れていた。ぐぬぬ。


それもこれも、あやつらの所為だ。…練習は良いんだけれどね、合間に挟まれるんだよ。嫌味を。誰にって?顔合わせの後から滞在してるお偉いさん付きの神官だよ。ちょっとした時間にふらっと現れては、こそこそくすくすぷぷーってして、帰っていくのだ。


それが腹立たしくてメンタル死んでた。まぁ、せっかくゼロさんで回復したメンタルを殺すのは勿体ないし忘れよう。うむ。


「神聖力つよつよだから、舐めるなんて野生の治療行為でも『治療』の範囲で判定されたのかな。ゴリ押しじゃないか。」


「まぁ、そう言うことになるな。」


「はぁあ~、それでもゼロさんが気が付いてくれて良かった。じゃないと、怪我する度にペロペロしなきゃいけないところだった。」


あぶないあぶない。とんでもない18禁エロ同人聖女が爆誕するところだった。というか、背中から袈裟斬りにされたら舌が届かなくて死ぬな。


「んん゛っ、ところで、呪文は必要ないんだな。」


「いたいのいたいのとんでいけ~ですか?いやとっさに思い付かなくて。まぁ、効いたのでセーフ!」


本当は何かそういう文言が必要だったのかも知れないけれど、舐めても治るならいらないよね。ゴリ押し万歳。これからも『いたいのいたいのとんでいけ』で治したろう。私に子供扱いされるゼロさんを想像すると面白い。ふひひ。


「これで回復魔法は習得したから、神殿とオサラバですな!」


「いや、それはまだ無理だろう。」


「え?なにゆえ。」


「教皇様方との面会を約束していると、ウォンカ様と話していなかったか?まだ緑の教皇様としか面会していない。」


「あ゛ッ」


ウォンカ翁からお知らせされた教皇様は五人。青色のウォンカ翁と緑のルール先生には合った。残りは赤と黄色と紫。その中で私をジロジロと嫌な感じで見てきてコソコソ笑っているのはいつも黄色の神官だ。赤の神官さん達も凄い見てくるけれど、何か言われたりってことはない。紫の神官さん達はなんか…舐めるように観察されてるような…?思い返すだけで気分が沈む。教皇全員美少女だったらよかったのに。


「ヤダなぁ…」


「シンジョウ、無理をする事は無いぞ。もし不快な態度をとられているのなら、黙らせる方法はいくらでもある。」


「おっふ…ゼロさんって肉体言語派?お話し合いの真面目タイプかと思ってた。」


「俺は騎士団に入る前は冒険者だぞ?」


「なるほど、TPOですな!」


いつもは私を窘めるゼロさんがわっるい顔で笑うものだから、元気出てきた!そうだそうだ、気に入らないならフルボッコにしてやればいいのだ!気合も入れ直したところで、回復魔法も習得したことだし着替えてこようかな…?この後はお昼を食べて、ウォンカ翁に回復魔法が使えるようになった報告か教皇とお話合いになるだろうし…、


「ご歓談中の所失礼いたします、聖女様。」


「ひょっ!」


「赤の教皇、ミトラ・ミストラ様から『共に昼食を頂きませんか』と言伝を預かっております。如何いたしますか?」


「お、…あ、ハイ。ええと、着替えたら行きます。って伝えて…クダサイ。」


「畏まりました、お待ちしております。」


背後からぬるっと声を掛けられて心臓が口からドッキンコ!するところだった。まったくまったく驚かせおって。一応私の方が立場が上だから下の者に敬語を使っちゃダメですよ。って美人神官三人衆に教えられたけれど、突然来られると対応しきれぬ。うぬぬ、修行が足りぬようであるな。


「ついに一緒にご飯タイムが来てしまったか…うう、」


「同じテーブルに着くことは出来ないが、側に控えている。」


美味しいご飯の味がわからなくなってしまうだろうと、簡単に想像できてしょんぼりしていたら、ゼロさんに頭をぽんぽんされた。…慰められとりますな。


「同じ部屋にいる?」


「ああ。」


「じゃあ頑張るかぁ~」


どんな敵でもバッチ恋!って言い切れはしないけどさ。保護者に応援されたらね、やらねばッて気になりますとも。お部屋に戻ったら既にアリアさん達が待ち構えていて、お風呂に放り込まれた。神殿で案内役をしてくれたソドムさんが、連絡してくれたみたい。ありがとナス!素早く丁寧にぺかぺかに磨かれて、裾とか胸周りに青い刺繍が入っているシンプルなドレスっぽい神官服を着せられた。ウォンカさんからだそうだ。なるほど、それで青い装飾なんだね。…なんでサイズ把握されてるんだろう。真贋?真贋スキルなの?怖くて聞けない。


