第7話 世間なんて思いのほか狭いから。

本当にお茶菓子の分だけ話をして、マリリンは颯爽と帰っていった。妖精と人だと感性なんかが違うそうだけど、マリリンは随分人側に寄ってるんだなぁ。話が通じる辺り。長く存在していて、人間に感化されているとかかな。


「リンちゃんさ、聖女の力はどれくらい使えるのぉ?」


頬杖をついて、言えるところまででいいよぉ。と、ふわふわ浮きながら足を組むヴォイスさんに聞かれ返答に困る。いや、どれくらいもなにも師事すらしてないからね!私が聞きたいんだが?!


「戦闘能力1のゴミだよ…?ゼロさんのワンパンで沈むレベル。」


「僕も無手だったら死んでるよそれ。」


「そんなことはしない。」


わかる。ゼロさんクマだもんね。種別でいえばエゾヒグマの方。ヴォイスさんと真顔で頷きあっていると、ゼロさんが微妙そうな顔で割って入ってきた。冗談だよ?ほんとほんと。沈むのもほんとなだけで。


「そもそも使い方を教えて貰っていないから、感覚頼りです。」


「そうなのぉ?最初からなんかよくわからない才能で使えるのかと思ってたぁ。」


「完全に後天的な上、当時泥酔していて記憶にございませんな。」


はぁーん?と肩を竦めてヴォイスさんに返す。むしろそんなチート才能を持っていたら一人で旅してるやい。…聖物がいればワンチャン最強かな。不確定すぎていらないけれど。


「ほら、御伽噺とか伝説の聖女ってさ、回復魔法が得意でしょお?リンちゃんも覚えた方がいいんじゃない?」


小首を傾げる美女尊…。チラ見えの太腿が大変にけしからんよね。いやしかし、確かにテンプレ聖女あるあるですわ。皆を癒して慕われたり見初められたりする奴じゃろ?愛され主人公の鉄板だもんね。しかし思い出していただきたい。我、大聖女の前に『なんちゃって』って枕詞が付くんですよね。


「神聖力は分類上は光属性だし回復魔法も光属性だから、リンちゃんは高威力の回復魔法が使えると思うよぉ。覚えられれば便利じゃない?」


「ううん…道中の回復係になれるのか。確かにこの世界の細菌事情とか分からないし、破傷風怖いからなぁ。」


ワクチンとかあるのかな?ちら、とゼロさんをみると、そもそもワクチンが何かわかってなかった。マジか。怖くなってきたんだが。


「僕が教えられれば良かったんだけどぉ…、僕が使うのは回復魔法だから何が起こるかわからないじゃない?だから、専門家に連絡しといたよぉ。」


にこにこ笑顔で告げられた言葉を、上手く飲み込めずに固まる。回復魔法を習うのに、回復魔法が使えるヴォイスさんは教えられない…?なんとなくニュアンスが違うのは感じるけれど、何を言っているのか以下略すぎてわからん。…いや、回復魔法を使えるに越したことはないけどね?専門家ってなんぞ。神聖力は高位神官以上じゃないと使えないみたいな話じゃなかったかい?


「ちなみに教皇だから、万が一魔法が暴発しても大丈夫だよぉ♡」


弧を描く口元も色気たっぷりに告げられ、ごふっ、と口から紅茶がフライアウェイした。


「あああああっ!何も聞こえないっ!行きたくないでござるぅうううう!!」


権力者とか碌な事がないよ絶対!頭を抱えてのた打ち回る私を、ヴォイスさんが愉悦顔で鑑賞していて腹立たしい。クッソ!綺麗な顔しおって!美人!巨乳!目の保養ですご馳走様です。視界の端でゼロさんがおろおろしているのが唯一の癒しだわ。


