第8話 緑の教皇とテンプレのテンプラ

神殿の入り口には武装した門番さんと神官さんが居て、こちらが口を開く前に恭しく頭を下げられた。おお?


「お待ちしておりました、大聖女様。」


「えぇ…、っとぉ?」


個人情報筒抜け事案発生か?歓迎ムードの笑顔が怖い。愛想笑いも引き攣っちゃって、思わずゼロさんを見たら小首を傾げられたでござる。


「どうした?ヴォイスが連絡したと言っていただろう。」


「あ、ああ!そうでした!」


そういえばそんなこと言ってたねェ!よかった、油断させて聖女だ捕まえろ、囲め!ってちくちくされるかと思った。胸を撫で下ろしている間にサクッとジジ君から降ろされ、お仕事完了なジジ君は馬房でお休みだそうです。お疲れ様、ありがとうね。


「大聖女様、お会いできて光栄です。わたくし案内役のソドムと申します。」


「し、シンジョウです。」


おおう。ゴモラもおるんですか?そんなに畏まられると背中がムズムズするなり。仕事なら大丈夫なんだけれど、まだ私の中で聖女を仕事だと思えていないから畏まられると反応に困る。愛想笑いのまま表情筋が筋肉痛になったらどうしよ。そんな阿保なことを悩んでいる間に、目の前には白亜の大扉。


「こちらで、教皇様方がお待ちです。」


5m以上ありそうな両開きの扉は、植物の彫刻が施された白に金の箔押し。その扉の左右に、白騎士の置物。あ、置物じゃ無くて人だっ!重々しい音と共に左右の扉が開かれ、見えたのは金縁の真っ赤な絨毯に白い壁。ドーム型の天井はガラス張りで、それを跨ぐ様にシャンデリアが輝いている。正面には巨大なアルたんの女神像。両サイドには上品なステンドグラス。うむ、サグラダファミリアみがありますね。キリッ。


いや、正直規模に圧倒されすぎて、意味わからん事言ったわごめん…。思わず入り口で固まって動けずにいると、


「ようこそ、大聖女様。お越し頂き、嬉しく思います。」


ざっと立ち並ぶ白衣の人達に、一斉に頭を下げられた。え、人多くないかね?なんでこんなにおるのだ?!三桁くらいいるじゃん?!私の焦りが伝わるはずもなく、返事に困って両手が右往左往。エマージェンシー!エマージェンシー!誰かたすけてけすた!冷や汗だらだらで笑顔だけ張り付けていたら、ふと一人だけ下げていた頭を上げて目が合った。


「大聖女様、ご健勝そうで何よりですのぉ。」


「ウォンカ翁!…やっぱり偉い人なんですねぇ。」


た、助かった!私とお爺ちゃんの会話がはじまったからか、他の人達も頭を上げてくれた。ありがとうお爺ちゃん、狸爺とか思ってごめんね。小さな教会で会ったときとは違って、今日は祭典フル装備って感じでカッコいいよ!あれだ、フォース使う教皇みた…いや、実際魔法使えるのか。強化版?


「お疲れでしょう、どうぞ奥の部屋でお茶でも如何かの?」


「そうですね!お心遣いありがとうございます。」


ちら、とゼロさんを見ると、私の斜め後ろに控えて待ちの姿勢をとっていて、周りの神官と思われる関係者達は此方を注視しているのがわかる。


うーん、聖女に対する好奇心、本当に聖女なのかという疑心、それに類する値踏み。後なんだろ…嫌悪?睨まれている気がするし、全部無視しよう。うん。気にすると胃に穴が開くわい。それらについて、これからウォンカさんとお茶という名の打ち合わせかな?


何故こんなに人が居るんだい?とかね。なんとなくわかるけど、私も方針決めたいし、報連相大事。


にっこり笑顔でお礼を言って促されるままついていったら、眩しくて目が潰れそうな部屋に案内された。うう、場違い感半端ない。


「人払いは済ませてありますので、楽になさるとよい。」


「はぁあ、豪華絢爛過ぎて、おのぼりさんですよ。」


わぁ、天井にお絵かきしてあるぅ。ソファに深く腰掛けて振り仰いだら、アルたんと思われる絵が描かれていた。き、気が休まらない。


「ゼロさんなんでそこに立ってるんですか!道連れじゃよ!一人だけ免れられると思わぬ事だ!」


つい癒やされたくてゼロさんを探したら、なにゆえかソファの後ろで護衛みたいに立っていた。我関せずか。私だけに押しつけるのか。許さぬ、許さぬぞ!


