第10話 やめて、私のために争わ(ry

「シンジョウ、決闘の許可を出してくれないか。」


背に庇われている所為でゼロさんの表情が見えない。…傷付いてないかな。他人の口から自分の過去を話されるなんて、気分のいいものじゃない。きっと私の気を引くために、ミトラ様が話題に出したんだ。私の所為でゼロさんを傷付けてしまった。


「…そんなことしなくても、こんな失礼な人達と旅なんてしない。」


「そうだな…、シンジョウは戦闘経験が無いだろう?見るだけでもいい勉強になると思うぞ。」


後ろめたさと後悔が硬く声に乗る。ゼロさんはそれを茶化す様に諭すように柔らかい声で言い聞かせてくる。


「言いくるめようとするの良くない。怪我したらどうするのかね?」


「シンジョウが治してくれるだろう。」


「…それはさぁ、ずるくないかい?!殺し文句じゃんッ!!」


疑問符も無く言い切られて、思わず目の前の背中を叩く。そりゃあそうですよ!治すに決まってますやん。そもそもその術を手に入れる為にここに来て回復魔法習得したんだから!太鼓よろしくべしべし叩いていたらゼロさんの肩が笑いを堪えるかのように震えてた。いやなにワロてんねん。


「お前の供を決めるとなれば、俺も赤の神官達も同じシンジョウの部下だ。許可なく戦うことは出来ん。お互い自分の力を示すいい機会だからな。頼む。」


「…絶対に勝つならいいよ。」


「当然だ。」


振り向いたゼロさんはやっぱり笑っていて。即答で返事をされて、ため息が出た。結局私の意見も心配も関係ないのだ。


「話はまとまったかな?許可をありがとう、大聖女殿。」


「…私、貴女が嫌いです。」


「はははッ、大聖女殿は素直で可愛らしいな。」


心底楽しいという表情を誤魔化しもしないミトラ様を睨むけど、余裕の表情で受け流されてしまう。


「では、早速で申し訳ないが大聖女殿の午後は私が頂こう。明日はデュヴァル殿の日だからね。きみ、大聖女殿の準備が整い次第、中庭にご案内するように。」


「畏まりました。」


部署が違くとも上司なのは同じなのか、礼をとるソドムさんにもモヤモヤしてしまう。お門違いなのはわかってるけどさッ。挨拶も無しに行儀悪くその場を後にしても、ミトラ様もソドムさんもなにも言ってこなかった。


「シンジョウ。」


「…なんですか?」


お部屋に戻ると神官服から動きやすい服に着せ替えられ、その間にミトラ様からの言伝で決闘希望者多数に付き間引くので少々お待ちいただきたい。って連絡がきてお茶タイムなう。ベリーティー美味し。


「俺が大聖女の騎士になったのは女神の意志だが、お前を護ると誓ったのは俺だ。」


「…は、い」


なんてことのない話をするみたいな顔なのに、青い目がまったく笑っていなくて。拗ねていたのも忘れて青色から目が離せなくなる。ちゅ、と音を立てて手の甲に口付けられ、そのまま指先に、手の平にもキスされていくのを呆然と眺めていたら、知らない顔で雄臭く笑われて


「忘れたか?」


手首に噛みつかれた。


「オォオォオボエテマス。」


「そうか、よかった。」


思考回路がショートしてどもりまくった。ガッタガタに震えた声に今度は子供みたいな笑顔を返されて、バイタルが異常をきたしてあばばば


「お待たせいたしました、大聖女様。準備が整いましたのでご案内いたします。」


「ひゃいッ!!」


扉のノックと一緒に聞こえたソドムさんの声に、ゼロさんに捕まれていた手を立ち上がる勢いで引き抜いて逃げた。うん。逃げた。いやこれしょうがないよどうしろって言うんですか神様!!