「しかし、覚えれば今後も馬に乗っても問題ないんじゃないか?」


乗る事自体は楽しんでいただろう。とゼロさんに言われて項垂れる。それはそうなんですよねぇ…ジジ君かわゆいし、乗馬楽しかったもの。身体が痛くならなければなおさらよかった。でもなぁ、…権力者に近づきたくない。社会人経験があって権力者が好きな人っている?権力怖いよね?腹の底の見えなさとか、図れなさとか、もろもろ。ああいう人達は自分とは違う次元にいるじゃないか、


嫌な事と心配を天秤にかける。心配しているのは、乙女ゲームとか小説にある様な利用されて酷い目に合う聖女にならないかってこと。回復魔法とか癒しの力なんて、ご利用は計画的にの最たるものだ。嫌なことは、治せる力が手に入るかもしれないのに見ないふりをして、有事の際に何もできなくて泣くしか無いこと。…それは嫌だ。滑稽で、無様だ。なら一時的にでも不快を飲み込んで、耐える方がいい。


「…覚える。」


盛大にため息が出るのは見逃してほしい。礼儀がなっていなくても、教会関係者教皇様が相手なら、大聖女わたしの方が立場が上だ。謝って許してもらおう。強制的に有耶無耶にするとも言う!


「よし、覚えられそうなら人間救急箱になる。頑張るぞい。」


方針が固まって意気込んだら、考えこむ私を面白そうに見ていたヴォイスさんと目が合った。


「あはっ、ほんとリンちゃんは面白いねぇ…僕のものになればいいのにぃ。」


「いい加減諦めろお前は。」


けらけら笑っているヴォイスさんに、ゼロさんが嫌そうな疲れた様な顔をしている。…こう、あれだよね。この二人というか、あともう一人。


「…いいなぁ。」


私も、気安くて、喧嘩してもこいつなら大丈夫って思えるような相手が欲しいな。たまに敵になって、ちょっと激しめにやりあっても気が付いたらまた隣で笑ってるような、腐れ縁とかそんな関係。テンプレの神様とかいるかな。そんな出会い、よろしくお願いしますん!



「わかってた。わかってたよぉ…。」


ジジ君の鞍の上、横座りで今回は前に座らされております、なう。行きで馬だったんだから、次も馬じゃんね!そりゃあね!…絶対回復魔法覚えよう。この後襲い来るであろう痛みを想像して、ぺそぺそに凹んでいたら、ひょい、と左手をとられた。


「じゃ、これは妖精王に会えたお礼ねぇ~。」


ちゅ、と口付けられた手の甲に、百合の様な花が咲いて消えた。…おおお、びっくりした。手を矯めつ眇めつ見ても、特に違和感はない。


「軽い防御魔法だから、乗っていても痛くはならないよぉ。」


足が痺れるくらいにはなるかもぉ。と悪い顔で続けられて、あの、ゼロさんの周りサドしかいないのかい?類友なの?どうなのそこんとこ。あ、感謝はめっちゃしてますありがとう美の女神さま!


サド疑惑のゼロさんをチラ見しようとしたら、ウエストに手が回ってきて引き寄せられた。見上げると眉間に皺を寄せて難しい顔のゼロさん。えっ、なにゆえそんなに不機嫌?座り方が悪かったかな。座り直そうにもヴォイスさんに魔法をかけて貰った左手を、今度はゼロさんに掴まれてて動けない。こらこら擦るんじゃない。擦ってもお花は出て来ないよ?


「ははっじゃあね。爺さんによろしくねぇ~。」


「ああ、世話になった。」


「っ、ヴォイスさん、ありがとうございました。」


謎行動のゼロさんを見て困惑していた顔が面白かったのか、とってもいい笑顔のヴォイスさんに御見送りされてしまった。なんだか釈然とはしないけれど、大人ですのでちゃんとお礼は言うよ。お礼大事。パチンとセクシーなウィンクをお土産にもらい、ジジ君は教皇様が待っているという街へ向かって、走り出した。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


大陸の東、四方を大国に囲まれた小さな国・ライハ。これまで歴代国王の平和主義と善政により生きながらえていたこの国は、突然変異か神の意向か、弱冠18歳の国王の誕生により、消滅の一途を辿る事となる。