「ゼロさん見てみて、神官になったぜ。」


「言動に神官らしさが無いが。」


「これが私の良さなんですぅ。」


「ははっ、それもそうだな。」


緊張を誤魔化す様に軽口を叩きながら案内された食堂に、想像通りの長テーブル。予想外だったのは、入り口のすぐ横に教皇が立っていたこと。それから、


「初めまして、大聖女殿。私は赤の教皇ミトラ・ミストラ。よろしく頼む。」


「は、…初めましてぇ!シンジョウですッ!」


赤の教皇がイケメン♀シニアだったことかな☆長い白髪を緩いみつあみにして、渋く落ち着いた声が耳に心地いい。眼差しは鋭いけれど目尻に年輪を重ねている辺り、優しい人なのではなかろうか?女性の強さと気高さを身に纏った推定年齢60代なおねぇさまに、トキメキ過ぎて声が裏返った。ぐううッ、なにやってるんだ私!第一印象が大事なんだぞしっかりしろ!


「誘いを受けてくれて感謝する。年甲斐もなくはしゃいでしまってね。ついこんな所で待ってしまって…楽しんでくれるといいのだが。」


「ひぇえカッコイイ…ッ!」


するっと流れる様に手を取られ腰を抱かれて、上座にエスコートされて。気がつけば椅子に座らせられていた。何が起こったかわからないが、ミトラ様が恰好良すぎて思考回路がショート寸前なのは確かです。ここがラブコメ時空だったら私の眼がハートになっていることだろう。


「聖女殿は成人していると聞いてはいるが…、気分を害してしまったらすまない。」


「あ、いえ大丈夫です!成人してます!」


「それはよかった。これは私のお気に入りでね、是非味わってほしい。」


ミトラ様の目配せで運ばれてきたのは鮮やかな赤色の液体。ワイングラスに注がれて出された食前酒は、見た目よりも甘くて飲みやすくフルーティー。エスコートといいこの場の雰囲気といい、これが大人の世界って奴か…っ!正直萌えすぎてサーブされるご飯の味全然わからん吐血しそう。


「食事はお気に召していただけたかな?」


「はい、えと、ご馳走さまでした。」


嘘ですなにを食べたのかも覚えておりませぬ。すまぬ。テーブルマナーも心許なくて緊張してたしね。子供の嘘レベルでばれてるだろうけど、ミトラ様は流してくれるようだ。


「私達赤の神官は武闘派でね。身体が資本だから食事を大切にしている。喜んでいただけたようでなによりだ。」


「ぶ、武闘派…」


「ああ、神官には特色があるのは聞いたかな?…その様子だとルール殿から聞いていないみたいだね。では我が赤の神官について少し話をしようか。そちらは気が向いたときにでも読んでくれると嬉しい。」


片付けられたテーブルの上、渡されたのは聖教国の歴史書。それを開くより早く、ソドムさんが恭しく回収して持って行ってしまった。たぶん私の部屋にお片付けされたのだろう。


「先ほども言ったが神官にはそれぞれ役割があってね。個人の適性や希望を聞いて各教皇の下に付けるのだが、我が赤の神官は暴動の鎮圧や魔獣、スタンピードの制圧が主だった仕事になる。」


「ワァ」


それで神官服の上からでもわかるくらい身体に厚みがあるんですね。ルール先生の所の緑の神官さん達より二回りは大きいもん。


「常日頃から研鑽を積み、神聖力を使えない状況や封じられた際にも動けるよう、戦闘訓練は欠かさない。」


あ、私が外で回復魔法の練習をしていた時にランニングしていた集団って、赤の神官さん達だったのか。皆タンクトップで走ってるからトレーニーかと思った。


「皆得意武器は違うが腕に自信がある。もちろん私も。…だからこそ、腹立たしく許せない事があってね。」


「えっ」


「我々神官は役割が違くとも、みな女神アルヘイラ様に使える敬虔なる信徒である。故に女神の愛娘たる聖女殿に使えることもまた最上級の誉れ。我々赤の神官は、自ら磨き上げた肉体と信仰心でもって、聖女殿をお守りしたいのだ。」