「ゼロさんは私の側にいるお仕事なはずだ!」


ぷんすこしながら隣をぼすぼす叩く。早くここに座りたまえ。私が上司である限り、君に拒否権は無いのだ。あきらメロン!


「ほっほっほ、随分と仲良くなられたようじゃな、安心致しました。」


「…お陰様で。」


ゼロさんを無理矢理座らせたからか、生暖かい目で見られたでござる。…だって、ゼロさん本当に善意で私を庇ってクビになってたし。マリリンが私にアレを見せたのは、たぶん私が無理をしているのに気が付いたからだ。


ゼロさんが私と一緒にいるのは、表向きの聖女役をアイリちゃんに、浄化の仕事を私にさせる為、少年王が監視役にして付けているのかもしれないと疑っていた。


冷静になって現実を飲み込もうとするほど、怖くて誰も信じられなくて、でも生き残る算段が立つまでは、逃げ切るまでは、信じているふりをしなければいけない。疑っているのがばれたら、少年王の所に連れていかれて牢屋にでも入れられるかもしれない。何が起こるかわからない。実際、自分を誤魔化して、自己暗示をかけて明るく振舞って、平気なふりをしていた。


だって、見ず知らずの初対面だよ?酒瓶抱えてゲロ吐いてたんだよ。いくら心配でも、今後の自分の生活があるのに、私についてきて護ってくれるって約束してくれるなんて、裏があるとしか思えなかった。でも、ずっと親切で、優しかった。信じたかった。証拠が欲しかった。この人を信じていいんだって、証拠が。それをマリリンが見透かしたのかはわからないけれど。…これでゼロさんが少年王の回し者だったら、人間不信になるよ。


だから、マリリンが証拠をくれた時、信じることにした。ゼロさんは味方。ワンチャン実はそう見せかけて…っ!なんて言うのは、いくら考えても仕方が無いことだから。


私に優しくて、必要なら叱ってくるゼロさんを、ちゃんと見ることに決めたのだ。うむ。だって私の保護者だからね!後、正直メンタルに癒やしが足りてない。かまわれると落ち着くから、もっともっとかまってくれていいよ!あ、そうだ。


「ヴォイスさんが、『爺さんによろしく』って言ってました。お知り合いなんですね。」


「そうですなぁ、が豆粒の頃からのつき合いになりますのぉ。」


…これらってゼロさんのことだよね?ヴォイスさんの話で、ゼロさんを含んで、複数形。テンプレ幼馴染みに真面目枠と無気力枠がいるなら、やんちゃ枠がありそうですが。いるなぁ~、ちょうど良く腐れ縁なやんちゃなおっさん。


「そうでしたか。ああ、指南役を引き受けて下さってありがとうございます。」


にこーっと良い笑顔で笑うと、ウォンカさんも目尻に皺を寄せて笑い返してくれる。うんうん。もう面倒だから直接聞こうかな。この百戦錬磨の古狸感ある好々爺然を言い負かせる気がしないし。


「それで、ずいぶん沢山のお客様が居ましたけれど。代わりに何をさせられるんですか?大聖女わたしは。」


「いやはや、話が早くて助かりますのぉ。」


「ウォンカ翁は狸だから、勝てる気がしないので。」


軽く無礼を働いてみるけど、気にも留めないようで笑っている。ぐぬぬ。くぐり抜けた修羅場の数が違うぜってことですな。


さて、ほんとうに随分沢山人が居た。目立ったのは、ウォンカさんと似た服で、神官さん達とは格が違う装いだった四人。それぞれ固定カラーがあるのか、ウォンカさんを入れて五色。たぶん皆『教皇』なのかな。じゃあ後ろに並んでたその他の人達は大神官とか役職違いか。


何のためにいるのか、は、考えられるのは大聖女見学会。本当に大聖女か確かめる為に来たのかな。


「その通り。聖女様が現れた場合、確認でき次第聖教国へ連絡を入れる義務がありますのでのぉ。」


にゃるほど。仕事なら仕方ないね。うんうん頷いて続きを促す。


「ベイルート国王による聖女のお披露目によって、すでに他国にまで聖女の話が広がっております。国内外で偽者が現れておりますが、儂が鑑定した大聖女様はただお一人。上役の者達だけでもお目通り叶えば、惑わされることもありますまい。」