ようやく状況が呑み込めてきて、顔が熱い。私より大きくてかたいゼロさんの手とか、手のひらに残る薄くて熱い唇の感触とか、青い瞳が綺麗だったこととか。与えられた刺激にぐるぐる目が回って、爆発寸前な心臓は活きが良すぎて涙が出てきた。どうにか冷めないかと手を当てたら、手首の赤い痕が目について。


「くぁwせdrftgyふじこlp!!」


ぼっと音を立てて自分の頭が爆発した。絶対した。心臓がうるさすぎて何も聞こえないし、前もよく見えない。ありがたいことに先行して歩いてくれるソドムさんは後ろを振り向かないし、逃げたからかゼロさんは後ろをついて来ているみたいで隣にはいなくて。だから今のうちに私が出来ることは、ゼロさんを意識しないいつも通りの私に戻る事。


「これは悪戯、意地悪されただけ、深い意味なんてないのだしっかりしろ私ッ!」


小声で自分に言い聞かせて、どうにか心臓を落ち着ける。平常心平常心、クールクールクール!



「うわぁ…」


案内された中庭は、石畳で整えられた庭園で。催し物で使うこともあるという広いそこに、神官服のゴリラがひしめき合っていた。めっちゃ視線感じるぅうッ!でもありがとうゴリ…赤の神官さん達、お陰さまで心臓が大人しくなりました。温度差で風邪引きそう。


「お前達、紹介しよう。こちらが我々がお仕えする大聖女シンジョウ様だ。」


「…はじめまして」


「「「大聖女様!よろしくお願いします!!」」」


「ひぇっ」


音圧が凄すぎて地面揺れたかと思った。しっかりお腹から声が出ているみたいですね、グリフィ◯ドールに10ポイント!


「落ち着け。」


「ほあっ!」


いつの間にか隣に立っていたゼロさんに背中を支えられて、はじめて自分がのけ反っていることに気がついた。あ、服掴んでるのも今気付きましたごめんね。


「あのヤロウ、大聖女様に馴れ馴れしくッ」「大聖女様はじめまして!」「筋肉が足りん!」「俺の大胸筋が」「大聖女様、お小さくてお可愛らしい…」「信仰心が足らん!」「ナイスバルク!」


なんかいま可笑しいの居なかった?ざわめく赤の神官さん達の群れを見るとピタリと静かになって笑顔を向けられるけど、ゼロさんの方に視線をやると一斉にごにょごにょ喋りだして聞き取れない。うぐぬ。なんだよ!言いたいことがあるならはっきり言いたまえよ!


「お前達、静かにしろ。」


「「「イエスマム!」」」


軍隊かな?ミトラ様の鶴の一声で淀み無く整列する様はどうみても軍隊で。荒くれ者を取りまとめてる女帝なんですかミトラ様。くっ、格好いいなんて思ってないんだからね!


「傾聴!」


「懐深き大聖女様から許可をいただき、大聖女の騎士と対戦を申し込んだ。みな騎士殿との戦いを望んでいてな。絞り込んだがこれ以上減らすことが出来なくてね。」


ざ、と隊列から前に出てきたのは10人。体躯も年齢もバラバラだけれど、全員私よりふた回りは大きく精悍な顔付きをしている。テレビで見る海外の格闘家とかみたいで…神官のイメージがガラガラと崩れていく。いや、私も人のこと言えないですこんな聖女ですみません。


「大聖女殿は好きな相手を選んでくれ。これから長く旅する仲間だ、誰が選ばれても文句は言わない。」


自信たっぷりのミトラ様の言葉は、真っ直ぐゼロさんの敗北を示唆してくる。確かにこの人達は後に控える神官さん達より遥かに強いのだろう。どうしよう。ゼロさんは勝つって言っていたけれど、もし負けてしまったら少なくとも選んだ人を連れて旅をしなきゃいけなくなる。大聖女を信仰する人と一緒なんて嫌だ。…あれ?ゼロさんは大聖女の騎士だから仕方なく私の護衛をしているのであって、アルたんに対する信仰心で命令を聞いてるなら同じでは?いやでもさっき言われたのは