書き出しはこんなものだろうな。と、王城の地下、身体に纏わりつく不快感と黴臭さに閉口しながら思った。目の前では床に這いつくばり必死で魔法陣を書く魔道士達。さらにそれを取り囲むように、バルト・ゼ・ロックス団長率いる騎士達が、胡乱な目で行く末を見守っている。


事の起こりは簡単だった。王の崩御により新しく冠を頂いたのは、突然変異と名高い王太子。人とは一線を画す彼の方は、四方の大国が自国に侵攻しないのは、ひとえに自分の存在があるからだ。と信じてやまない。


「まだか?早くしろ!!」


豪奢な椅子を運び入れ、甘味を摘まんでは恫喝する陛下。


「もうしばしお待ちを…。陛下のお望みは、すぐに叶いますゆえ…。」


それを皺枯れた揉み手で窘め、厭らしい笑みを隠そうともしない宰相。それを一瞥すると、ふん。と鼻を鳴らし手近な物を叩き割る陛下の様に、騎士団長から鋭い視線が飛んでいる。


なんせ、王城務めのすでに20人以上が陛下の八つ当たりや不当な理由で解雇され城を追い出されているのだ。まぁ正しくは、処刑すると喚いた陛下を諫め、ロックスが手を回し逃がしているんだが。


前王に忠誠を誓い、前線に出ては鬼神の様な強さでこの国を守ってきたアイツからすれば、悪戯に処刑されることを黙ってみていることは難しいだろう。そしてクソ真面目なアイツは、陛下とは水と油以上の相容れなさだった。


「さあ、我が国に聖女を呼ぶんだ!!」


書き上がった魔法陣。高らかに響く陛下の声。必死の形相で魔力を注ぐ魔道士達。そう、これが失敗すれば、魔道士達は王命に逆らったとして全員処刑されるのだ。必死にもなるだろう。


聖女。御伽噺に出てくる、伝説上の乙女。その者は慈悲と慈愛に満ち、人々に癒しと希望を与え、魔を退ける力を持つという。麗しく、清廉な気を纏い、自身もそれに負けぬ美しさだというが。


魔力を帯び怪しく光り輝く魔法陣。途切れることのない詠唱。薄暗い地下室を照らし出すその明るさが濃い影を作る。瞬間、何もかも包み込む程の閃光。影すら消し飛ばし、眼を焼く眩さに息を飲む。


「え…ここは、どこ?」


鈴を転がすような、愛らしい声がした。目を開ければ妖精を描いた様な、麗しい少女。金糸の髪に小さく華奢な身体に白い肌。宝石の様な青い瞳を不安気に揺らして、魔法陣の上に立ち尽くしていた。


「おお、聖女よ!どうか我が国をお救い下さい!」


まさに聖女といわんばかりの雰囲気を纏う少女に注がれる、期待と安堵、そして、値踏みするかのような視線。


「っ、うぉぇえっ…!デカい声出さないで…っ、頭割れる…っ!」


それを打ち壊すように、低く唸る声。土下座のように這い蹲る女は神官に苦言を零し、酒瓶を抱えている。そう、魔法陣の上で。


静まり返ったのは一瞬で、さざ波の様にざわめきが広がった。面白れぇことになってんな。


「おい、何故聖女様が二人いらっしゃるのだ。」


「まさか、失敗か?」


「いえ、術式に問題は…!」


「もしや、巻き込まれたのでは?」


誰もが動揺を隠せず、困惑し互いを見合う。その中で、揺るがない人間が5人。


聖女認定の為ライハ国王に呼ばれ教会から参じた教皇は、興味深そうに好奇心に瞳をぎらつかせて蓄えた髭を撫でつけている。


この場を誰より俯瞰的に観察し、危険を排除せんと冷静に行く末を警戒する、騎士団長。そして、


「おお、聖女よ!なんと美しい。」


混乱の人混みの中、若い男の声が響く。ベイルート陛下だ。陛下はずい、と少女に歩み寄り、跪くと手の甲に口吻をおとす。乙女は口吻を落とされた手の甲を撫で、恥ずかしそうに頬を染め眼を伏せている。