詐欺対策なのかぁ。突然で驚いたけれど、今回限りで終わるならそれでいいか。


「それで、顔合わせは終わりでいいんですかね?」


「そうですな、後程教皇のみ挨拶に伺いましょう。大聖女様のお望みが叶うまでは、此方に滞在していただけるとありがたいですのぉ。」


ふーん、なるほろ。滞在中に何かするつもりだな。もしくは何かされるのか?お断りしたいでござる…でも回復魔法は急務である。うう、せちがらい。


「わかりました。私が回復魔法を覚えるまで、よろしくお願いします。…因みに、虫が苦手なんですが寄ってきたら叩いてもいいですかね。」


「そうですなぁ。咬まれれば病気の危険もありましょう。その時はどうぞひと思いに。しかし虫にも命があります、それを奪うまでは重すぎましょうな。」


「うーん…じゃあ、叩いた後はウォンカ翁にお願いします。」


「ほっほっほ、お任せ下さい。」


よっしゃあ!言質とったどー!思わずソファの上でガッツポーズしてしまった。いや、大事なんだよ?権力者の許可。私もここでは最高権力者だけれど、新人だからね。まぁ、必要なら乱用も辞さない。命大事に。


という事で、その日はお疲れでしょうからお休みくださいって解散になった。まだお昼前なんだけれど、これまた豪華なお部屋に案内されて内装の案内を受ける。お世話係の女性神官さんが居るそうなんだけれど、正直もう人間は結構です…な気分なのが顔に出ていたらしく、明日紹介させていただきますね。と微笑まれてしまった。ごめんぬ。


「ゼロさんは同じ部屋じゃないの?」


「ゴフッ!ゲホ…ッ」


「わ、大丈夫かい?」


お部屋が広すぎて落ち着かないから無駄にふかふか絨毯の上を徘徊して回っていたんだけれど、見かねたゼロさんがソドムさんに頼んでお茶とお菓子を持ってきてくれた。ありがたや。それで開催されたお茶会中、ゼロさんが爆発した。


「すまん…、」


「安心したまえ、被害は最小限だ!」


それより自分の心配した方が良いよ。気管に入ったのかい?顔真っ赤だけれど大丈夫?


「大丈夫だ…その、この部屋の隣に護衛室がある。俺はそこに居るから、何かあれば呼べばいい。」


「え、通常時って一緒に居ないの?別行動?」


護衛室ってなんぞや。要人警護なん?あ、私って存在が御伽噺の登場人物なんだっけ?ファーストクラスにすら馴染みが無いから戸惑うんですが。


「シンジョウがよければ日中は側にいるが…、夜は流石に別だ。」


「ええ~、そっかぁ…」


ファーストコンタクトで同衾(健全)だったし、その後は満天の空の下で野営か宿屋でお泊りだったから、当たり前に同じ部屋だと思ってたや。


「さみしい…」


「……ッ、」


一方的に私を知っている人達と同じ建物内とか、怖すぎる。オタ知識的に魔法って何でもありじゃん?何かされそうでおそロシア。でも致し方ないね、しょんぼろふですが我慢するよ。いい大人だから。


「あー…、その、眠れないようなら寝るまでこうして付き合ってやる。から、」


「おお!やったぁ!」


我が侭に退かれるかと心配したけどそんな事は無かったんだぜ。ダダは捏ねてみるもんですな!ゼロさんが優しくて助かった、流石私の保護者だね!心配事が解消されてお茶菓子も美味でござる。よきかなよきかな。


「このお部屋広すぎて持て余すけど、ベッドがすごくふかふかでね、最の高だよ。お風呂もあるし今日は長風呂確定ですな!」


「よかったな。」


「うん!神殿に来てお勉強とかどうなる事かと思ったけど、お風呂とお布団で元が取れるよね!」


なぁんて調子こいていたのが昨日になります。ええ、長風呂最高でした。もっふもっふのおふとぅんも最高でしたとも。


「お初にお目通りいたします大聖女様、私は緑の教皇ルール・クローズと申します。今日から大聖女様には神聖力に関する基礎知識を学んで頂きます。」


「シンジョウです…えっと、ウォンカ翁は…?」


「申し訳ありません、ウォンカ殿は鑑定士として最高峰の真贋を持っていますので、他国で予定が…」


丁寧で物腰の柔らかいおじ様に謝罪されて良心が痛む。うぐぐ、大丈夫です。教皇って名乗っているし、教皇戦隊ゴニンジャイのグリーン担当ですね把握。というかそんな凄い人なんだウォンカ翁。教会は国に属さないから、逆にどの国からの依頼も余程でなければ断れないんだとな。ほうほう。