「全員」


「えっ?」


「全員で構わない。」


悩む私なんてお構いなしに、平然と言ってのけた。そんなゼロさんの言葉を飲み込むより速かったのは、ミトラ様と神官さん達。お腹を抱えて大笑いするミトラ様も、怒り狂ってヤジを飛ばす神官さん達にも無反応なゼロさんに私の方が焦る。


「ぜ、ゼロさんや?全員とか冗談だよね?」


「本気だ。戦いたいのなら後に控えている奴らも全員かかってくればいい。」


「ほぁッ!?待って全員って10人全員じゃなくてここに居る全員ってこと?!」


「当然だ。」


「ざっとみても50人くらい居るよ?!」


「問題ない。」


「どこが?!」


なにを言ってるんだこの人!火に油どころかガソリンを注ぎまくる発言に、神官さん達のヤジがどんどん酷くなる。全員を相手にしたら、少なくとも無傷ではいられない。きっと怪我ですめばマシな方だ。そんなの許可を出せるはずがない。止めよう、私の護衛を決めるためなんて馬鹿げた理由で怪我をする必要なんてないんだ。ゼロさんがなにか言っているけど周りが騒々しくて聞き取れなくて、


「ゼロさ」


「お前を守る人間は、俺だけがいい。」


聞き返すより早く耳元に落とされた声は内緒話のように小さいのに、低く重く私の中に落ちてきた。


「良い子で待てるな?」


「ひゃい…」


ムリである。言いたいこと全部吹っ飛んだ。なんで今日はそんなにつよつよなんですか?キャパオーバーで死ぬよ?もうどうにでもなれと自棄っぱちで押さえた顔は、我ながら可哀想なほど熱い。俯く頭を撫でられているけれど、顔を見る勇気も振り払う気力もないです。


「行ってくる。」


「いってらっしゃい…」


悶絶しながら振り絞って返した言葉に、撫でていた手が機嫌良さそうにぽんぽん弾んで離れていった。


「いやぁ、若いとは良いものだな。」


「ひょあっ?!」


しみじみ、縁側のお爺ちゃんぐらいの呑気さで隣から声がして、顔を上げたらミトラ様がいた。驚いている間にイスやらテーブルやらが運び込まれて、あっという間に優雅な観戦席が出来上がり、あ、座るんですねわかりました。


「聖女殿と騎士殿は恋仲かな?」


「違います。」


ゼロさんに不名誉な噂までつけようとしないでください。出されたお茶を啜りながら、ミトラ様を睨んだら肩を竦められた。


「あれはどうみても独占欲だろうに。」


「…ゼロさんは責任感の強い人だから、拾った私を放っておけないだけです。というか、ミトラ様は参加されないんですか?」


中央を開けられた中庭で、殺気立つ神官さん達とマイペースにストレッチしているゼロさんを指す。


「教皇は各国に1人駐在して浄化を担当しているのでね。お誘いは魅力的だが如何せん人手が足りないのだ。」


だから私は不参加だな。とクッキーを頬張るミトラ様はなにを考えているのか全然わからない。


「始まるぞ。」


横目にみていた私の視線を遮るようにミトラ様がティースプーンで指す先で、審判を任されたらしいソドムさんの手が振り下ろされた。


ドゴォッ!


「…へっ、」


上がる土煙、聞こえる悲鳴。視線の先で、人間が人間に吹き飛ばされた。え?え、何事?!ぼとぼとと重力に従い落ちたのは赤の神官。吹き飛ばしたゼロさんの手には大剣が握られていて、片手で振り抜いた動作のまま次々殴り掛かってくる神官からの攻撃を防いでいた。