「さあ、こちらへ。落ち着ける場所で、貴女と僕、二人の未来の話をしよう。」


腰を抱き寄せる陛下に、乙女も満更でもない笑みを浮かべている。なるほど。聖女とはずいぶん強かな生き物らしい。お互いしか見えていない二人に、半眼になる。


得体のしれない古狸、頭の固い騎士団長、欲の権化と化した王、推定聖女。


面白くなってきたな。と、口角が上がる。ちらりとこちらを見てくる古狸に、ひらひらと手を振って笑いかけておく。ほんと油断ならねぇ爺だな。よくこの距離が見えるもんだ。漏れそうになる舌打ちを飲み込むのと、聞きなれた声が響くのは同時だった。


「王よ、もう一人の聖女様は如何するおつもりですか。」


お、相変わらずの世話焼きというか真面目な奴だ。そろそろ退散したいところだが…。何時ものお節介か?いや、何かを感じたのか。


結局ロックスの奴は城から追い出され、さらにクビまで切られた。ソレを、遂にオレのギルドに引き入れられるのか。と喜ぶ自分と、『騎士団長』を処分した無能な王とこの国の行く末に、苦虫を噛み潰す自分と。


「…そろそろ、ライハから引き上げるかぁ。」


身体を解す様に伸びをして、首を鳴らす。面倒くせぇが、仕方ねぇ。ギルドの奴らにさっさと荷造りさせて、準備が出来次第、隣国に送って本部を移すか。


後は、混ざり物共に連絡だな。ライハが小国であるにも関わらず生き残っていたのは、有能な王、最強と謳われる騎士団長、そして周辺四国から現地に混じる各国の密偵達から『王に火の気は無く、ただ善政を敷くのみ。』の報告があったからだ。


それが今はどうだ。『新王は民を虐げる。』『他国への侵略を。』『禁制奴隷の売買が…。』『勇者の血族の面影もなく…』上げられるのは、開戦の理由を探す為の報告。


今回のことも、愚かな陛下は大々的に公表するのだろう。『我が国に聖女あり。』と。確かに確認が取れるまでの間、開戦を遅らせることは出来る。ただ、その間も耳の早いモノ、目端の利くモノは既に国から離れ、他国に流れている。そしてライハの現状を語るのだろう。


そっと、陰に姿を潜め走る。ついた先は豪奢な神殿。王宮の離れに建てられたそこに、数名の神官と教皇、陛下に推定聖女と宰相が集まっていた。教皇の鑑定能力で聖女検査を行うのだろう。顔色を悪くさせ、陛下に縋る推定聖女に、宰相と神官達がどれだけ必要なことか、痛みもなく安全で…、などと能力検査の必要性を説得している。


疲れや不慣れを理由に渋っていたが、最後は観念したのか従った。…まぁ、手を握るだけだからな。そもそも何も断る理由にならねぇんだよ。


「しゅ、『修道女』だと?!それは確かか!!」


「もちろん、女神アルヘイラ様に誓って、嘘偽りはございません。」


「何という事だ…っ、」


困惑し憤る陛下に、恭しく頭を下げる教皇。やっぱりな。しかも偽聖女自身、自分が聖女じゃねぇってわかってた顔だあれは。憎々し気な顔の宰相は…政治利用の算段がパァになったからだろうな。抱え込んだ貴族院や腐りきった王族への言い訳でも考えてんのか?狸爺は楽しそうだな。こっち見んじゃねぇ。


じゃあ儀式が失敗してたのかっつーと、もう一人女がいたんだよなぁ。ついさっき、ロックスと共に捨てられた女が。おそらく聖女はアイツの方。両方偽聖女の可能性もあるが…後で確認に行くか。