「教会は女神アルヘイラ様の教えを広め、過去この世界へ渡って来た転生者、迷い込んだ転移者、そして大聖女様と同じく召喚された召喚者の保護も行っております。」


「うぇッ?!ここってそんなに異世界人が来るんですか?!」


転生とか召喚って、基本一人とかじゃないの?いや、最近の流行りだと一クラス丸ごととか、国ごと転移もあるけど…。


「そうですね。現在安否が確認されている限りでは、転生者は三名。転移者は把握されておりません。不確かなものですと何名か転移者の疑いがありますが…」


「そ、存在の把握までしてるんですね。」


なにそれ怖い…ついお口からポロリした呟きに、にっこり笑顔が返された。よく聞いて下さいましたね!みたいな


「教会の総本山である聖教国イレオに収められている資料によれば、来る日の聖女を守る為女神アルヘイラの命により転生、あるいは転移をするのだそうです。ですから、彼らを保護することは女神アルヘイラ様のお心に従う事。聖教国は国王ペテロ・リヌス・アナクレトゥス陛下が転移者転生者の血縁者を守り治める為の国です。」


教会が国に属さないけれど国を持ってるって不思議な感じだけれど、国にならないと血縁者を守り切れないのか…。いや、凄いな国王様。アルたんの為に国を創っているってことでしょ?文字通り聖教の為の国なんだね。


にしてもどうやって転生者を探してるんだろう?よく赤ちゃんスタートのチートで怪しまれるテンプレ展開があるけれど、そういうのだと不確かだよね。どっかのタイミングで確認してる?


「…あ、職業能力検査?」


「はい。その通りです。鑑定能力のある神官もしくはウォンカ殿の開発された鑑定魔道具により検査をします。転移・転生者は私達とは異なる力をお持ちですので、神官や魔道具の鑑定では弾かれてしまいます。彼等を鑑定できるのは真贋のスキルを持ったウォンカ翁、もしくは魔眼や精霊眼など特別な瞳を有する者達だけです。」


転移者は身元保証が無く生活の為ギルドへいらっしゃることが多いので、そこでギルドカード発行の鑑定をしていますから。といわれて戦慄した。この世界での重傷は神官の回復魔法が必要だから、ギルドには常に神官さんが在中しているそう。なのでギルドのそういった情報も聖教国に集まってくる…。うむ、やめよう。これ以上考えると恐ろしくなる。


「ヴォイスさんが私に光ってるっていったのはそれかなぁ…。」


「恐らく神聖力による輝きを見たのでしょう。羨ましいですね。私もぜひお目にかかりたいものです。」


あからさまに話を逸らす私に、にこにこ笑顔のルール先生は雰囲気が保育園の先生とかジャム叔父で目が合うとほわほわする。癒し系、癒し系がいる…!


「さて、それでは講義を始めましょう。」


「よろしくお願いします。」


神聖力についてお勉強をしましょう、とウォンカ翁に提案されたのが朝食を終えてすぐだった。予定で言うと午前中に座学をして、様子を見て神聖力を使う練習になるそうです。様子見なのは、午後に他の教皇と面談?面会?があるから。なので最低でも四日は滞在になる…のかな?神殿内にある一室をわざわざお勉強部屋にしたようで、ルール先生率いる緑の神官さん達がウキウキでお迎えに来てくれたのだ。


「さて、神聖力は女神アルヘイラ様のお力と言われております。神聖力は世界に満たされており…」


サクッと簡単猿でもわかる神聖力講座!