「おお、景気が良いな!」


ご機嫌なミトラ様は心底楽しそうで、隣に控えている女性神官さんに知らない人の名前と訓練の追加メニューを次々指示している。


「え、あの、ミトラ様?」


「さすがライハの鬼神殿、戦神といわれるだけはあるな!聖女殿もそう思うだろう?」


「初耳なんですが。」


なにその評価。いやよく考えたら、私はゼロさんのことをなにも知らない。…教えてもらえるような関係では、ないから。


「ウォンカ殿が孤児を保護したときも、子供ながら良い体躯をしていると目を付けていたんだがね!次にあった時には既に冒険者として頭角を現していて、我が赤の神官に引き入れようと手を回す前にライハの前王にかっさらわれてしまったのだよ。いやぁ、あの時の悔しさといったら!」


目はゼロさんを捉えたまま、大興奮でいけ!そこだ!と観戦するミトラ様から食事の時の不快感は感じなくて。


「…私、嵌められました?」


この人、ゼロさんが小さいときから見守ってたってことだよね?孤児であったことも冒険者だったことも楽しそうなミトラ様からマイナス感情は感じない。


「やはり武を極めし者は同じく強きものに引かれてしまう…、しかし理由無く振るうには強くなりすぎてしまったからね。」


「つまり?」


「同じ顔ぶれで魔物とだけ打ち合っても成長が見込めないだろう?新しい風を取り入れたいと思っていたところに聖女殿が鬼神殿とやってきたではないか!」


さすが聖女殿!我々をわかっていらっしゃる!ガッツポーズを決めるミトラ様と中庭で大剣を振り上げ神官を吹き飛ばすゼロさんの動きが重なる。パコーン!ってギャグみたいな音とギャー!って悲鳴が聞こえてくるんですけど。人間って飛ぶんだね知らなかったよ。すでに半分以下に減っている神官さん達と顔色一つ変わっていないゼロさんを半眼になって見つめる。


「あの、もしかしてゼロさんも私が嵌められてるのに気がついてましたか?」


「ん?そうだね、恐らくだけれど気がついているのではないか?まぁあわよくば聖女殿をお守りする誉めれを頂きたいというのも、鬼神殿にかっさらわれて悔しいというのも我々の本音だ。」


「…そうですか。」


「鬼神殿からすれば、我々を黙らせるのにちょうど良いと思ったかもしれんな。」


「そうですか。」


へーふーんほー…。ついさっきまで感じていたふわふわした乙女心も、心配も。ぜんぶ全部気のせいだったみたいだ。いや、そもそも乙女心とかないから。心配なんてしてないし胸キュンとかしてないから。そんな歳じゃないから。急激に冷めた視線が戦うゼロさんと神官さん達に向く。私に対して言ったことも嘘じゃないんだろうけど、あの態度の必要なんて無くて。からかわれたんだ。


「たのしそうだね。」


結局彼らはじゃれあいたい利害が一致して一芝居打ったってことでしょ。…別に、怒ってなんてない。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「オラァ!」


ゴッ!


「動作が大きい。次」


殴り掛かってくる神官の鳩尾を蹴り飛ばす。辺りを見渡せば半分以下に減った神官と、遠くにミトラ様と話をするシンジョウが見えた。


「いやぁ、あの時のガキがでかくなったもんだよなぁ。」


「流石ミトラ様は見る目がおありになる。」


退場した神官達に観戦されつつ時にはヤジを飛ばされ、戦い辛いがそうも言っていられない。


「あんな幼気な聖女様と二人旅なんて許せるか!」


「狡いだろ!俺達だって愛娘である聖女様にお仕えしたい!」


「そうだそうだ!」


嫉妬という名の拳は単調で、避ける分にはなんの問題も無いが


ゴバッ!


避けた拳のめり込んだ地面が隆起して割れる。…相変わらず厄介だな。赤の神官は神官といえば聞こえは良いが、魔法を苦手としている分、鍛えぬいた身体に更に身体強化をかけた己自身を武器としている戦闘集団だ。こちらも身体強化をかけなければ腕の一本ぐらい簡単に折られるだろう。