「わっ私、女神さまにお会いしたんです!!」


声を張り上げたのは偽聖女。皆が一斉に向けた視線に、ビクッと肩を跳ねさせると瞳を潤ませて続ける。


「《修行すれば、職級は上がる。だから頑張るように。》って、言われました!」


「なんと、そうだったのか。…なるほど、確かに聖女はいまこの世界に降り立ったばかり。右も左もわからぬ幼子のようなもの。これから、聖女としてふさわしい教育を受ければ、すぐにでも花開くことだろう。」


うんうんと、大きく頷き偽聖女の手を握る陛下。ほぉ、なるほどそう来るか。と、思わず口角が上がる。それは狸爺も同じようで。宰相の方も、何か思いついたのかにんまりと厭らしい笑みが見える。


「ともかく、これからは忙しくなる。今日はゆっくり身体を休めろ。」


「ありがとうございます、陛下…。」


腕を絡ませ寄り添いあい退室していく二人と宰相が、神殿から出ていく。十分時間を置いた後、狸爺の前に降り立った。


「おう爺、まだ生きてたのか。」


「お主は、まぁだロックスに捕まっておらなんだか。」


ハッと鼻で笑い軽口を叩きあう。ロックスがオレを捕まえられるわけねぇだろ。オレ達をガキの頃から知ってる爺が何言ってんだ。


「ヴォイスが爺の弟子喰ってんぞ。」


「あ奴も変わらんのぉ。まともに育ったのはロックスだけじゃな。」


うるせぇ。爺の育て方が悪かったんだろ。自分の素行不良棚に上げてんなよ。肩を竦める爺に舌打ちして、さっさと本題に入ることにした。


「で?『聖女召喚』なんて正気じゃねぇな。」


「ほっほっほ。さて、あの愚王が正気だったことが一度でもあったかのぉ?」


蓄えた髭を撫でながら笑う爺にため息が出る。マジックリングから書類束を出し、爺に渡せば器用に片眉を上げて、うさん臭く笑っている。そのまま控えている神官に書類を渡すと、そういえば、とこちらに目を向けて。


「…ロックスは明日、もう一人を教会に連れてきてくださるそうでな。」


「人使いが荒い爺だな。」


「なに、長生きの秘訣じゃよ。」


あの女は泥酔していたからな。回復待ちか。なんつーかどっちの女にも言えるが、『聖女』っていうもんは、周りの人間が好き勝手に神聖化して崇めてんだな。…まぁ、為政者はそんなもんか。


貰うもんももらって、さっさと退散する。…まさか『聖女(仮)』に、ロックスが堕ちてるとは思わなかった。しかもやっぱ『聖女』だったじゃねぇか!女神を呼び出せる聖女なんざ、この国に置いておける訳ねぇだろ。いや、どこの国も駄目だ。教会も駄目だな。一つの所に居られないなら、このままどこにも属さず、うろつかせていた方がマシだ。


警戒心の強い猫、…どっちかっていやぁ犬だな。懐かない犬みたいな嬢ちゃんだった。ああ、嬢ちゃんって歳でもねぇのか。隣街へ出るときには女かもわかり辛くなってたが。よくあの胸が平らになったな。本当は魔女なんじゃねぇ?


「馬鹿なの?」


「うるせぇな。」


魔女なのはこいつの方だったわ。つうか、馬鹿はお前だろ。なに爺の使いの神官食ってんだ。


「いいんだよあれは。爺さんがわかってて僕に使わせてるんだからぁ。」


今頃全部忘れて、飼い主の所に帰ってるよ。と笑いながらパンを頬張っている。ああ、派閥の内通者か。面倒なもんだな。


「気持ち良くなって、ついでに記憶も飛びましたぁ。ピロートークに、機密事項も喋っちゃったけれど、記憶にないから漏らしていないのも同然だよねぇ。って感じかな。」


「悪魔か。」


しかもお前が上で掘られるとか地獄でしかねぇわ。吐き気を押し込むように、昼飯を奪って口に入れる。あ?なんだこれうめぇな。いつもの魔法協会のガキじゃねぇのか?