そのいち!神聖力は酸素みたいなものだよ

そのに!生き物の身体に取り込まれると変質して、適正があれば魔法が使えるようになるよ

そのさん!魔法に使える変質した神聖力を魔力と呼ぶよ

そのよん!魔法として大概に排出すると空気中の神聖力が減って、変わりに魔力が霧散するよ

そのご!霧散した魔力を浄化しないと魔物が生まれて生き物に襲いかかってくるよ


以上リンちゃんのパーフェクト神聖力教室ですた。


「現在魔力過多によるダンジョンの出現やスタンピードの発生が確認されております。教会では神官の駐在人数を増やし怪我人の治療、大神官による浄化などで対応しておりますが、焼け石に水というのが正直なところです。」


「教皇さまでもダメなんですか?」


「お恥ずかしながら大聖女様と我々の力の差は赤子と黒龍ほど違います。聖教国すべての神官を集めても、大聖女様の足元にも及びません。」


素晴らしいことです。とルール先生は晴れやかな顔で笑うけれど、私は、うまく笑えなかった。


「…そんなに持ち上げられても、正直実感がわかないです。大聖女になったことも、未だ飲み込みきれてない…」


それが本音。例えば大魔法使いとかだったなら、テンプレ展開で魔物に襲われたり人助けの必要があって、自分の力を目で見たり肌で感じたりすることもあっただろう。でも私は大聖女ってやつで、主な仕事は見えない魔力の浄化。現時点で自分の神聖力を正しく感じられているかと聞かれればNOだ。


「申し訳ございません、不安にさせるつもりでは…。では、そうですね…シンジョウ様とお呼びしても?」


「はい」


「シンジョウ様、魔法はお好きですか?」


「…はい?」


ワッツ?え、魔法?魔法って言ったよね?きっと私の顔が大変なことになってる自信があるぞ。鳩が豆鉄砲を食らった気分でクルッポーなう。いやいや、突然すぎません?


「ふふ、異世界人の多くは魔法が好きだと聖教国で聞き及んでおりまして。もしシンジョウ様に、適正がおありでしたら魔法を扱うことも可能ですよ。」


「やります!やりたい!」


なんだと…ッ!?アダバケタブるのかイア!イア!するのかわからないし、魔法を夢見るお年頃はとうに過ぎたけれど、チャレンジできるなら参加するよね!


「では先ずはお手本を。体内に取り込まれた神聖力に命令することで魔法が発動します。『風よ巻き上げて』」


「わぁ!」


ルール先生が取り出した杖をふったら、机の上にあった本が浮いた。くるくるつむじ風に巻き上げられるみたいに。


「私は神聖力を風魔法に変換して使うことができます。ちなみにこの杖は魔力の出力を安定させるための魔道具です。」


「はい!他の魔法もありすか!」


「魔法の種類は大きく5種類です。木、火、土、金、水。五行説と表す世界もあるそうですが、…そのご様子ですとシンジョウ様の世界にも同じものがあるのですね。では魔法の相性は五行説の相克に準拠いたします。」


例えが元の世界よりでわかり易いなぁと思っていたら、ルール先生は聖教国で教鞭をとっているそうで。なるほど本物の先生だったのか…!


「あれ?光属性はどこから?」


「光と闇の属性はすべての生き物に内在する属性です。なので陰陽五行説ですね。ただ、適正をもって扱うことが難しいですから、神官となって修行を積むことになります。希少な光属性の中の更に希少…SSSレア、というのでしたか?それが神聖力です。」


わぁ。誰だルール先生にいらんこと教えたの。いや、魔物がいるんだからレアリティもあるんか?


「闇属性も希少ですか?」


「勿論。光が強ければ闇の適正も高くなります。ちなみに闇属性だから迫害されるなんてことにはなりませんよ?」


「ふぁっ!」


「ははっ、異世界の方によく聞かれるのです。闇属性は他者の体力を奪う魔法が扱えますので、魔物の討伐の際の弱体化や害虫退治に大人気なんです。先ほども言いましたが適正をもって扱うのが難しい上、希少な人材ですからね。わざわざ人を傷付けずとも、巨万の富を築けますよ。」


おおお、闇属性優遇!確かにそれなら人間襲うより断然お得だ。左団扇生活でうはうはハーレムも夢じゃないね!