「いやでも確かに聖女様のお顔と雰囲気は幼気だけどよ、こう、色気があるよな…」


「わかる…。目を伏せてる時とかヤバい…黒い髪も珍しいし異世界人って皆そうなのか?」


「聖女様~こっちこっち!せめて視線だけでも「ギャアア!!」」


避けた拳を捕まえて、ふざけたことを話す輩に向かって投げ飛ばした。コソコソと固まって話していたお陰で飛ばした神官と全員が衝突して倒れる。身体強化をかけて良くなった聴力が、罵倒の声を拾ってくるが全部無視だ。


「なにしやがんだクソガキ!」


「聖女様に言いつけるぞ!」


「やれるものならやってみろ。」


訂正、全員叩きのめす。待機していた者達もまた立ち上がり襲いかかって来るが、殆どは烏合の衆。面倒なのを先に片付けるか。


「沈め!」


「こちらの台詞だ。」


「お前が騎士なんて運が良かっただけだろ!代われ!」


「断る。」


「俺達の方が聖女様をお慕いしてる!」


「聖女なんぞどうでも良い。が、お前らにシンジョウの隣は渡さない。」


面倒だ、このまま殴るか。剣をリングに戻して拳を握る。教会は聖女であるシンジョウになんとしても気に入られたいのだろう。異世界人聖女召喚が禁術とされ、聖女が現れなくなって百年以上だと聞く。もはやおとぎ話の登場人物となった信仰対象が、本物が目の前に現れたのだからその心情は計り知れない。だが、教会が欲しているのはあくまで大聖女であってシンジョウではない。


ミトラ様を一目で気に入って骨抜きにされていたシンジョウ。好意が全身から溢れているようで、とても可愛らしかった。それを、俺に向けられたらどれほどいいか。ミトラ様に出自を持ち出された時、動揺してしまった。ライハ国で召し抱えられ貴族に蔑まれた時さえ、気にもしていなかったというのに。


「ごべッ!」「ギャッ!」「うぐ…ッ」


シンジョウが俺の生まれを揶揄するような人間で無い事は、短い付き合いでもわかっていたというのに。後ろめたさを感じて、目を逸らしたのは俺の方だ。それを見咎められて、


『聖女殿に好い所を見せたくないか?』


背に庇ったシンジョウに聞こえないように落とされた囁きに、ミトラ様の口車に乗ってしまった。…案外俺も単純だな。しかし守ると再度確認した時のシンジョウの反応は悪くなかった。いや、はじめて男として意識されたんじゃないか?顔を赤くして逃げ出したシンジョウは言い表せないぐらい好かった。つい先程もわざと煽ったが、シンジョウはわかり易く迫られる方が好みなんだろうか。赤い眦と潤む瞳に見上げられたあの一瞬を思い出すだけで、


「なに笑ってやがんだ!」


「考え事とは余裕だな!」


前後から同時に襲い来る神官を半歩で避け前方の神官の顔面に拳を叩き込む。身体強化をかけている者同士、大した傷にはならないだろう。それに肉体派といっても神官だからな。回復魔法で治すのがわかっていて遠慮もいらない。


「五月蠅い。」


翻筋斗もんどりを打つ神官に後方から殴りかかってきた神官を背負い投げてぶつけると、伸びて動かなくなった。シンジョウと行動を共にするようになって、危険地帯を避けて通っていた分身体が鈍っていないか心配だったが、杞憂だったな。しかしこれは良い。かなりすっきりした。見ればほとんどの神官が端に寄っていて、好戦的な者は数える程度だった。


「大丈夫ですか?」


「シンジョウ、」


木陰でミトラ様と共に居たはずのシンジョウが、何故かリタイアした神官達の側で膝をついている。


「せ、聖女様!」


「お召し物が汚れてしまいます!」


「自分達は頑丈ですので大丈夫です!ここは危ないので、ミトラ様の元…へ?」


心配されたことへの喜びが隠しきれていない顔で退席を促しているが、案内しようと神官が伸ばした手をシンジョウが掴んだ。


「回復魔法、覚えたんです。…私に治させてくださいませんか?」


まて、なんだそのあざとさは。シンジョウに手を取られ、眉根を下げて懇願された神官が見る間に赤面して動かなくなった。近くにいた神官達は、シンジョウから目を離せずに硬直していたのも一瞬で。