「もぉ、とらないでよねぇ。美味しいでしょ?リンちゃんが作ってくれたんだぁ。あ~あ、食事係に欲しかったのに、フラれちゃったぁ。」


パニーノって言うんだってぇ。と言いつつ頬張るヴォイスに、なるほど聖女って奴は人誑しの才能があるのか。と警戒を強めることにした。…ロックスが付いてる時点で、必要のない心配だろうが。


「今は爺の所に向かってんのか?」


「そうだよぉ回復魔法の習得って建前でぇ。」


爺がいくら手を回そうと、避けられねぇもんはある。他の教会関係者に後ろ盾役や世話役をとられる前に、爺が公表してリンを囲い込みてぇんだろうな。なんだって一発目が重要だ。先制をとるだけで今後の説得力も変わってくる。


「リンがいう事聞くタマか?」


注がれた酒を煽ると、ヴォイスの笑い声が響く。対外的初対面でくらった、神聖力の重圧と思い出したくもねぇ衝撃。こちとら半日気絶したんだぞ。不能になったらどうしてくれる。


「さぁ?どう転んでも僕には面白いだけだねぇ。」


ワイングラスの琥珀を回し、飲み下す目に好奇心が乗っている。こいつの性格の悪さはガキの頃から治らねぇな…聖女の浄化でどうにかなるか?無理そうだな。


「じゃ、僕のごはん勝手に食べたんだから、働いて行ってよねぇ~。」


「嘘だろ…。」


「うん?」


「威圧すんじゃねぇ…。」


やりゃあ良いんだろ。パン一つに随分高くついたもんだ。吐息と共に立ち上がれば、乾いた破裂音と共に地面が揺れる。隠蔽の魔法が消えて現れた屋敷に、眩暈がしてきた。


「じゃ、さっさとお引越ししなきゃね。どこに行こうかなぁ。」


「魔法協会に帰ればいいじゃねぇか。」


「はぁ?絶対嫌だ。ならお前も公爵家帰れよな。」


「殺す気か…。」


家具や本を魔法で浮かばせては、オレのマジックバックへ放り込んでくる。やめろ、オレにぶつけようとすんな。おい、荷物を詰め込むだけで丸二日かかるなんて聞いてねぇぞ!パン一つで三日も拘束すんじゃねぇ!!



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



街のはずれから、街中の神殿まで馬で3時間もあれば着くだろう。ここの神殿は王都に次ぐ大きさだ。ウォンカ様がシンジョウに魔法を教えてくださるのなら安心だが…。教皇として会うとなると、シンジョウが警戒しそうだな。


「全く痛くない!快適の極み!」


俺の心配をよそに、シンジョウはヴォイスの魔法が効いているのか楽しそうにはしゃいでいた。馬に乗る時につい抱えて乗せてしまったが昨日の様に拒否されることはなく、安心した。のもあるが、その、何というか、嬉しい。


しかし、あんな触れ方をせずとも魔法を発動させられるだろうに。俺を煽る為に、わざとシンジョウに触れたのだろう。俺を見て嗤うヴォイスを思い出し、眉間に力が入る。


「ジジ君も走れてご機嫌だねぇ。楽しいね。」


誰よりも楽しそうなのはシンジョウなんだが。人と話すよりよほど優しく馬に声をかけ背を撫でている。犬の時もこんな感じだったな。


「…シンジョウは動物が好きなのか?」


流石にあの犬が自分だとは死んでも言えない。また犬になるつもりもないしな。


「好きですね。もふもふは可愛いし、爬虫類とかもカッコいい!」


勢いよく見上げてバランスを崩し、ぽす、と胸にシンジョウの頭がぶつかる。何度か体勢を立て直そうとしては失敗し、早々に諦めて身体を預け寄りかかってきた。…というか、本当に小さいな。一瞬、今朝のアレを思い出して、じわじわと顔に熱が集まる。いや、落ち着け。忘れろ。