ワッツ?え、私を守りたくて怒ってるってどういう事だ。困惑なうな私を飛び越して、ミトラ様が見つめているのは私のナナメ後ろ…振り向いた先には、ゼロさんがいて。


「大聖女殿。我々赤の神官とバルト・ゼ・ロックス殿の決闘をお許しいただきたい。」


「…はいッ?!」


けけけけ、決闘?!驚きすぎて声が裏返った私を完全無視でミトラ様とゼロさんが睨み合っている。既にバッチバチやないか!


「女神アルヘイラ様から命を受けたとはいえ、こちらからすればぽっと出の若造にその座を奪われたと感じる者が多くてね。もし我々がバルト殿に勝てたなら、その者を聖女殿の浄化の旅のお供に加えて頂きたいのだよ。」


にっこにこの笑顔をこちらに向けないでいただきたい。恐怖しか感じないわい。


「…お断りします。私にはもう騎士が居るので。」


「しかし、バルト殿だけでは心許ないだろう?守りは盤石であるべきだ。バルト殿とて得手不得手はあるであろう。例えば…社交、であったり。」


「どういう意味ですか。」


「いやなに、バルト殿は元ライハ国の騎士団長。冒険者時代破竹の勢いで昇り詰め、Bランクになったのは最年少の18歳だったそうだね。そしてライハ前国王の眼に留まり騎士として引き抜かれたとか。」


おおお、凄い。Bランクのギルドカードは見せて貰ったことがあるけれど、18歳でっていうのは新情報だ。それに一国の王様から直接引き抜かれるって、もはや主人公では?でもBランクと社交って関係あるのかな


「いやぁ、スラム街の孤児が随分な出世じゃないか。今では大聖女殿の騎士を任されているのだから。」


ゼロさんの主人公っぷりに興奮していた熱が、ミトラ様の言葉で一気に冷めた。私の反応を見て笑うミトラ様と、振り返った先のゼロさんは眉間に皺を寄せて目を逸らしこちらを見ない。最悪だ。


「…料理、ご馳走様でした。行こう、ゼロさん。」


「シンジョウ、俺は」


もう何も聞きたくない。話したくない。ゼロさんの手を取って扉へ向かうけれど、ゼロさんが立ったままビクともしなくて進めない。見上げたゼロさんの表情が、泣きそうに見えて


「大聖女殿、浄化の旅は国を越えます。そういった際に高位貴族の地位は役立つことでしょう。もちろん我が赤の神官にも在籍しております。なに、アルヘイラ様から命じられた座を明け渡せと言っているわけではなくただ供に」


「五月蠅い。喋るな。」


ガシャン!と大きな音を立てたのは倒れたワイングラス。テーブルに突っ伏したまま動かないミトラ様の赤い髪を濡らしていく。ああ、イラつきすぎて、吐き気がする。


「生まれを自分で定める事なんてできない。赤の神官達は自分ではどうしようもない部分でしか人を計れないの?日頃から研鑽を積んでいるにしては、努力の価値を知らないみたいだね。そんな時代遅れの人間が、私の供になりたいだなんて烏滸がましいよ。」


「…は、あははッ!ははははははッ!」


神聖力で押さえつけているのもお構いなしなのか、テーブルに突っ伏したままミトラ様の笑い声が響く。…ホラーだな。笑えるようなことを言った覚えがないんですけど?


「すごいな、流石大聖女殿だ。雑に抑え付けられているのに、圧が強すぎて全然解けない!」


「なんで喜んでるの…こわ…」


力尽くで起き上がろうとしているのか、両手をついているテーブルからギシギシと軋む音と嬉々とした声が聞こえて尚更怖い。喜ばせるのも癪だし解放するか。


「ああ!いい訓練だったのに!大聖女殿、もう一度お願いしたい!」


「ええええヤダよ何この人…ッ!?」


ガバッと凄い勢いで起き上がったと思ったら、一瞬で距離を詰められていて。それに気が付いたのはゼロさんの背中に庇われてからだった。

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