「お願いしますッ!」「自分も」「お小さい…」「ありがとうございます聖女様!」「自分は腕を怪我しましてッ!」「うぉ柔らか…ッ」「ありがとうございます!」「聖女様すげぇ良い匂いする…ッ」「おおおおれッ、いや自分は足を負傷いたしましたッ!」「ありがとうございます!」


赤い顔のまま勢いづいて群がりだした神官達に、困ったような顔をしつつも優しく笑んで次々と治していく。そんな男が好むような思わせぶりな態度を、わざとらしくとるシンジョウにムカムカと


「よそ見してんじゃねぇ!」


ゴッ!


「……、」


殴られた額が切れたのか、血の流れる不快な感触がする。生暖かくぬるつくそれがぼたぼたと地面に落ちて、逆に血を冷やして冷静さを取り戻す。鳩尾にめり込ませた拳を抜いて、頚椎に踵を落とした。振り向きざまに横にいた神官の顎を靴先で蹴り飛ばし、向かってくる者に中て落した神官を叩きつけた。念のため辺りを見れば、戦う気が無いのか両手を上げて首を振る者しかいない。


「シンジョウ。」


「…なにゼロさ、わぁあ!?血塗れスプラッタ!!」


不機嫌に睨まれた気がしたが、怪我に意識を持って行かれている間に抱えあげて担いだ。素っ頓狂な物言いは先ほどまでと違い、シンジョウのいつも通りだと感じて安心できる。


「約束通り俺が勝った。聖女の護衛はいらない。帰るぞ。」


「え?え?!待ってゼロさん先に怪我!怪我の治療ッ!」


「治すために帰ると言っている。問題ないだろう。」


「ああ、かまわないよ。また気が向いたら手合わせに来てくれ。」


誰が来るか。とは流石に口に出さなかったが、ミトラ様にはお見通しであっただろうと思いつつ喚くシンジョウを担いだまま部屋まで戻った。


「ぅわッぷ!」


シンジョウをベッドに放り投げて、一先ず血濡れになってしまったシャツを脱いだ。傷口が塞がったのか、血が乾き始めて顔の周りが痒い。


「あ、ダメだよ触ったら!」


いつの間に寄って来たのか、シンジョウに手を掴まれて制止された。小さく柔い手が傷口に伸びてきて


「え?…え、と、放していただけませんかゼロさんや。」


「……断る」


捕まえた手に困惑しているだろうシンジョウに見上げられ、つい口をついて出た。


「いやいや、放してくれないと治せないでしょう?」


「そうだな。」


「そうだなって、」


返事一つに百面相をして、それが段々と険しく変わっていく。くるくると変わる表情が可愛い。が、あんな顔は向けられたことがなかった。


「いい加減にしてください、悪戯ですか?馬鹿な事してないで早く、」


「治させてください。」


「はい?」


「治させて下さいませんか、だろう。」


睨みつけていた眼が見開かれて一瞬固まった後、言われた意味を理解したのか耳や眼が赤く色づいていく。はくはくと口を開けては言葉にならず、じわりと滲んできた涙が愛らしい。


「なんッなんなんですか!?回復魔法の練習をしてただけでしょう!」


「その割に随分可愛らしい猫を借りてきたな。」


「そん、時と場所と人に合わせただけです!」


「俺にはしてくれないのか?」


捕まえたままの両手は片手で足りるほど小さく、絡めた指に口付けるとシンジョウの顔がわかり易いほど赤くなった。


「ッしません!なんですか放してゼロさんのバカッ!半裸!」


「誰が馬鹿だ。」


「ミトラ様と結託して私を担いでおいて、どの口が言ってるんですか?!」


…バレていたのか。羞恥と怒りで震えるシンジョウに睨まれ、掴む指を外そうと藻掻く手を放した。


「功労者に褒美があってもいいと思うだろ?」


表情でも声でも仕草でも良い。まだ誰も見たことの無い、俺だけのお前が見たい。そんな欲ばかりが溢れてくる。


「……心配、したんですよ」


「!」


「怪我とか、ミトラ様に言われたこととか、しんぱ、心配したのに…」


「ッ待て、悪かった、」


震える声と、睨み付けてくる瞳にじわじわと涙が滲んでいて、焦る。こぼれ落ちる涙を止めようにも、次から次へ溢れでて…俺がこの場所を守ることばかり考えている間、シンジョウは俺を案じていたのか。生まれを話され動揺したことも気が付かれていたんだろう。