「んん゛。ならやはり、可能なら回復魔法を覚えた方がいい。山間部の移動はヴェアウルフ、空路ならワイバーンが一般的だ。」


慣れないうちは関節部を痛めたり、酔いやすいからな。そう付け足しシンジョウを見ると、キラキラしい目でこちら…いや、遠くでも見る様な視線を感じる。


「狼に竜?!冒険の定番モンスターですな!テンプレは人気という地盤があっての鉄板。すり減るほど使われてもなお人気が衰えないからテンプレなのです!」


ぱあ、と笑顔で捲し立て、やる気が出たのか絶対回復魔法覚える!と意気込んでいる。怪我をしないに越したことはないが、今回の様な時や万が一に備えられるのはシンジョウとしても安心だろう。そう言い含めると、


「ふふ、それに、ゼロさんが怪我をしたら治せますもんね。」


福利厚生、大事!と笑うシンジョウを、気が付けば引き寄せて、抱きしめていて。


「ゼロさん?」


「っ、すまん、つい!」


声をかけられてすぐさま手を離したが、ぼ、と顔に熱が昇って、心臓が五月蠅い。手綱を押さえる分、片手で顔を押さえるがなかなか熱が冷めない。というか、なぜ離したのに離れんのだシンジョウは。


「むむ、バランスの問題かな?正しい姿勢ってなんだ。」


それは俺に身体をつけたままでは無理だと思うぞ。いや、引き寄せた俺が悪いんだが、なぜ毎回思考が斜め上なんだお前は。人との距離感が近いし、身体に触れるのも触れられるのも、頓着がなさすぎないか?


「シンジョウは…嫌ではないのか。」


「うん?なんの話かね?」


「距離が近いというか、その、咄嗟に触れられるのを、不快には感じないのか?」


そう続けると、ああ~、と声を上げた後わかり易く眉根を下げ申し訳なさそうな表情を向けてきた。


「すみません、もう少し気をつけます。」


「…はっ?…いやっ!そうではなくっ、俺が不快に感じているわけではない!」


遠回しにやめろと言っているわけではなくてだな…!っというか、何故俺はこんな必死になっているんだ…阿呆か。おもわず頭を抱えてため息が出る。


「ううーん。なんといえばいいか。物語があって。」


「?ああ。」


「物語の主人公とパートナーに憧れて、その恰好をしたり…ってあります?」


「…子供が勇者や姫の恰好で祭りに出たりする奴か?」


他人と距離間が近いという話で、なぜライハの建国祭の話になるんだ。ひとまず全部聞かない事にはわからんな。


「そうそう、それを大人の財力でいい生地とかを使って、写真に残す遊びがあるんですが。大人同士で、勇者や姫の絡み合いのふりなんかをして。まぁ、それの衣装を作る友達と衣装を着て写真を撮ったりしてましたね。」


だからかな?と首を傾げるシンジョウに、何といったものか。シンジョウのいた世界は、随分裕福なようだ。恐らく平民であろうに、遊びで使う衣装を生地にこだわって仕上げるのだから。


「なるほど、それなら至近距離も当たり前か。話は分かるが…。」


「まぁ、そういう事ですね。」


友人を思い出しているのか楽しそうに笑っているシンジョウに、それは異性も含まれているのかとか、身体に触れることも含まれるのかとか、問いたいことは山程あるのだが口をついては出てこない。


「あとは安心する場所があるとつい寄って行ってしまうんですよね。無意識怖い…。」


特にお布団からは抜け出せませんね。あ、嫌な時はちゃんと意思表示していますよ。と続けるシンジョウに、そういえばダズの扱いは雑だったな。と思い返す。


「…そうか。」


それは、…慕われて、いるのかと思えば悪い気はしないが。触れるのを嫌がられてもいないのか。…。


「ええええ、でっか!え、神殿ってアレ?!」


いつの間にか、神殿まで来ていたらしい。驚き騒ぐシンジョウに、周りを見ていなかったことを指摘されているようで、目をそらす。ああ、まずい。切り替えなければ。こんな状態でいればウォンカ様に笑われる未来が想像に易い。緩む口元を押さえ、神殿の馬房まで少し遅めに馬を進めた。






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