「では、シンジョウ様の魔力適正を調べてみましょうか。」


先生が言うや否や、教室の端で控えていた緑の神官さんがいそいそと準備をしだした。


「こちらは一般的な魔法適性検査の装置を強化したものです。聖教国でウォンカ殿と転生者殿が協力開発した最新型だとか。」


「協力開発…」


「シンジョウ様がご使用になると聞いて張り切っておりました。『最高火力でぶっ壊してくれ!テンプレ展開期待してっから!』と言付かっています。」


「おっふ…」


転生者さんめっちゃ今生楽しんでるね…?壊すの前提で期待するの止めてよちょっと会ってみたくなっちゃう。


「では右手をこちらへ、」


準備が整い御呼ばれした先には観光地にあるはずの真実の口が鎮座していた。


「…いや、もう突っ込まないから。」


なぜわざわざこのビジュアルで作ったんだ。転生者イタリア人か?イタリア人のオタクなのか?手を入れる気がなくなるフォルムしやがって。入れるけどさッ!


「…おや、おかしいですね」


「へっ」


ルール先生から困惑の気配を察知。あれやこれやと緑の神官さん達と話し合っては、真実の口の裏側を覗き込んだり話し合い始めてしまった。…わたし、石造りのおっさんの口に手を突っ込んだままなんですが。


「ふむ…、どうやらシンジョウ様の浄化ペースが速すぎて、魔力が全て神聖力に変わってしまっているようです。一度浄化を止めることは出来ますか?」


浄化を止める…、止めるってなんぞ?いやそもそも神聖力のコントロールのこと考えないでここまで来ちゃったからなぁ。アルたんが私のさじ加減で弄れるって言っていたし、力のコントロールといえば狩人×狩人でしょう!ってことで、


「スーパー野菜人から…身体に纏うイメージで…」


自分の神聖力を感じ取れたことが無いなら、むしろ目を瞑り頭の中で漫画の1ページを思い出す。そのままそれら全てを消しさって、真実の口に手を入れた。


「…困りました。今度は魔力も神聖力も感知できません。シンジョウ様のコントロールは問題ありませんから、このまま少しづつ浄化を戻してみてください。」


「わかりました。」


ルール先生の指示に合わせてちょっとずつ身体から神聖力を出す。指先からビニール手袋をはめるみたいに薄く…


バキョッ!「あ、」「えっ」


異音が聞こえた気がして、見れば手を入れていた口から目に向かって、大きな亀裂が入った。


「えっ?!なん、なんで」「シンジョウ様大丈夫です、落ち着いてくださ」


ゴキャッ!


「……ОH」


動揺して置いていた手に力が入った一瞬に、亀裂に白い光が走って真実の口が袈裟切りに割れた。え、なにゆえ?


「シンジョウ様、お怪我はございませんか?」


「あ、大丈夫…です。ごめんなさい、壊してしまって…、」


割れた口に入れっぱなしだった右手を取られ、ルール先生に矯めつ眇めつ怪我の有無を確認されて居た堪れない。ええ、本当になんで壊れたの?


「いえいえ、お怪我が無くて何よりです。それにこれは壊してしまった方が製作者が喜びますので、どうぞ気になさらないでください。」


「…ア、ハイ。」


そういえば壊してくれって言われてたわ。驚きすぎてまだ心臓がバクバクしているけど、会ったこともない転生者さんの伝言を思い出して笑ってしまう。うん、深呼吸したら少し落ち着いてきた。


「ウォンカ殿に確認を取るまでは不確定ですが…、私の見立てですと、恐らく単純な耐久値不足かと。」


「たいきゅうち…」


「先ほども申し上げました通り、私とシンジョウ様では赤子と黒龍。黒龍が小突けば大岩も粉砕されてしまいますから。」


ね、わかり易いでしょう?といわんばかりの笑顔に、頷くことしかできない。つまり何か、神聖力からの魔力変換量が多すぎて壊れたのか。学園物の無自覚最強主人公かよ…魔力測定器(主に水晶)爆発させる奴じゃん…。思わず遠い目になるけど、ご愛敬ってことで許してほしい。


「テンプレも天丼すればテンプラになるんやぞ…ッ!」


もはや別物じゃん…ッ!という心の叫びは誰にも届かず。結局夜にやって来たウォンカ翁の説明によれば、私にとってちょこっとでも神聖力の純度と量が多すぎて、莫大な魔力を作り出してしまうそう。そんな私が魔法を使うと国土を吹き飛ばすかもしれないから魔法禁止…いや、聞こえが悪いな。いっそ魔法が使えないって事にした方が良いや。うん。私は魔法が使えなかった。…泣いてないやい。

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