「ゼロさんのバカ」


「すまん」


「のうきん」


「ああ」


「いじわる」


「そうだな」


言われるまま頷き肯定すると、眉根を下げ仕方ないと言わんばかりに笑うシンジョウに胸が締め付けられる。


「…怪我、治せてください」


からかうように頼まれ額に伸ばされた手に屈んで触れやすくすると、回復魔法の暖かい光が灯り消えた。怪我が消えた事を確認すると、満足気に笑って真っ直ぐにみつめられて。


好きだ


「…ゼロさん?」


目眩がする。ぬるく柔い沼に落ちるような、満たされて渇く飢えのようなそれに振り回されて。愛しさだけ溢れてくる。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




え、出血多量?貧血?なにか我慢してるような苦しそうな顔で、ぺそっと肩に寄りかかられてるんだけども。とりあえずせっかくなので乗せられた頭を撫でておきますね。反省してるのかな?重くはないから本当に乗せられているだけなんだけれど…


「わっ、」


え、ん?なぜ抱き締められてるんだ?髪の毛もふ(ノ)•ω•(ヾ)もふして動いちゃったからか?というか、体勢辛くない?


「んッ、あの、ゼロさん?」


肩に乗せられたお顔が首筋に寄ってくすぐったい。腰と背中に回る腕は緩いのに身動きがとれないし、えっと、半裸なの忘れてる?輝く腹筋とか三角筋とか目のやり場に困るんですがこれってラッキースケベに入りますか。


「…シンジョウ、」


「ッ、」


ひぇえ、重低音ボイスが耳元で囁くように名前呼んでくる!止めてくださいませんか耳が孕んで死んでしまいます!えっ、ホントに貧血なのでは?だいぶ苦しそうというか悩まし気な掠れ声がでてるんですよ、つまりえっちぃ声が。


「ッゼロさん!風邪ひくから服着て!あと貧血なら横になりたまえ!」


手のやり場に困ってわたわた振ってたら、だいぶ珍妙だったのか私の必死さが可笑しかったのか


「ふッ、くく、」


「なにワロてんねん」


笑いを圧し殺して震えてた。このやろう。いくら我慢してもこの距離でバレないわけがないでしょう詰めがあま


「ひょあッ!?」


ぢゅ、と鈍い音と一瞬の痛みに驚いて肩が跳ねた。え、なん、なに?!首と鎖骨の間辺りがヒリヒリして、手で押さえるのと同時にゼロさんが離れていく。


「褒美。」


自分の首をトントン指差して、意地悪く笑っているゼロさんは脱いだシャツを拾って護衛室に帰っていってしまって。


「褒美?」


なんのこっちゃ?治療のお礼ってこと?なにが?疑問符が飛び回りながらベッドの隣に置いてあるドレッサーを覗き込んだら、押さえてた場所の下から赤い痕がこんにちわ。


「………ゼロさんッ?!」


首筋に付けられたものが、いわゆる所有印キスマークだということはわかっているんですけど、イタズラにしてはアダルトがすぎませんか?!バカとか脳筋って言ったことへの仕返し?!いや、


「…ごほうび?」


それは私への?それともゼロさんにとって?どっちなの…。


ドレッサーに写るのは哀れなくらい赤くなった女。鏡越しに触れた痕は赤い肌の上でも存在を主張するほど色付いて、肌と同じように簡単に色を失うことは無さそうだった。

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